EX04-3:気になるあの子
「ぽふるママー」
「わ、わ」
教会との境目である低い柵を越えて孤児院の前庭に入るなり、数人の子どもたちがポフルさんの腰あたりにひしっと抱きつく。慕われてるなーと微笑ましく見守っている間にも、身動きの取れないポフルさんは「あ、あの、みんな、お客さん! お客さん、いるから……」とやんわり注意しているが、子どもたちは僧服を引っ張ったり逆にぴったりくっついて頬ずりしたり容赦ない。
見た感じ庭先で遊んでいるのは5歳前後の子が多いみたいだし、まぁ甘えたい盛りなのだろう。
と、微笑ましく見守っていると、子どもたちの一人がぽろっと驚きの言葉を漏らした。
「でくるパパはー? まだ帰ってこないのー?」
「パパはまだ教会のお仕事が……あ」
わかりやすくしまったという顔をしたポフルさんが振り返る。もちろん私とクレアはニヤニヤと、アニーは淡白に、リムちゃんだけが何もわかっていない様子で首を傾げた。
「姉妹揃ってどうして育った施設を出ないのかと思っていたら」
「そういうことなら確かに、手っ取り早く一緒にいる方法ですわね」
「なるほど、それで旦那様たちが結婚されていると知ってあんなに驚いていたのですね」
「え? え? なんですか、皆さんなんの話をしてるんですか?」
「あー……あはは。ふたりともママじゃ呼びにくいねって事で、先生やシスターはガラじゃないってデクルが」
誤魔化すのは無理だと悟ったのか、ポフルさんが恥ずかしそうに頬を掻いた。
「というか、二人でこの教会と孤児院を運営してますの? いくら規模が小さいとはいえ目が行き届かないのでは?」
「教会の方は普段は開放しっぱなしなだけですから、私もデクルもほとんど孤児院の方で過ごしてます。それでも少し手は足りないですけど……年長の子たちの手も借りて、どうにかみんなの様子を見ている状態ですね」
答えるポフルさんに辛そうな様子はないが、子どもたちの面倒を見るだけが孤児院の仕事じゃない。予算繰りや事務、今回のように陳情書を出したり来客対応するのも仕事だ。加えてデクルさんが今残って仕事をしているように教会の方も完全放置という訳にはいかないだろう。
それらを子どもたちの相手をしながら二人でこなしているのだから、大変なのは間違いない。心情的にはお金の支援くらいは惜しみたくないけれど……国庫から出るものだからね。私情は挟めない。我が家で支援する、というのも現実的じゃないのよね。出来たばかりのヴァレッシュ家にそこまでの蓄えはない。
そんなことを頭の片隅で考えながら、ポフルさんの案内で決して広いとは言えない孤児院を見て回る。リムちゃんによると、ここは彼女の知る孤児院よりも小さい割に、やはり子どもたちの姿は多いようだ。
「お父様が支援していた孤児院はどこも支援の代わりに運営にも噛んでいましたから、こんな無茶な運営は絶対にさせませんでしたわ」
「あはは……無茶、ですかね、やっぱり」
わかりやすく表情が強ばるポフルさんに、クレアは慌てるでもなくフンと鼻を鳴らして続けた。
「無茶ですわ。でも、諦める気はないのでしょう? 貴女を母と慕う子どもたちと、大切な妹と一緒の暮らしですものね?」
最後は悪戯めいて笑うクレアに、ポフルさんが恥ずかしそうに「……はい」と微笑んだ。
そんな風に時折ポフルさんとデクルさんの仲をからかいつつ施設内を一巡し、リムちゃんやクレアの意見を聞きながらアニーと相談して支援できそうな金額について詰めていく。
陳情書にあった金額は大きすぎるが、それでもその八割程度なら支援できそうだと言うとポフルさんは「十分助かります」と頷いた。恐らく大半が施設の増改築で消えてしまうだろうが、施設支援として支出できる額はむしろそちらがメインなので致し方ない。
子どもたちの食事なども含めた運営資金の方は、エルトファンベリア家がしていたように特定の施設にパトロンとなって定期的に出資したがっている貴族を見つけるくらいしか方法がない。現状、国の制度で国庫からの支援は難しい。仮に国が継続的な支援をするとなると、この孤児院自体が国営になって運営にも口を挟まなければいけなくなる。
「金銭的な支援、というよりは建物の増築工事自体をこちらで仕切る形ならもう少し早く申請を通せるかと思います」
院内の事務室――とは名ばかりの小さな机と数脚の椅子があるだけの手狭な部屋――でこの場で出せる見積もりを示しながら伝えるとポフルさんが柳眉を下げた。
「そうですか……やっぱり、運営の方は私達でなんとかするしかないですよね」
ポフルさんの表情から察するに、やはりそれは簡単ではないのだろう。できる範囲での協力はしたいところだけど、今の我が家じゃできることにも限度があるしなぁ。
「……あ、すみません。増築費を出してもらえるだけでも十分助かります。もともとデクルが少し多めにふっかけてやれって言うからあの金額にしてたので」
「あはは……」
デクルさんの強かさとポフルさんの裏表のなさ過ぎる態度の違いに苦笑しかできない。でも、なんだかんだでバランスの取れた二人なのだろう。何より言葉や態度の端々からお互いを理解して信頼しあっているのがよくわかるものね。私とクレアには劣るけど!
