EX04-2:妻です
「なんもねーとこだが、まぁ座れよ」
「だ、だからデクル、言葉遣いぃ……」
「うるせーなぁ」
教会の奥、二人の居室と思われる生活感のある部屋に通された私達は、四人がけのテーブルに向かい合って着席する。陳情書の主である二人と、私とクレアに分かれて向かい合う形だ。ポフルさんは私達四人に座って欲しそうだったが、アニーとリムは使用人が主人と同じ席に着くのは、と遠慮していたし、私達だけで座っても話がしにくいので二人にはいつものように私達の後ろに控えてもらって、ポフルさんたちにも腰を下ろしてもらった。
「うぅ、妹がすみません……」
「謝んなよポフル、足元見られんぞ」
「そういうとこぉ〜……」
「お二人は姉妹なので?」
署名の時点で名字が同じだったので血縁だとは思っていたが、親子とか、あるいはそこまで近くはない親類かと思っていた。けれど二人の年格好ややり取りを見る限りは姉妹のようだ。
「は、はい。一応、双子の姉妹なんです」
「一応?」
「証明しようがねーんだ。親がいねーからな」
恐らく何度も尋ねられているのだろう、うんざりした様子でデクルさんが言い添えた。
「ということはお二人はこちらの孤児院で?」
「は、はい。わたしたちも十五歳まであそこで育って、それから私はそのまま院の職員として残って、デクルはこちらの教会に」
「まぁ成り行きでな。他に行く場所もなかったし、ちょうど人手不足だったんだ」
「物心付く前に引き取られたので……同じ時期に同じ年頃同じ背格好で入院しているので双子ということになってるんですけど、実際はなんとも」
「いいだろ別に、今更血の繋がりくらいでアタシらの関係が変わるわけじゃねーんだ」
本当にどうでも良さそうに、耳に指を突っ込んで無作法に耳掃除しつつ宣うデクルさん。ポフルさんの方も妹のそんな態度にこそあわあわしているが、話の中身についてはどうこう言う様子はない。姉妹としての在り方についてというのは、二人にとってはもうとっくに終わった話のようだ。
「わかります、孤児院で過ごした仲間は院を出ても家族だって、わたしのいたところでもみんな言ってました」
「ん、なんだアンタ、孤児院にいたのか」
「はい、8歳のときまでですけど」
リムちゃんの一言で双子の纏う空気が少し和らぐ。リムちゃんから院時代の話も少し聞いていたけど、同じ院の仲間には共同体意識のようなものがあるという話、院をまたいでもそういう意識は多少あるのかもしれない。
「あ、えっと、リメール・ケヴルです。奥様の侍女一筋もうすぐ十年です!」
「アニエス・シルバです。旦那様にお仕えして十六年目、おはようからおやすみまで、旦那さまがお嬢様の頃から見守って参りました」
なぜか自己紹介のフリして勤続年数自慢を始める侍女二人。いや、二人が仕事に誇りを持ってくれるのは雇い主の私達としても嬉しいことだけどね?
「奥様に旦那様?」
「えっ、と……?」
双子は二人の勤続年数よりもその呼び方が気になったらしい。席についている私とクレアを物問いたげな視線で見つめてくるが、クレアは巻かれた髪をくるくると弄ぶばかりで口を開かない。……あ、これはアレか、ここに来てからの扱いに拗ねてるのか。
「彼女はクレアラート・エル・ヴァレッシュ。私の妻ですよ」
「…………」フフン
ちょっとドヤ顔で気持ち得意げに胸を張るクレアが今日も可愛い。うん、私の嫁は世界一かわいい。
「……つま、ですか」
「お前、男だったのか」
「失礼な、私のエルザのどこが男ですの、こんなに可愛いのに」
双子に対して初めて口を開いたクレアの不機嫌声にまぁまぁとなだめに入る。
「仕方ないわよ、クレアの方がかわいいもの」
「そんなはずありませんわ。エルザより可愛いものなんてこの世に存在しません」
クレアの方が、いやいやエルザの方が、とやっている私達を前に、双子は戸惑いの表情を浮かべている。
「あー……えっと」
「長くなるので聞き流してくださって結構ですよ」
「つま……」
「おいポフル、戻ってこい」
「あ、う、うん、大丈夫、大丈夫よ」
……まぁね、同性婚が法で禁じられてないとはいえ、それは「禁じるまでもなくあり得ないから」であって、認められているという訳ではない。国王陛下公認の結婚だし、きちんと教会で式も挙げている。いるけれど、陛下公認なんて言ってみたところでやれ家だ立場だ後ろ盾だなんてのは城下の人々にはなんの関係もない。
私は別に平気だけれど、クレアが奇異の目で見られるのは看過できない。多少ふざけて誤魔化してしまうくらいの方がいいだろう。アニーが間に入ってくれてるしね。
「こほん。えー、まぁ妻もリムちゃんのいた施設を支援者として視察していたこともありますから、気づくこともあるかと思って同行してもらった次第です」
「な、なるほど」
