if:間違いじゃなくて、(6)

 フォルクハイル侯爵に何を言われるかと身構えていたけれど、いざ書斎に通されてみると面会はほんの数分で終わった。


 侯爵は私を案内してきたアニエスさんをちらりと一瞥すると、軽くため息をついて肩をすくめ、以後は私にほんの短い、怪我をした娘の父親としてではなく、トラブルに対処するエリート貴族の当主として、事務的な質問をいくつか並べた。


 あの場で何があったのかの説明を求め、リュミエローズ家としての釈明と見解を尋ね、フォルクハイル家としては学院でのことは学院でのこととして処理し、事を荒立てる気がないことを説明すると、仕事があるからと足早に立ち去ってしまった。


 あまりに事務的なその口調に戸惑ったが、最後の最後、すでに立ち上がり、部屋を出ようとする段階で「ああ、それと」と思い出したように立ち止まり、こちらを振り返った侯爵は、エルザベラさまと同じ深い焦げ茶色の瞳でこちらを見つめて。


「――娘はきっと、君と話をしたがるだろう」


 かすかに躊躇うような間を置いたあと、それだけを告げると私の言葉を待たずに「ごゆっくり」と告げて出ていってしまった。


 侯爵さまが最後に置いていった言葉の意味に頭を悩ませていると、再びアニエスさんが私が取り残されていた書斎に現れた。


「…………旦那様が、お嬢様のお部屋にご案内するようにと」


 不満を隠そうともせずにそう言った彼女を思わずまじまじと見返してしまう。やり手の侯爵さまも、エルザベラさまの父親らしくいまいち考えの読めない人のようだった。


 とはいえ、迷ったのはほんの一瞬。私は声の震えをどうにか誤魔化しながら「わ、かりましたわ」と答えてアニエスさんの背中を追った。誤魔化せてはいなかったかもしれない。


 アニエスさんは「こちらです」と一枚の扉の前で立ち止まると、人一人が通れる程度に細く扉を開いて頭を下げた。


「え、あの、私一人で、よろしいのですか?」


「旦那様のご指示です」


 そうでなければ誰が貴女を一人でお嬢様に会わせるものか、と頭を下げたままの彼女のつむじがこちらに噛み付いてくる気がした。主の指示とはいえそれを彼女が了承したことも、そもそも娘に怪我を負わせ、意識不明という現状を作り出した張本人を一人で娘のもとへ送り込む侯爵さまの考えもとても想像がつかない。

 つかないけれど、でもそれは私にとってはとてもありがたい話ではあった。


 そもそも私はエルザベラさまと話したくて、この屋敷を訪れていた。そこにはもちろん謝罪という目的もあったけれど、本当はきっと、もっと別のなにかを私は彼女との会話に求めていて。


 その何かが何であるのかを考える時間は、足りなくて。

 それでも突き動かされるように、罪悪感と義務感に振り回されて、言いたいことも聞きたいこともまとまらないままにここを訪れてしまった。


 だから、一人でエルザベラさまの部屋に通してもらえるというのなら、これほどありがたいことはない。

 侯爵さまの考えはやっぱりわからないけれど、今はもっとわからない私自身について考えたかった。


「アニエスさん、本当に申し訳ありませんでしたわ。ですが、いまもう一度だけ、貴女の大切な人と向き合わせてくださいな」


「……旦那様の、ご指示です」


 それ以上でも以下でもないと、頑なに頭を上げない彼女に、見えているかもわからないけれど私も少しだけ頭を下げて礼を示した。


 貴族が使用人に頭を下げるなんて、貴き者としての自覚が足りませんわ! とは、思わなかった。


 細く開かれた扉から部屋に入ると、がちゃん、と音を立てて扉は閉じられる。カーテンの開かれた部屋には午前の光が静かに差し込み、天蓋付きのベッドの半分ほどを照らしていた。


