第6話

 【それ】は翌晩も人型、しかもちょっとふくよかなロシア系っぽい女性の姿でいたのだ。二日連続で人間でなっていたことは記憶の限りでは初めてのことだったので、その姿を見たときは「おぉ」声が漏れたものだった。

「そもそもなぜ毎日姿を変えるということについてですが」

「あっそれ、めっちゃ気になってました」

「元に戻れなくなったからですわ」

 飲みかけていた炭酸飲料を吹きこぼしそうになる。

「は?」

 どういうことだろう。

「言葉の通り、変わっていく内に元の姿がどんなものであったかわからなくなってしまったのですわ。こう、色々姿を変えてしばらくしたらしっくりくるものがあるのかと思って、毎日様々な姿に変えていくわけです」

 顎にまで垂れた飲みこぼしを拭う。今日も気だるい猛暑日だったので、ついでだと思ってコンビニで飲み物を2本ほど買っておいたのだ。1本は【それ】にあげた。

「さらっと凄まじい悩みを聞いた気がするのですが」

「実際恐ろしいものですわ。今はこうして落ち着いていられますが、最初は不安でしかありませんでしたわ。元に戻ろうとすればするほどどこか違うような気がして、動物であったか無機物であったかすら忘れてしまったのですから」

「口調が昨日とちょっと違うのも、しっくりくるのを探しているからですか」

「そうですわ。何がきっかけで思い出すやもしれませんので、こうして色々と工夫をしているのです」

「なるほど」

 それ以外の言葉が出てこなかった。だってそう思うしかないじゃないか。

 いや、そういえば次に会った時に言っておこうと思っていたことが一つあったのを忘れていた。

「私にはぜっっっったいに化けないでね」

 ペットボトルの中身を一気に飲み干す。炭酸はとっくに抜けていた。

「もちろん。あなたは今私の目の前にいますから、私が実はあなたでしたってことはないですわ」

「それなら、いいんだけど」

 いいのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る