2019年6月4日『パロディ・パラレル』②
とりあえずまずは…と目線を枕元に移した俺は携帯電話を手に取る。勝手に中を見るのは気が引けるが、ことは一刻を争うので余計なものを見ないようにして電話帳の中から『有希』の名前を選んで発信ボタンを押した。ほぼノーコールで受話器がとられた。
「長門?」
話始めて気が付いたのだが、今俺の声はハルヒでありこの電話はハルヒの携帯から電話をかけている。しかし長門はすでに委細承知のようで、いつも通りの声で話し始めた。
『現時点においてあなたと涼宮ハルヒの肉体と精神の接続が混線していることを確認している』
入れ替わっているのは俺とハルヒだけということか。長門にしては分かりやすい説明だ。そして話が早くて助かるね。さっそくで悪いんだが、元に戻すことはできないか?
『できなくはない。ただし推奨はできない。この事象に対する原因が不明であるため、際限なく繰り返される可能性が極めて高い』
なるほど…と言っていいのか分からんが、まあ無理やり抑え込むやり方が効くものではないよな、ハルヒが引き起こす面倒事ってやつは。
『涼宮ハルヒが引き起こす情報爆発において、彼女が含まれる事象というものは極めて少ない。イレギュラー』
本人も気が付かず巻き込まれているケースはけっこうあるが、まあ本人も俺と同じように入れ替わりに気が付くのであれば確かにそうかもな。じゃなくて。
「俺はどうすりゃいい?」
長門はそこで沈黙した。すまんな、聞いてばっかりで。別にいい、と長門が答えて電話はそこで終わった。
さて、人に聞いてばかりいても駄目だと言ったばかりだが、俺は続けて電話をかける。さっき連絡先を開いたときにグループリストがあったのでそっちを開くとご丁寧に俺たちの名前が別枠に分けられていた。『みくるちゃん』…というところにかけたいところだが、たぶん現状を説明するまでに時間がかかるので『古泉くん』の方にかけることにした。長門と違い、繋がるまで少し間があった。
『…おはようございます、涼宮さん。どうかされましたか?』
あ、そうか。今俺はハルヒの携帯からかけているんだった。なんて説明したものだろう。
「その…おはよう、古泉。なんて言ったらいいのか分からんが、俺だ」
詐欺師のような自己紹介をしてしまった。古泉の方もかなり困っているような間があった。
「信じられないと思うが、俺はハルヒじゃない。朝、目が覚めたらハルヒと入れ替わっていたんだ。長門にはさっき電話した。朝比奈さんにはまだ伝えてないが、お前の方から伝えておいてくれると助かる」
古泉はなるほど、と一言だけ呟くとしばし黙った。と思うと急に分かりましたと返事があり、すぐに電話を切るように伝えてきた。なぜだ、まだ話は終わってないぞ。
『涼宮さんが目覚めたようです』
古泉の言う通り電話を切ってほどなくして、『俺』からの電話がかかってきた。つまりは、そういうことなのだろう。電話を受けてもしもしと答えると、電話口で息をのむような声が聞こえた。まあ、そうなるよな。
「ハルヒか?」
『キョンなの?』
微妙に自分の声と違う気がするが、そういえば他人に聞こえる声と自分が聞いている声というのは少し違うという話を思い出した。
『目が覚めたらあたしがあんたの体になってて…もしかしてあんたもあたしの体になってるのかもって思ったんだけど、やっぱりそうなの』
ここは話を合わせておくしかない。実際朝起きて俺も驚いたのは本当のことだしな。するとハルヒは『あっ』と突然大声をあげた。なんだ、突然。
『ちょっと待って、あんた今起きたとこでしょうね』
うん?まあ、…そうだな、この電話で目が覚めた。俺は部屋の時計に目をやると6時20分ほどを示していた。何だろう、全然早いと思うが。するとハルヒは一言一言噛みしめるようにギリギリと歯を鳴らしながら言うには
『絶対に、絶対に、ベッドから、動くんじゃないわよ。あたしが、そこに、行くまでに、あたしの、体とか、触ったりしたら、生まれて、きたことを、後悔、するまで、』
ここで電話が切れた。言われて自分の姿を確認する。なるほど。俺はハルヒの姿で、ハルヒのベッドの上でパジャマを着ていた。なるほど。なるほど。
自転車に乗ってゼェゼェと息を切らした俺(ハルヒ)がやってくるまで、俺はつかの間の穏やかな時間を過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます