2019年6月4日『パロディ・パラレル』⑤
そんなこんなで次の休み時間。普段のハルヒはこの時間に購買にパンか何か買いに走っている。が、今日はややこしいから我慢しろという説得が功を奏し、俺の姿でハルヒが購買へ殴り込みに行くことは阻止できた。たぶん、それで気が緩んでしまったのだろう。そうとしか考えられない。ことが起こったのは3時間目が終わった休み時間だった。
「あ、そういえば家の鍵」
ああ、忘れてたとハルヒも何気なく俺の財布からハルヒの家の鍵を俺に手渡した。俺はそれを受け取り、ハルヒの財布にしまう。また、周りがしんとした気がして周りを見渡すと、クラスメイトの女子全員と目が合った。
落ち着け、今の出来事を客観視してみよう。
ハルヒ(の姿の俺)が、「家の鍵」という。
↓
俺(の姿のハルヒ)が、自分の財布から取り出した鍵をハルヒ(の姿の俺)に手渡す。
↓
ハルヒ(の姿の俺)がそれを自分の財布にしまう。
「あ」
たぶん俺よりほんの僅かにはやく気が付いたらしいハルヒ(俺の姿)が、般若のような顔をしていた。いや、今のは事故だ事故!お前も気が付かなかっただろ!俺の姿で狂犬のように唸るんじゃない。ハルヒの奴、死なばもろとものようなような顔つきをしてやがる。女子更衣室へ突撃させるのだけは阻止しなければ。そうこうしているうちに、クラスの女子が何人か俺たちの周りに集まりだしていた。だがその視線は俺にではなく、俺の姿のハルヒに向かっており、困惑の色が強くのぞいていた。何?とハルヒが答えると、着替えるからと女子生徒のうちの一人が返事をした。4時間目は体育だった。
すったもんだの末に、激しく抵抗するハルヒを体操服袋と一緒に叩き出して教室の鍵を閉めた。意地でもここを死守する。負ければ俺が社会的に死ぬことを意味するからだ。教室の外のハルヒはドーベルマンのように唸り声を上げていたが、意外に早く諦めたのか、唸り声は遠ざかっていった。ホッと一息をつく。
自分の席に戻ろうとして、首をフクロウのように真後ろに回すことになった。マズい。非常にマズい光景が一瞬網膜に映った気がした。カニ歩きで自分の席まで戻ると、先ほどの女子がまだ残っていて、やたらと甘い声で何か喋りかけてくる。あー、あー、見ざる言わざる聞かざる。俺は目をつぶったままセーラー服を脱ぎ、体操着に着替えて一目散に教室を後にした。
グラウンドでは男女別々で体育の授業が行われるのだが、開始前に体操着に着替えていたハルヒが俺のところまでやってきて
「体育が終わったら着替え持って部室に来なさい。来なかったら覚えてなさい」
そう言い残して男子の元へ戻っていった。いや、だから今日は休もうって俺言ったのに…というのはハルヒには聞き届けてもらえそうになかった。
4時間目の体育が終わり、いの一番に教室に戻った俺は、他の女子か戻ってくる前に体操着袋を持って部室に向かった。ハルヒも遅れて現れ、無言のまま部室の扉を開けて中に入った。不幸なことに長門はいなかった。
「着替えさせるから、目を瞑りなさい」
無論言われた通りにした。朝より手際よく、ハルヒは制服に着替えさせると、自分も着替え始めた。そして最後にネクタイを差し出してきたので、恐る恐る巻いてやった。気まずい沈黙が流れる。じゃあ、お昼食べてくるから…。そう言って逃げようとすると肩をつかまれた。
「作ってきたから」
そう言って体操着袋の後ろから本当に弁当箱を出してきた。ハルヒが弁当を?そこでようやく俺は、ハルヒが1時間目をサボった理由が分かった。
『なんという言いますか、随分と可愛らしい理由が原因だったようですね』
堪えきれないように電話口の優男の笑い声が聞こえる。笑うな古泉、こっちはいい迷惑だ。部活終了後、ハルヒの自宅に帰ってきたと同時に携帯電話が鳴り、かけてきた古泉との電話口での話だ。古泉はふっと笑った。
『一時はどうなることかと思いましたが、結局のところ閉鎖空間は発生しませんでしたので僕からすると今回のケースは比較的おもしろ…失礼、興味深かったですよ』
冗談じゃねぇ。本気で殺されるかと思った…ん?閉鎖空間はできてなかったのか?どういうことだ。
『つまるところ、涼宮さんの中ではすべて想定内の出来事だったのでは?あなたがうっかりやらかしてしまった数々のことは、実は涼宮さんの願いだったのかも』
言ってろ。お前はあの時のハルヒをその目で見ていないからそんなのんきなことが言えるんだ。森さんよりよっぽど脅威だったぜ。第一、これで明日もこのままだったらシャレにならん。その場合は是が非でも学校を休むし、土下座してでも長門に戻してもらう。古泉はまた笑い声を上げた。何ださっきから。
『失礼。頭ではあなただと理解しているのですが、どうしても新鮮な驚きを覚えてしまいまして。まるで涼宮さんに、全てを話しているかのような錯覚をしてしまうのですよ。いづれはそうなることを僕も願っているのですが、まだ先は長そうですね』
ああ、俺がハルヒの声だからか。そうだな、まあ色々思うこともあるだろうさ、特に古泉からすればな。そんな話をして電話を切った。
ブーッ、ブーッ
聞き覚えのあるバイブの音に目を覚ました俺は目を擦りながら目を覚ました。声を出してみると懐かしい自分の声がした。
「オッシャ…というか」
やれやれだ。しかしそうすると、本当にあんなアホなことが原因でハルヒと入れ替わってしまったのだろうか。それはそうと、誰だ電話をかけてきている奴は。眠い目で名前を確認すると、なんと朝比奈さんだ。時計を見ると夜中の3時半、いったいどうしたことだろう。もしもしと電話に出ると、
『やあどうも。夜分遅くに申し訳ない。ちょっとしたトラブルが起こっていまして』
俺の目と耳が腐っていなければ、上記の言葉は朝比奈さんの携帯からかかっている電話で、かつ朝比奈さんの声で発せられていた。
「あの、…朝比奈さん?」
『うぅ~キョンくーん…』
朝比奈さんっぽいキャラクターの人に電話口が代わったが、その声は俺の耳が腐っていなければ長門有希のそれだった。いっそのこと腐ってくれていた方が良かったのかもしれない。
「あのー、長門さん?」
『何?』
おっす、長門みたいなノリの古泉が何か言っているぞ。いやー、そういう日もあるよね、本当。という、無駄な願望がかえって虚しくなってきたので、やれやれとため息をついた。さて、今電話口にいるのはいったい誰だろう。
「お前の名前は?」
fin
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