それでも、悪役令嬢は信じ(られ)ない
――貴女も、そう思ってくれたのでしょう?
そう言った彼女の瞳が演技というには真に迫りすぎていて、私自身の気持ちよりもまずその瞳だけで頷かされてしまいそうになる。思わずごくりと唾を嚥下する。うっすらと頬を染めたエルザの表情に、不覚にも熱を感じてしまう。
彼女は「貴女も」と言ったのだ。
それはつまり、彼女自身がそう思っているということで。そんな迂遠な推理などしなくても、それ以前に彼女は真剣な表情で「愛している」なんて信じられない告白をしていて。
そう言った彼女の表情は親友に向けるものではなく、恋する乙女のようで。その言葉が真実であると、私をどこまでもどこまでも錯覚させようとする。
私も同じ気持ちだと、一も二もなく抱き返したくなった自分を必死に抑え込みながら、私は自分の感情が恋と呼ばれるものなのだと理解する。
この胸にある熱く、重く、苦しく、甘い感情の意味や種類なんて問うたこともなかった。考えたこともなかった。とにかくエルザを繋ぎ止めることしか頭にはなく、そうしようと躍起になる自分の感情がどんな由来を持っているかなんて気にもしなかった。
けれど好きだと、愛していると、友情を超えた感情を示されて、抵抗なく頷きそうになる自分を知ってそれが恋だと理解した。
よかったと思う。
私が初めて、そして最後に恋をするのがエルザで、よかった。
「……ありがとうございますわ、エルザベラ様」
そう言って、私は微笑みながらぐっとエルザの身体を押し返す。びくり、と怯えるように彼女が震え「いやっ」と耳元で聞こえたかと思うと私の背に回された腕にぐっと力が籠もる。離さない、という意思表示に、こんな状況なのになんだか胸が温かくなる。エルザはいつだって私の感情を加熱させる。時にゆるやかに温かく、時に激しく熱く、彼女を想う私にはいつだって熱が伴う。彼女と出会うまで知り得なかった感覚だと思えば、それだけのことすらも愛おしい。
それでも、私は彼女を押し返す力を緩めない。私の意思が固いと悟ったのか、やがてエルザはゆっくりと私から離れる。
「おねがい、クレア」
泣きそうな顔で、エルザが私だけに聞こえるように呟いた。
わかっている。彼女はきっと、私をこの場から救い出そうとしてくれているのだろう。このまま犯した罪の咎を負えば、私には何らかの処罰が下される。仮に王家や国から罪を問われなくとも、これだけの騒ぎになればもう、公爵家に私の居場所はないだろう。修道院送りか……あるいはお父様の密命で暗殺されたとしても、私は驚かない。
そんな未来を察しているから、エルザは自分の身を差し出してでも私を救おうとしてくれているのだ。先程の告白は、そのための演出に過ぎないことくらい、私だって理解している。
私の感情は恋だったけれど、彼女の抱く本当の感情がそうである可能性は限りなく低いだろう。
だって私は友人として過ごした間、彼女に何もしてあげられなかった。彼女は私の拠り所になってくれて、知らなかったたくさんの世界を教えてくれたのに、私が彼女にした事なんてせいぜい意地になってきつい言葉を飛ばしたくらいだ。友人としては気兼ねしなかったかもしれないけれど、恋になんてなるはずがない。それこそ、出会った瞬間から私を好きでもいない限り、私が彼女に恋される理由はなかった。
私が彼女を好きになる理由はいくらでもあって、私が彼女に恋をしたのは必然だったけれど。
彼女が私を好きになる理由なんてひとつもなくて、彼女が恋をする相手が私である必要なんてない。
そんな私の破滅に、彼女を巻き込むなんて出来ない。彼女だけじゃない。強がりが許されるなら、私は私の結末に誰一人巻き込みたくはない。エルザやミリー、リムたち大切な人はもちろん、あれほど憎んでいたマリーナさえ、私の顛末に巻き込むのは哀れに思えた。
私は私の言葉を偽らないために破滅する。そのことに後悔はない。私の気持ちは既にエルザが語ってくれた。何をしてでも、何を捨ててでも彼女が欲しかった。その気持が伝わっているなら、私には十分すぎる。
「もう、演技は十分ですわ。私を救おうと貴女が動いてくれた。それだけで、私は身に余る幸せに包まれていますもの」
「違うよクレア、演技じゃない、私、ほんとに貴女のことが」
「これ以上、私のために貴女を巻き込めませんわ」
声が震えないように、涙が溢れないように、膝が崩れないように、背筋が曲がらないように。私は全身に力を入れて、私が思う最も美しい姿で愛しい人を見つめ返す。
心残りは一つだけ。最後に見る貴女の顔が、涙に濡れていたこと。ああでも、それでこそ私に相応しいのかもしれない。最後の最後まで、貴女にそんな顔しかさせられない。所詮私は、そういう女だった、と諦められる。
願わくば、私がいない世界の貴女に幸せがありますように。
私は胸中で祈りを唱え、エルザを押しのけるようにして一歩進み出る。困惑した顔の殿下と再び対峙して、私はその場に膝を折った。
「お騒がせ致しました。殿下のお言葉を遮った友人の非礼、私が代わってお詫び致します。何卒、我が友エルザベラには寛大な処置を。私は――この首を差し出しても構いませんので」
「っ、クレア、どうして――」
背中にエルザの悲鳴を聞きながら、私は深々と下げた頭を上げることは出来ない。この頭を上げるのは、殿下が沙汰を下した時。そう決めて、私はそのまま次の言葉を待った。
けれど。
「そんなの、間違っていますわ!」
――聞き飽きるほどに聞いた幼馴染の声に、私は思わず顔を上げてしまった。
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