 ゆっくりと、怯える自分を慣らすように一歩ずつ、ベッドに近寄る。ベッド脇には一脚、椅子がぽつんと置かれていて、この期に及んでまだ彼女と向き合う覚悟が足りない私はその椅子を睨むように見据えながら進み、どことなくこの部屋の主を想起させる深い朱のカーペットに視線を落としながら椅子に腰掛けた。


 ベッドの上を見る勇気は、まだない。

 カーペットと、その上に立つベッドの脚をじっと見つめながら、私は自分の胸の内を探る。


 どうして、私はここにいるんだろう。


 言うべき言葉も見つからないのに。彼女に怪我をさせたのは私なのに。彼女の意識はまだ戻らないのに。謝罪をする以外にいま私に出来ることなんて無いのに。


 ここへ来た理由は、たしかにいくつもある。彼女に、侯爵さまにも、謝罪をしたかった。私自身としてだけでなく、ミリエローズ家としての謝罪も必要で、父が私に学院を休んでまでフォルクハイル邸を訪問させたのはそういう理由からだろうと想像もつく。


 お姉さまに言われたこと、自分が何者であるかを決める、自分の意思と行動の意味。だけどいくら考えても、自分の中にそれが見つからない。

 謝って、その先に何がしたいのかなんてわからない。許されたいのか、償いたいのか、逃げ出したいのか。自分のことなのに何もわからない。


 ここへ来なくてはと思った。謝らなくてはと思った。エルザベラさまと話したいと思った。それは私の意思だけれど、その意味を私自身が知らない。


 ……いや、そうじゃないのかもしれない。


 ふと、ある考えが頭によぎる。

 ここを訪れて、謝罪をして、彼女と話して、そうして何がしたいのか、ではなく。そうして私は、何もしたくないのではないか?


 お姉さまは言った。自分が何者であるかを決めるのは、私の意思と意味に真に価値を定めるのは私だけだと。それは自分を見つめ直せと諭すお姉さまの厳しさであり優しさであり、けれど。


 そうして見つめ直した「私」に、私は失望したのだ。


 結局、私はいつだって間違えていて。お姉さまに言われるがまま、自分の振る舞いを振り返ってしまったことでさえ、間違っていたのではと思ってしまう。


 だから私は、何もしたくないのだ。意思も、意味も、要らない。何もしなければ、何も間違えない。正しいと信じたことが間違っているのなら、私にはもう何も選べない。


 私は、何者にもなれない。


「…………」


 目の前の彼女とは違う。


 気づいたときには、静かに寝息を立てる彼女の顔を見つめていた。話したいと思いながら、顔を見るのが怖かった。いつだって正しく在ろうとする彼女の目に、間違うばかりの私の姿が映るのが恐ろしかった。


 いま、彼女は目を閉じている。


 呼吸は静かで、眠っているようにしか見えない。けれど、彼女はいま、もう一度目を開けるか否かの瀬戸際にいる。私とは違う、間違わないはずの彼女。いつだって誰かのために正しいことをする、私が憧れた人に一番近い場所で微笑んでいた彼女は、私のせいでその目を閉じている。


 ……きっと、逆であるべきなのに。


 目を覚ましているのに、何者にもなろうとしない私よりも、何者かである以上に、以前に、ただただエルザベラ・フォルクハイルで在り続ける彼女はどれほど正しいのだろう。


 目を開けて、彼女が彼女であることを望まれているのは私ではなく彼女のはずだ。ミリエール・リュミエローズが目を閉じて何者にもなれなかったとしても、きっと世界は変わらない。