「まぁ、アンタらのことはいいよ。で、陳情書の件だろ。なにが聞きてーんだ?」
「はい、それなんですが――」
ようやく本題に入り、私はここを訪れた経緯となった陳情書の疑問点、孤児院の規模に対して申請額が大きい理由について尋ねる。
「あー……それは、その」
「フン、アンタらお役人が悪いんだろーが」
「役人?」
話が見えず聞き返すとポフルさんはこわごわと、デクルさんは苛立たしげに事情を話し始めた。
曰く、大本の原因はこの一帯ではなく、隣接する歓楽街だという。歓楽街の名で呼ばれてはいるが、実質的には風俗街だ。前世の日本ほど性風俗の取締は厳しくないため、花街めいたものは王都にもいくつかあるが、ここからほど近いそこは王都内では最大の街だ。
この教会や孤児院も近隣住人だけでなく、花街から流れてくる人の受け皿的な側面があるのも、事前の調査で理解はしている。聖職者たちの多くは花街や娼婦を嫌うが、それが全てではないし、また花街の住人が信仰を持たない訳でもない。
子どもたちは尚の事で、本人が望むと望まざるとに関わらず花街の住人となった子どもたちが、また本人たちの意思でなく街を出ざるを得なくなったとき。ここの孤児院にいる子の中にはそういう子も少なくないはずだ。
ただ、花街があることもこの場所に教会と孤児院があるのも昨日今日の話ではない。他の孤児院とは多少事情が違うとはいえ、いきなり多額の支援を申請する理由にはならない。
「風俗街の規制と取締が強化されてんだよ」
「それに伴って運営規模を小さくする店が増えてまして……お店の女性たちはそのまま別の店に移籍したり、王都内の別の街へ移ったりもできるんですが」
「ああ……子供たちはそうはいきませんからね」
日本の感覚だと、現代の風俗街というよりは遊郭とかのイメージだとわかりやすいだろうか。見世に立つ女郎たち以外にも、それぞれに付く見習いや、場合によっては手伝い専門の新造や禿のような立場の子たちは、そのまま一緒に移籍という訳にはいかない。
彼女たちの多くは身売り同然に家を出てきている訳で、世話になっている娼館を追われてすぐに次の働き先を見つけるのは容易ではない。よほどの売れっ子娼婦がお気に入り専属の付き人を数名伴って移籍する事は無くはないだろうが、多くの場合は受け入れ先の娼館にも若い見習いはいる。
すぐに客が取れる娼婦はともかく、付き人は大勢受け入れてもすぐにはお金にならない。食い扶持が増えるだけなら、館としても積極的に受け入れる理由がない。逆に食い扶持を減らして館をなるべく今のまま維持しようとするなら真っ先に追い出されるのは子どもたちである。なまじ孤児院という受け皿があるだけに、というやつだ。
「なるほど、それに伴って受け入れる孤児の数が増えていると」
「具体的にはどの程度違いますの? 昨年までと比べて入院児童がどの程度増えているのか、その実数を出して頂けませんと、こちらとしても適正な予算が判断できませんわ」
仕事としてこの場にいるのは私と、一応補佐であるアニーだけなのだが、思いの外クレアが真剣に取り組んでくれている。エルトファンベリア家は複数の孤児院を支援していたし、彼女は家を出るまでユベルの公務だけでなく公爵の仕事にも関わっていたので、実務経験は私より多いのだ。
「それが……」
「約二倍だな」
言いにくそうに口ごもったポフルさんを差し置いて、デクルさんはあっさりと衝撃の数字を口にした。
「二倍って……さすがにそれを受け入れるにはこの規模の施設だと厳しいんじゃ」
思わずといった調子でリムちゃんが言うが、声こそ出さなかったけど私とクレアの感想も同じだ。単純にスペースの問題だけで考えても無理がある。
「だから建物を増築したい。その費用も含めての申請額だよ、アレは」
「その、お役所に支援願いを出してもあの数字じゃ弾かれてしまうと思って……それならダメ元で陳情として出してみろって、デクルが」
「アタシのせいみたいに言うなよ、どっちの方が可能性高いかって言ったらこっちだろ」
なるほど。本来であれば申請書として地域の窓口に持ち込むような案件をわざわざ陳情として寄越したのはこの急激な状況の変化を加味して欲しかったからか。
個人単位ではなく施設への支援は最終的に裁量を持つのは王城の政務室なのだが、上がってくるのは個別の窓口で一定の書式にまとめられた事実上認可済みのものだ。ほとんど個別処理されず形式的に判を押すだけのものだから、一律に規模と予算をチェックする程度で個々の条件までは加味されない。
「……事情はわかりました。ひとまず、院と子どもたちの様子を見せて頂けますか?」
「は、はい、では外へ」
教会の掃除の途中だったというデクルさんを残し、ポフルさんの案内で外へ戻った。
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