第2話 あるいみ強敵、スーさん登場っ、の巻
「二人とも一等賞狙い?」
「俺が、一等賞だ!」
まずジャンが言う。
「いいや違うね俺が一等だ! 景品は俺のもんだ!」
「景品狙いかよ、だせえ」
「てめーは飛べないまま一生地上這いずり回ってろ」
「デブの豚が吠えられるのは地面だけだねー!」
「ンだとやるか!?」
「コノヤロー!」
しばらく二人は言い合いから軽い殴り合いに発展しだして、気づくと近くに立っていたカスティヨッサ嬢が何かを持っている。
「ハイこれ!」
「ん? な、なにこれ」
「気安くお嬢様の手に触ってんじゃねーぞこの平民出!」
最初にカスティヨッサからジャンがもらった物を、ベスパが奪い、それを見て次のパンフレットをカスティヨッサはジャンに渡してきてくれる。
というか、今年の大会のパンフレットだった。
準備してきていたのは、どうもあの高級車を運転していた執事の人らしい。
「今年は大変なんだってね」
「あー今年も大変らしい、って……なんかやけに多いな」
ベスパがパンフレットの参加者一覧表を見てうなり、ジャンもそれにつられて自分のパンフレットを見た。
今年でもう何百回も開催されている、飛行大会。その世界選手権に出場するための権利を、今日の地方大会では参加者みなが競うというのが、大会の趣旨だった。
「隣の地区の地方大会が嵐で中止になっちゃったんだって、だから本当は隣の大会に出てるはずの人たちがうちの大会にいっぱい流れてきちゃったんだってじいやが言ってたよ」
真剣にパンフレットを読みだすカスティヨッサに、ベスパに、ジャンに、そのうち執事の人が遠くでコホンと咳をする。
「……あ。じゃあ、また上でね! 二人とも頑張ってね、他の人に負けたら許してあげないからネーっ!」
真剣に読んでいたパンフレットの冊子を閉じると、カスティヨッサはそう言って執事の待っている車の中に飛び乗った。
「二人ともー! 絶対一等賞だよ! 一等賞とれなかったらー!」
「え、あ、あうん!」
深く考えもせずジャンはそう言ってうなずく。
「俺、ぜったい一等取るから!」
「お、俺だって絶対に一等賞取るからな!」
ジャンとベスパが言い合っているときも、カスティヨッサはもし二人が一等賞を取れなかったときのいいペナルティが思いつかない様子で、そのまま考えた顔をしながら二人の脇を通り過ぎていく。
車の中から、特に何も言わないでカスティヨッサがまた最後に大きく手を振ると、それに向かってジャンもベスパも大きく手をふった。
「もしとれなかったら、どうなるんだろう」
少し経って、ジャンが腕を降ろしながらおそるおそるつぶやく。
「いや……てか無理だろ二人が一等取るなんて」
ベスパがその後に続き、それからお互いにらみ合ってお互いをどつく。
「棄権しろ。午後の部は危ないぞ、落ちて死んでも知らないからな」
「お前だって体重が重いんだから棄権しろよ、パラシュートなんて積んでないんだろ?」
「いいから、俺が譲ってやってるんだから棄権しろよ」
「いやだ。カスティヨッサちゃんは俺のものだ!」
「うぐ! この平民野郎ごときがー!」
二人がまたつかみ合いと殴り合いに発展しかけようとしたその時、ピッピーと、ジャンのトラックの後ろから軽快なクランクションが聞こえてくる。
「なーんか事故っすかー? さっさと動けよ前の車ー」
ピッピー! ピー! と、けたたましくクラクションが鳴らされ二人のつかみ合いはここで一旦終了する。
「誰だよ今度は!」
ベスパが非常に憤慨した様子でジャンのトラックの後ろ側へ廻ると、そこにいたのはジャンたちと同じように車の後ろにミニトレーラーを連結させた、一人の男だった。
相変わらずピーピーとクラクションを男は鳴らしているが、ベスパの様子を見てクラクションを鳴らすのを止める。
「なんかあったんスかー?」