 でも、エルザベラ・フォルクハイルが目を開けて彼女で在るのなら、きっとささやかに、けれど確実に、世界が変わる。


 王子と公爵令嬢の婚約を白紙にしたように。

 一人の従者の忠誠と人生を受け止めてしまえるように。

 お姉さま自身も気づかなかった呪縛を、きれいに消し去ってしまえたように。


「もしも、私が貴女の代わりに目を閉じていられるなら」


 そうすることで、貴女の目が開くというのなら。

 それならきっと、私はそうしてしまう。


 彼女のためじゃない。彼女が変えるであろう世界のためでも、大好きなお姉さまのためでもない。

 何者にもなれない、間違うことしかできない私にとって、今この瞬間、それはたった一つの正解だから。


「……目を、開けてはくださらないのですね」


 代わりになんてなれるはずもない。ベッドに投げ出された左手を、少し躊躇って、けれど包み込むように両手で握る。その手は陽光の下にあっても少し冷たくて、私は怖くなる。


 願うしか、祈るしか、私に出来ることはないのに。

 他ならぬ私自身が、彼女をこんな風にしてしまったのに。両手で握った彼女の左手を、私は額に当てる。

 そうして願うしか、祈るしかできない私は、自分にできる精一杯の願いと、祈りを込めた。



***



 目を開けたら、私を嫌っていたはずの女の子に泣いて縋り付かれている。


 そうとしか言えない現状を前にして私、エルザベラ・フォルクハイルは途方に暮れていた。

 あれから、ミリーの泣き声を聞きつけたのか、それとも何か勘づくところがあったのか、程なくして現れたアニーは起き上がっている私を見るなりミリーには目もくれずにまっすぐこちらへやってきて、私をぎゅっと強く抱きしめた。


 ミリーには泣きながら手を握られ、アニーには無言のままきつく抱きしめられて私は戸惑うしかなかったのだけれど、二人の震えを感じて、大人しくされるがままになることを選んだ。


 状況がはっきりと掴めた訳ではなかったけれど、二人に相当な心配をかけてしまったことは間違いないようだったから、こうして傍から見ればシュールな感じに泣きつかれるのも、今は甘んじて受け入れようと思ったのだ。


 数分が経って、未だすすり泣くミリーよりも先にアニーの方が落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりと身体を離すと「……失礼、取り乱しました」と涙で濡らした頬を軽く拭いながら頭を下げた。


 彼女は短く、私が三日間意識を失っていたことと、その間にやってきたミリーが、私が目覚めるまで帰るつもりはないと言って食事もろくにとらずこの部屋に留まって夜を明かしたことを告げると、なにか食べるものを用意しますね、と言って部屋を出ていった。


 確かに、三日間飲まず食わずだったらしい私のお腹は空腹を訴えていたし、ミリーの近くに置かれていた水差しの水を飲んでも喉の乾きが癒えた気はせず、声も少し掠れている気がした。


 とはいえ、空腹と喉の乾き、そして添木で固定されて動かせない右腕という状態を差し引けば、調子が悪い訳でもなく、意識がなかった間のことは当然だけれど意識していないので、二人の感情に私の方はやや取り残され気味である。


 アニーが退室したあとも私に縋るようにしてすんすんと鼻を鳴らしているミリーを、手持ち無沙汰もあって撫でようかと右手を上げかけて、上がらない割にズキリと響く痛みに顔をしかめる。


「……ぃ、ったぁ」


 思わず小さく漏れた声に、ようやくミリーがゆっくり顔を上げて私を見返した。


「え、と、お久しぶり、ということになるのかしら」


 三日、という期間も微妙だし、私の方は意識がなかったけれどミリーの方は昨日からここにいたらしいし、ということでなんと声をかけるべきか少し迷う。

 泣くほど心配されていた理由がわからないのも、戸惑いを重ねてくるわけだけれど。いや、正直九割がたそちらの戸惑いのほうが大きかった。


「ぐずっ……お、お久しぶりですわ」


 なんとか、という様子で真っ赤な目元を少し恥ずかしそうにこすりながらミリーも同じ言葉を返してくる。


「なんだかずいぶん心配をかけてしまったみたいね。ごめんなさい」


 ミリーは何か言おうと口を開きかけたが、言葉が見つからないのか困ったように少し視線をさまよわせてから、首を横に振った。


「……私の方こそ、申し訳ございませんでしたわ」


「ふふ、それはさっき聞きましたわ」


 目を覚ました途端、泣いて謝られたのだ。さすがに寝起きの悪い私でもはっきり覚えている。


「それで、よければミリエールさまのお話を聞かせていただけませんか? こう言ってはなんですけれど……その、私達はこうしてゆっくりお話しするような関係でもなかったように思いますし」


