2019年7月15日『童話』

「もう遅いから寝なさい」


 そう言って素直に言うことを聞かないのは俺自身よく分かっているのだが、まあもし口に出すだけで寝てくれたら何の苦労もないので一応聞くようにしている。俺の言うことなんざ生まれた時から聞きゃしないのは一体誰に似たのだろうね。


「おはなしてくれたらいいわよ。きいたことないやつ!」


 はいはい仰せのままに、お姫様。すぐおもちゃをしまって布団にもぐるのはかえって素直なのかなんなのか。ちゃんと歯磨きを…夕飯の後にすぐやった?よろしい。えっ?お父さんは後でやるからいいの。


「きょうはどんなおひめさまのおはなし?」


 そうだなぁ、今日のお姫様は怖いお姫様の話をしようか。



『あるところに、あまり基本的人権についてよく分かっていないお姫様がいました』


「きほんてきじんけんって?」


「そうだな、相手のことを思って尊重してあげるってことかな。分かるだろ?」


「ぜんぜんわからないわ」


 …この話をしてよかったよ。じゃあ続けるぞ。


『そのお姫様には手下が4人いました。本当は7人くらい欲しそうでしたが、彼女の人望では4人が限界だったのです』


「しょうすうせいえいだったのね」


 ポジティブなのは嫌いじゃないけどその思考回路はお父さんちょっと不安かな。


『ある日、お姫様が手下をひどく扱うことに怒った手下の一人がお姫様と喧嘩になりました』


「ばんしにあたいするわね!しばりくびにしましょう!」


 …どこでそんな言葉覚えているんだ?あとでお母さんと話をする必要があるな。


『お姫様は何をしても怒らないと思っていた手下の反乱にびっくりして落ち込んでしまいました』


「なんで?あたしならもっときびしいあつかいにしてこうかいさせるけど」


 そうならなかったからこの話には続きがあるのさ。


『お姫様はちょっとだけ反省して、心を入れ替えてちょっとだけ優しくなりました。おしまい』


「なによそれ!!!おちは!」


 山なし落ちなし意味なし。俺の知っているお姫様はこう言うやつなんだ。分かったら諦めて寝なさい。おやすみ。不服そうな娘の頭をなでて電気を消して寝室の扉を閉めるとニヤニヤした顔が目に入った。


「お疲れ様。今日はどんな話をしたのよ」


 なあに、ちょっとばかり創作童話をね。


「嘘おっしゃい。あんたがそんな毎晩毎晩創作童話なんて作れるはずないわ。どうせ本当のことをそれっぽく脚色してるんでしょ」


 仕方ないだろ、お前に任せたら意気投合して徹夜で話しやがって。どこの世界に子供に徹夜で創作童話する母親がいるよ。俺の場合は退屈だからかすぐ寝るぞ。


「まあ実際すぐ寝てくれるのよね。退屈だろうに毎晩聞いているみたいだし?」


 それより。あいつと話すときもうちょっとボキャブラリーを考えてくれ。なんか物騒な語彙が多い気がする。ブレーキのない自動車のような感じだ。


「そうねぇ。まああたしに言っても無理でしょ。ずっとこんな性格してるわけだし?そこはあんたがうまいことやっておいてよ」


 あのなぁ。


「あんたならできるわよ。あたしとやれるならなんだってね」


 まあ、ね。…いや、なんか丸め込まれた気がする。まあ仕方ないな。お姫様に手下は一生敵わないのさ。

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