2019年7月1日『眼鏡・サングラス』

 祝日のない6月がようやく終わり、夏休みが射程距離に入りつつある今日この頃、今年の夏は繰り返さないといいが大丈夫なのだろうかなどと考えたところで、ハルヒの考えが俺の想像を下回ることはそもそもあり得ないし、無駄な頭脳労働よりもするべきことはたくさんあると思いなおしてノープランのまま7月を迎えた。


「イメチェンをしましょう」


 部室へ向かう廊下でいつも通り意味不明なことを言い始めたのは当然のようにハルヒである。そうか、ついに髪を伸ばしてポニーテールにする決心をしてくれたか。


「何情緒不安定な奴みたいなこと言ってんのよ。あたしのイメチェンじゃなくてあんたの話よ」


 どうしてそうなる。着せ替え人形役は俺ではなく…まあ朝比奈さんがそうだとは言わんが、少なくとも俺がやる必要はないだろう。


「安心しなさい、あんたをちゃーんとバッチリ高校デビューさせてあげるわ」


 どちらかといえば、とばっちりだ。それに高校生活も折り返しに突入した今時分遅すぎるだろうよ。それともあれか、朝比奈さんの横に並べて自然なようにでもカッコよくキメてくれたりするのか?


「あたし思うんだけど、馬子にも衣裳って言うぐらい、たいていの奴は着ている服を変えるだけで見違えるようになると思うのよね」


 ハルヒの奴、正しい意味で嫌味に使ってやがるな?俺じゃなくて長門にやってやれよ。休日でも制服なぐらいだし、それこそ俺以上に適役だ。


「面白そうね。だけど有希は元々器量がいいからあのままもいいのよ。そう言えばあの子、最初眼鏡だったけど今どうしたのかしらね。コンタクトにしたのかしら。有希にとっては何かのデビューだったのかしら。それとも遺伝子操作されて蜘蛛にでも噛まれたの?」


 話が余計な方に進みそうだ。藪を突っつくのもほどほどにしないと。そうこうしているうちに、部室の前についた。ハルヒは相変わらずノックをすることもなく勢いよくドアを開いた。


「今日は団活はナシにして出かけるわよ!いつもの駅前まで行きましょう」


 ハルヒの声を受けて、長門はパタンとハードカバーの本を閉じた。今日は今日とてまた外国語の本である。古泉はちょっと愉快そうに笑い、朝比奈さんはどこへ行くんだろうというようなクエスチョンマークを浮かべていた。まあそれはそうだろう、SOS団が出かける場合、最も被害を受けるのは朝比奈さんだからだ。


「団員としてふさわしいようにビシッとキョンのイメチェンをさせるのよ。有希も一緒にやっちゃいましょう」


 さり気なく俺の提案が含まれていた。やれやれ、どうにか俺だけという惨劇は回避されたようだ。


「楽しそうですね、せっかくなので一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」


 イエスマンであるはずの古泉から珍しくハルヒに意見があった。ハルヒもなに?と言いながらちょっと驚いた風であった。


「長門さんのイメチェンは僕と朝比奈さんが付き添うので、彼の方は涼宮さんに任せてもよろしいでしょうか?」


 狂ったようなことを言い始めやがった。なんで俺とハルヒの二人で。というか何ちゃっかり両手に花持とうとしてやがる。ハルヒも不満があるらしくなんでよ、とややぶっきらぼうに問いただした。


「おそらくですが、お二人ともイメチェンしてもらおうとすると、時間がかかりすぎるかと。なにせ今日は休日の午前中ではなく放課後ですし。それに男女で選ぶ服の店などは異なるので、二手に分かれて選べば今日中に終わります。組み分けについてですが、異性の目が合った方が捗るでしょう。ただ、涼宮さんならともかく、僕では役者が不足しているので、女性の視点も欲しいので朝比奈さんもお借りしたいと」


「わかったわ、そうしましょう。6時に駅前公園で集合ね」


 あっさりハルヒの奴が引き下がりやがった。何勝手に決めてるんだ。あと古泉、お前は後で絶対ぶっとばす。


「さ、キョン。さっさと行くわよ。古泉君たちに負けないようにバッチリ変身させてあげるわ。鏡を見たらたぶんあんたより鏡の方が驚くぐらいにね」


 ハルヒは俺の手を握り部室から速足でげた箱へと向かいだした。


「サングラスは外せないわね。あと金ぴかのマフラーと、両手に果物を持ってもらおうかしら」


 なにやら古泉のたくらみに乗せられたようだが、現代アートみたいなことになってしまいそうな俺であった。

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