「うるっせーなおまえ! 何の用だよさっさと行けよコノヤロー!」
「いやだからー、あんたらの車が邪魔だからー前に進めてないんでしょー? それともパンクかなんかスか?」
最後にピーとまたクラクションを鳴らして、男が車から出てくる。
白い無地の服に黒いカッターシャツを着て、ひょろっと細長い剽軽そうな男がパイプをくわえてやってきた。
その全貌と顔つきを見て、ベスパが何か叫ぶ。
「あっ、アンタは!」
ベスパは先ほどカスティヨッサに渡されたパンフレットをめくると、その中の一ページに書かれているちょっと大きめの写真と男と、機体の紹介をしているページをめくった。
「あんた、もしかしてこの絵の男!?」
「どーもっ、チトリータ・スーさんです」
そのままぶんぶんぶんぶんぶんと激しくベスパの手を握って激しく上下に激しく振りまわし、それからトラックの隅にいるジャンを見つけて同じく握手をしようと迫ってくる。
「ども! あんた見慣れない顔だね、ニューカマー?」
ぶんぶんぶんぶんぶんとジャンの手を握って両手で激しく振り回した後、スーと名乗った男はパイプを口に挟み直してジャンの目を覗き見た。
「キミ、空飛んだ事ある?」
「な、ないで……」
「やっぱり!」
ジャンがスーに言われた質問に答えきる前に、スーはおよそ見切り発車並に速く反応してジャンの言葉を遮る。
というか、スーはジャンの目を見て何かを見抜いている様子だった。
「初心者だね?」
「ムカァッ! それでも、機体くらい自分で作れる能力はあります!」
「でも飛んだ事ないんでしょ? 困るんだよねーそういうの。スタートして一番最初にサ、いきなり気流乱したりクラッシュしてくれるような、そういう初心者が多くてサー」
そういうと男はとことことジャンの機体の前に歩いていき、片目をつぶってピトー管の先から機体全体を眺めだす。
「んー。機体のほうは。どうも……」
次に折りたたまれた主翼の先端に歩いていき、それから翼の長さ、接続部の大きさ、翼の形、尾翼や水平翼の位置を目測し出した。
「うん、機体の方はちゃんとできてるみたいだね。キッチリと、まるで既製の新品みたいに……」
「なんだとォ!?」
ここでついに、ジャンの堪忍袋の緒が切れる。
今までさんざん機体を見ていたスーという男が、しゃがみ込んでいたのがさっと立ってジャンが詰め寄ってきたのに対応する。
「この俺の機体が既製品だとでもいうのかよバカにするな!!」
「……綺麗で、完璧だと言いたかっただけだよ」
詰め寄ったジャンに驚いた様子で男は両手を挙げていたが、そのうちジャンが本当に手を出す様子ではないことに気づいてさっさとジャンの体を前に払った。
「失礼、気分を害したのなら謝るよ。これでも褒め言葉だったんだ」
「俺のオヤジの遺してくれた機体を、バカにする奴は許さないからな!」
「なるほどだから翼の形がすこし古……ああ、ごめんつい思った事をネ」
そこでスーはまるで逃げるようにして自分の車に戻っていき、また二人の方を振り返る。
「とにかくー、ここで立ち往生してるんならオレが前に進めないからー。すこーし車と飛行機、どかしてくれないー?」
「な、にィ!」
だめ押しに男はピーとクラクションを鳴らす。
でもって、安っぽいセダンタイプの車のドアがバタンと閉められ衝撃で、スーの乗っている車のナンバープレートがガランとネジが外れて地面に落ちた。
まるでひょうひょうとした様子でまた車から出てきたスーにジャンは呆気にとられて、それでも致し方なしと自分のトラックに乗り込んで車を脇にどかす。
男は、スーはジャンの車とベスパの車の脇を器用に避けていくと、通り過ぎ様にまたピピーッ! とクラクションを鳴らしてそのままラダー渓谷の上の方まで走って行った。
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