第7話
次の日はまた犬になっていた。今度は立派なシベリアンハスキーだった。今度はじっとしていることなく、この猛火の夜の噴水を文字通り水を得た魚のように泳ぎ回っている。
その日は【それ】に軽く手を振るだけで帰った。だって喋れないから。少しだけ寂しそうな顔をしていたのは気のせいだと思う。
そのような感じで動物、というか会話が成り立たなさそうな姿であれば私は声をかけずに噴水前の広場を通り過ぎ、人間の様相を呈していれば話しかけてみる、といったことが日課になりつつあった。幸いなことに【それ】の姿による言語の壁はないようであった。
話す内容と言えば至極たわいもないことで、今日どのような講義を受けてきたかだったり、その前に大学とは何かを説明をしたりと、そんな明日には忘れてしまいそうな話題だ。
だが【それ】には案外好評のようで、姿によるリアクションに微妙な差こそあれど、いつでも私の話を飽きた様子もなく聞いていた。
別に【それ】と関わることに何か意味などを見出そうとは思わず、他人に広めようともしなかった。真夜中に誰にも知られずささやかな密会を開いていることに何か高揚感を得ているのは自覚していたし、その気持ちを押しのけてまで止める理由も見当たらなかった。
しかし1週間後くらい未来の私がいたら「今すぐに一切合切の縁を切れ」と警告するに違いない。引き返すことができなくなるまで、退路が断たれるまでまだ遅くはない。虫の知らせという言葉があるが、なぜ虫なのだろう。もっと大きくわかりやすい動物が知らせてくれるなら、まだ私も気付いたのかもしれないのに。
ある日、まだ太陽が放物線の一番高いところに到達したころ。
私は講義がないのと家族が私以外出かけているのをいいことに朝から惰眠を貪っていたのだが、ちょっと着替えて外へ出かけるかと考え付き重い腰を上げたその時。
玄関のチャイムが鳴った。
「どうも。昼に合うのは初めてですね」
身支度を整えて玄関のドアを開けると、西洋系の若い女性が立っていた。初めましての面識だが間違いない、【それ】がにこやかな表情で立っていた。
一瞬で周りの温度が氷点下に下がっていくのを感じた、のに、全身から汗が吹き出しキャミソールがべったりと背中に張り付いた。
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