「増築で子どもたちに個室、まではいかなくても数人ずつ部屋を割り当てられれば幾分楽になると思うんです。現状はみんなで雑魚寝してる状態で……その、気にしない子たちはいいんですが、難しい子もいますから」
「難しい……?」
ポフルさんが濁すようにもごもごとこぼした言葉に首を傾げていると、事務室の扉からひょこっと小柄な人物が顔を覗かせた。
「……お客さん?」
「あ、ルンちゃん。お洗濯終わった?」
「…………」こくん
顔を出したのは八歳前後くらいに見える女の子。ここの院の子たちは顔色がよくて元気な子が多かったけれど、その子は肌が少し青白く、身長がそこそこある割にひょろりと細くて弱々しい感じがする。冬でもないのに上下ともに質素な長袖とロングスカートという格好も少し違和感があった。
赤銅色めいて少しくすんだ短い髪は丁寧に梳かされているようだが、後からケアするだけでは行き届かないのかぽつぽつと枝毛が目につく。青めいた暗い瞳が不思議そうに私達をお客組の顔をゆっくりと一巡した。
「ありがとう。晩ごはんまで……えっと、休んでていいよ」
「…………」こくん
ルンと呼ばれた少女は小さく頷くと静かに扉を閉めて立ち去った。
「あの子は?」
「花街から流れてきた子です。少し前にうちに引き取られて来たばかりなんですけど……その、ちょっと特殊な境遇にあったみたいで」
「特殊な境遇、ですか」
「……ごめんなさい、これ以上は」
申し訳なさそうに口を閉ざすポフルさん。まぁ、孤児になる子にはやっぱりそれぞれの事情がある。その中でも口が重くなるような事情、というなら私達が気安く踏み込んでいい問題ではないのかもしれない。
私が「構いませんよ」と愛想笑いするしか出来ずにいると、先ほどとは違いやや乱暴に事務室の扉が大開きになった。
「おいポフル、話はまとまったか――って、どうした? なんかあったのか?」
「デクル……ううん、なんでもないよ。そうだ、皆さんに夕食を御馳走したいのだけど、大丈夫かしら?」
「あ? まぁ別にいいけどよ。どうせチビどもの分作るんだから何人か増えたって変わらねぇし」
「いえ、お気遣いは嬉しいですが私達は仕事で来ただけですから、そろそろ――」
「あら、いいではありませんの。食事情についても知っておいた方がいいですわよ、施設の状況がよく現れますもの」
「……クレア?」
すっかり丸くなったとはいえ大貴族のご令嬢だったクレアは庶民出身のマリーや前世の庶民暮らしが価値観に根付いている私と違って「質素」なんてものに好んで近寄ろうとしない。毛嫌いしなくなったのと、積極的に関わろうとするのは別問題だ。そのクレアが、恐らく、いや確実に彼女の基準では満足出来なそうな食事の誘いに積極的に乗るなんて。
「別に、深い意味はありませんわよ。ただ……少し、あの子が気になるんですわ」
「あの子って、さっきの?」
ルン、と呼ばれていた少女を思い出す。確かに、ポフルさんの濁すような物言いからも何か事情がありそうではあるけれど……クレアが無関係な他人を気にかけるなんて、本当に珍しい。
「気の所為なら、それで良いのですけれど……」
クレアは考え込むようにして私にだけ聞こえるようにぽつりと呟いた。
「わかったわ。……それじゃ、お邪魔でなければ同席させて頂けますか?」
「はい、歓迎します!」
ニコニコと微笑むポフルさんと裏腹に、物思いに耽るように俯いたクレアの様子が気にかかった。
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