 だからゆっくり話してみたい、という意味でもあり、そんな関係の彼女がどうしていまここにいるのか、という疑問でもあった。


「そ、れは……」


 いつものように少し意地っ張りな喧嘩腰の返事が返ってくるのか、それとも何か予期しない理由が語られるのか、と思っていたのだけれど、ミリーはやはり何かを探すように落ち着かなく視線を動かしながら、言葉に詰まってしまう。


 私が黙って彼女の言葉を待っていると、彼女は諦めを滲ませて、小さな声で呟いた。


「わかりません。……本当に、わからないのですわ」


 そう言って、彼女はぽつぽつと、語るというよりはこぼすように言葉を並べる。


 私に怪我をさせたことで、学院で自分に向けられる視線が怖くなってしまったこと。クレアに諭されて、自分自身と向き合う方法を探したこと。それを探して探して――間違い続けることが、嫌になってしまったこと。


 思い詰めた様子のミリーに何を言うべきか迷う私に、彼女は諦念の滲む笑みを向けた。


「私、学院を中退して領に帰ろうかと思っていますの」


「え」


 思わず口を開けて彼女を見返してしまう。


 貴族の中には一年の大半を王都で過ごす者と領地で過ごす者がいる。国境に近い外縁の貴族の多くは領地に留まって領内の整備と諸外国への対応を行い、王都に近い所領を持つ貴族ほど当主は王都に滞在して社交に精を出し、領地には家族や代理人を置いて有事の際以外は運営を任せることになる。


 ヴァークラルト学院に通う子女はそのどちらとも違い、在学中に関しては基本的にずっと王都に留まるのが普通だった。


 それをせず、学院を辞めて領地に戻るというのは、実質的に社交界からの退陣を意味する。

 大きな問題を起こして退学処分を受けたり、重い傷病のため自領で療養する者など、学院を辞めて領地に帰る者がいないわけではないが、そうして学院を去った人物が社交界に戻ってきたという話は聞いたことがない。


 貴族として、領内ではそれなりに振る舞うことになるかもしれないが、それ以上の成功は有り得ないし、女性であるミリーの場合はどこかの家に嫁ぐということも相応に難しくなる。貴族令嬢としての未来、それに「正解」があるとするならば、その正解から最も遠い選択を彼女がしようとしているのは明白だった。


「私のことなら気に病まなくていいのよ? こうして無事に目も覚めたわけだし、すぐに学院にも復帰しますわ。お父様が何か言うようなら、私が説得して」


「いえ、侯爵さまは既に、この件でリュミエローズの家に咎を負わせるつもりはないと仰ってくださいました。これは家でなく、私自身の問題です」


「それなら、どうして王都を出るなんて仰るの?」


「……疲れてしまった、のでしょうね」


 どこか他人事めかしてそう言って、ミリーは見慣れない、けれど先程から何度も浮かべている諦めの笑みを浮かべる。


 そこには、クレアに何度雷を落とされてもめげずに私につっかかってきた、愚かで真っ直ぐな少女の勝ち気さは無く。あるのはただ、自分の未来を諦めてしまった冷たい寂しさばかりで。


「もう、間違いたくないのです。私が正しいと信じたものは、貴族の誇りにかけて選んだ答えは、いつも間違っていました。選ぶから、間違うのです。正解を探すから、間違いに傷つくのですわ」


 だから、もう何も選びたくないのです。


 領地に戻れば、たしかに彼女の望んだ通りの穏やかな生活は送れるだろう。リュミエローズ領は目立った産業こそないが、安定した中堅貴族の領地としては他に見劣りしない。領内で目立った問題があるとも聞かないし、リュミエローズ伯爵はそれほど無茶な野心家でもない。


