第5話 人よ人よと竜は問う、の巻
ジャン達の姿に注目している中にはもちろんカスティヨッサ嬢もいて、彼女は会場内でも一段高い丘の上の特等席から、ジャンの姿を双眼鏡で見ていた。もちろん、ジャンはカスティヨッサの視線には気がついていない。
最初にジャンたちが見に来たのは、あの丸太と石と棍棒でできた飛行機と、空飛ぶ原人のいる駐機場だった。
「これは、デカいねー!」
樹齢何百年なのかと考えてしまうような、太い幹一本の丸太をくりぬいて作ったボディ。
石の車輪に、恐竜のあばら骨を利用して作ったような特徴的な横向きの翼、その上に巨大な超棍棒を荒削りして作ったらしい三枚のティルトローター翼と草のツタが蒔かれた滑車がある。それが翼の先に、各一つずつ。
駐機場に近づいてきたスー達を見て、数人の原人たちが黒曜石を枝の先に縛った槍を抱えて走りよってきた。
原人達が、文字にも起こせないような彼ら独特の低い唸るような言葉でかつ早口でまくし立ててスーたちを取り囲んでいると、そのうちリーダー格の男らしい原人が現れて棍棒を振り回しだす。
「やあーこれがキミたちの飛行機なの?」
原人リーダー格の男はスーがそういうと、濃くて深い髭の向こうで何か早口にまくしたてる。
それからいったんどこかへ走って行くと、何かさっきまでジャンたちが持っていたパンフレットと同じ物を持ちだしてその一ページを指さした。
そのページは、スーの特集ページだった。
「ありがとうー。キミたちも他の地区予選大会では暴れてるでしょ? 噂は聞いてるよー!」
スーがそういうと、原人リーダーはニッと笑って白い歯を見せた。
「でも出力が足りない。去年はそんなレースだったねーあれからどうなったの?」
このスーの言葉を聞いて、原人リーダーは一瞬ひるんだような顔をして慌てて何かを早口言葉でわめき始める。
周りの原人達が慌てふためいて何か叫びながら機体に飛び乗ると、どこかからうんうん言う原人の声が聞こえてきた。
「んー?」
なにか嫌な予感がして、ジャンは丸太一本作りの機体を前方から覗き込んでみる。するとさっきの原人達が、なにか自転車のようなものに跨っていっしょうけんめいペダルを漕いでいる姿が見えた。
「まさかの人力!?」
ちょっと斜めに見るとその人力ペダルと原人が、縦に三つ並んで着いている。
……原人リーダーが、得意そうな顔でスーに何かをわめいていた。
「おーなるほどー、去年よりエンジンの数を三倍に増やしたんだね!」
「………………!!!」
少し真剣に考えながら指折る原人リーダーが、両手の指を九本目まで折ってゆっくりと何かを数えだすと、すぐに棍棒を持って機体の丸太をゴーンと殴る。
するとさっきまで縦一列を三人で漕いでいた自転車のペダルが、上からまた二つ降ってきて一斉にペダルをこぎ出した。
きゅんきゅんきゅんと棍棒の翼が勢いよく周りだし、機体の周りに恐ろしい勢いで旋風が吹き荒れ始めた。
「三人乗りのペダルが三列も! いいねーまるでパワーアップしたオスプレイみたいだ!」
「……………………!!!!!」
「その上で今年は去年より燃料のオクタン価を上げたんだね」
「…………ッ! ……………………!!!」
「ホントだ確かに軽くなってる! ああこれオークの木だ」
「…………!? …………!! ………………!!!」
「そうね、お互い全力で戦おう! じゃあ、また後でねー」
そう言ってスーと原人はさわやかに拳をぶつけ合うと、スーは次の駐機場へと向かって歩いていった。
「ちょっと! な、何ですか今の!?」
「なにって、仕合前の挨拶さ。空飛ぶ紳士の礼儀だよ? さあ次のチームはっ」
竜だった。
駐機場には竜がいる。
「パイロットはどこにい……」
――人よ――
スーがきょろきょろ周りを見出すと突然、頭の中に誰かの声が響いてきた。
振り返ると竜が口元から覗く牙を見せつけ、赤い炎をコオウと漏らしている。
――人という生き物がこの空を飛ぶようになって数百年、我ら一族はその身を隠すため遙か彼方、人の及ばぬ空の楽園を目指した……――
ジャンの頭の中にもその邪悪な声が響くように聞こえ、竜が黄色い眼球に悪意の瞳を輝かせながら地上のジャンとスーを見ている。
ジャンはぞっとして、目の前、上にいる竜の頭を見あげた。
――地上の人よ、我らは貴様ら人間とは相容れぬ存在――
「あ、じゃまた改めて挨拶しにきますので」
スーがそう言ってさっさと次のブースに走って行ったので、ジャンもそれに続いてその場から逃げた。
竜は恨めしそうに、それから少し寂しそうな目をして、小さく炎を吐くと去っていくジャン達を黙って見送る。
「なんかいっぱいいますね。いろんな人が」
「そりゃあなんでもありのサバイバルレースだからねー、当然出場者の幅も広がるさ」
会場に溢れる人の群れは、いつしか午前の時よりも数倍にふくれていた。午後のレースは種目が種目だけに、事故やスリリングな展開が多い。
競技としてはタイムアタックレースに劣るが、このサバイバルの観戦だけを楽しみにしているファンも多い。
この渓谷を縫うように走る複雑なコースを通り抜けて技を競いあう「サバイバル」は、それだけ固有の客には人気があった。
特に今年のラダー渓谷での大会は隣の地区での大会も兼ねるのだ。客の数は例年の二倍以上は集まっているだろう。
人間代表のライト兄弟は完全自作のグライダーで滑空距離を、リンドバーグはサバイバルレースでは珍しいエンジン付きの機体で得点を狙う。
たき火の煙と上昇気流で気球を浮かべようと今まさに藁を焚いているモンゴルフィエ兄弟は、煙と石炭とススに顔中を真っ黒に汚して顔の汗をぬぐった。
「あとにしてくれないかな!」
兄弟のうち背の高い方の一人が、さわやかに汗をぬぐった腕でスーの手を振りほどく。
フランス男たちは青春の汗と風と笑顔をうかべると、さんさんと輝く太陽に燃える青春のひとときを輝かせた。
「これから俺たちは空を飛ぶんだ! 目指すは、高度八百!」
「いやもっと上を狙えるよ兄さん!」
「んー、じゃあ、思い切って一万だ!」
兄弟同士が和気藹々と言い合う。
「ホントーにいろんな人がいるよねー」
スーはモンゴルフィエ兄弟のいる駐機場から離れると、他にも自信満々なオーラを漂わせるイギリスのライト兄弟に、エンジンチェックを始めるリンドバーグの方を振り返った。
どこかでズドンと大きな爆発音が聞こえたかと思うと、その先には何かの薬品を混合させようとしている長い白い髭を蓄えた、画家であり彫刻家であり数学者でもあり、発明家でもあるあの偉大な老賢人がいた。
老人の小型ヘリコプターは未完成だった。老人は何か考えるとゆっくりと、しかしすらすらと丁寧に図面にラテン語の文字を書き足していく。
『るが上い舞く高、てしにトッナを気空が釘じね』
神秘主義者、老賢人は左利きだった。
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