 それなりの貴族に生まれた女性として、それなりに暮らしていく。それだけなら難しくないだろう。彼女が何も選ばなくても、彼女の周囲がその「それなり」を叶えてはくれるだろう。


 でも、それは。


 そんな「それなり」なんて、私の知る、クレアの知る、ミリエールという少女なら選ばなかったはずの道だった。誰かにどれほど間違っていると言われても、自分自身の過ちを見つけても、それでも自分の誇りと正義を信じて突き進む強さと美しさを持つ少女は、こんな風に寂しく笑ったりしないはずだった。


 私とクレアが、揃って憎からず想っていた少女にそんな顔をさせてしまうのが私自身だというのが、悔しい。

 これが間違うということなら、その痛みから逃げ出したくなるのもわかってしまう。


 でも、だからこそだ。


 私でも、クレアでも、きっと逃げ出したくなってしまう。私達が逃げ出すことは立場が許さないけれど、でもきっと、立ち向かうことを恐れるようになってしまう。


 そんな痛みに、迷わず立ち向かえるミリーだからこそ、私達はそんな彼女を好ましく思ったのだ。彼女の在り方が、愚直であるという強さが、こんな風に奪われて欲しくはないのだ。


 だから。


「ミリエールさま……いえ、ミリー」


 私の方から、少しだけ歩み寄る。呼び方を変える、些細な違いで、それでも彼女に遠くへ行ってほしくないという気持ちを示す。


 彼女は強い。いまは、少し気が弱っているだけ。彼女の言う通り、少し疲れてしまっただけ。

 彼女なら立ち直れる、また立ち向かえる、もう一度信じられる。そんな、私が勝手に抱く期待を、ミリーという少女の未来に見えた明るい幻想を、身勝手に押し付ける。


 それはもしかしたら残酷なことなのかもしれない。勝手な期待を背負わせるなんて、クレアが背負っていた痛みと同じもので、目の前の彼女を苦しめてしまうのかもしれない。


 でも、と思う私がいる。


 クレアが周囲に望まれすぎていたというのなら、ミリーはきっと周囲に望まれなさすぎたのだと。

 強い期待をかけられたことがなく、強い正しさを背負わされたことがなく。彼女は正義も理想も、いつだって自分一人で探し求めてきた。


 クレアに憧れたのも、私を妬んだのも、全部全部、彼女が一人で、たった一人で、誰にも助けられず、示されず、教えられずに選んだことで。


 だから彼女は強くて、だからきっと脆かったのだ。


 そんな彼女の在り方を美しいと思ったから。そんな生き方を愛しいと思ったから。

 だから私は押し付ける。背負わせる。傲慢でも、少しだけ手を引いて導く。


 そうすることで、彼女がもう一度、あの輝きを取り戻してくれるなら。


「私、明日にでも学院に戻ろうと思っているのですけれど、腕がこの状態でしょう?」


 添木の腕を示しながら、急に違う話題を引っ張り出した私に首を傾げたミリーの手を、今度は私から握る。


 自由な左手だけでは、彼女がしていたように包み込むように握ってあげることはできないけれど、できるだけ優しく、勇気づけるように彼女の手に私の手を重ねる。


「何かと不便すると思うの。だから、これが外れるまでの間、学院での私を手伝ってもらえないかしら」


 領地に帰る、と言い出した彼女を引き止めるために、彼女の罪の意識を利用する。私は彼女みたいに真っ直ぐじゃなく、ずるいから。


 卑怯なやり方で引き止めてでも、彼女には近くにいてほしいと思うから。


「……わかりましたわ、私のせいで怪我をなさったんですもの、お手伝いさせていただきます」


 遠慮がちに顎を引いた彼女に微笑んで、私は少しだけ安堵する。


 大丈夫。彼女はきっと、また輝いてくれる。


 今すぐ領地へ逃げ出したいはずの気持ちを圧して、私を助けると言ってくれた彼女に期待を抱いて、私はその手をぎゅっと握り直した。

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