悪役令嬢、頷く

「会場に集まった諸君に、まずは王子として詫びよう。このような場に君たちを巻き混んでしまったことを、すまないと思っている」


 だが、とユベルは断固たる口調で周囲を取り巻く「観客」たちに語りかける。


「それでも私はこの場で問わねばならない。君たちという証人がいなければ、私のすることは無駄に終わる」


 三人を取り囲む参加者たちがざわめく。噂に耳ざとい幾人かはこれから行われることに多少なりとも予想がつくのか、何事か囁き合いながらも緊張した面持ちで成り行きを見守っている。何が行われるのかと興味深げにしている面々からも、場に干渉しようとする動きはない。皆静観の構えだ。


 王子本人が仕掛けた舞台に不用意に手を出すような者はいない。それは計画通りだが……今はそれがマズイ。むしろ無関係な誰かが場をかき回してくれたほうがまだいいのではないかとさえ私には思えた。


 なんとか事態を好転させられないかと、私は参加者の壁の中で必死に頭を動かす。けれどそうしている間にも予定通り断罪の手順が進められていく。


「証人、ですか」


「そうだ、ここにいる全員がお前の罪と、破滅の証人となる」


「…………」


 ユベルの一方的な物言いにクレアが眉をひそめる。同時に、彼らを取り囲む参加者たちのざわめきも一段その熱を高めた。


「もう一度聞いておこう。お前は、自分の過ちについて、俺に話すべきことはないか?」


「過ち?」


 周囲の熱が高まっていくのを意にも介さず、クレアは冷めきった表情で軽く溜息をついた。今まさに自分が断罪されようとしているにも関わらず、その反応はまるで他人事のように淡白だった。


「私が一体、どのような過ちを犯したというのです?」


 クレアは認めない。けれどそれは彼女が本当に「過ち」を理解していないということではない。むしろ全て理解しているからこそ、決定的な言葉をユベルから引き出そうとしているのだ。

 ……けれど、それに気づいているのはこの場では彼女自身と、私だけだろう。

 対峙するユベルとマリーにとっても、三人を囲む参加者たちにしてみても、クレアが自分のしたことを認めようとしないのは想定どおりだろう。けれどその思惑が、彼らの想像と真逆だということに一体何人が気づくだろうか。


 気づけるはずがないのだ。だって彼女たちの知るクレアは、そのように振る舞って当然の人物だったから。違和感なんて感じようもない。公爵令嬢であり、王家にも待ったをかけられる家の一人娘である彼女にとって、いじめや嫌がらせを握りつぶすことなど容易い。なかったことにできる罪を、そうやすやすと認めるはずがない。誰もがそう思った。私でさえ、そう思っていた。


 ――私達の筋書きはこうだった。


 ユベルがクレアによるマリーへの嫌がらせの数々を公衆の面前で問い詰め、クレアがそんなことはしていないとシラを切る。ユベルは証拠を手にクレアの行いを証明し、彼女に婚約破棄を言い渡す。

 そこへ私が乱入し、クレアのそれらの行動は、ユベルの不義理が招いた結果であるとクレアを庇う形でユベルを糾弾するのだ。


 事前に流した噂が上手く浸透していれば、それでユベル達の旗色は悪くなる。クレアがどんな悪事を働いたのだとしても、その原因が断罪を言い出した本人達にあるとすれば印象的には彼らの正当性はかなり弱まる。


 そうしてユベル自身の資質への疑念と、ツェレッシュ家の王女は時期王妃の器たり得るかという疑問に拍車をかけたところで、私が「クレアの代弁者」として、クレアから改めての婚約破棄を宣言する。ユベルとマリーは逃げるように会場を後にし、泰然としたクレアが会場に残り、勝者と敗者が明確になれば、それは「クレアの名誉に傷をつけない婚約破棄」として成立する。


 計画通りに事が運べば、私はクレアの代弁者であると同時にクレアの口枷となり、一連の流れが完結するまでクレアに口を開かせないようにするつもりだった。以前クレアに「パーティーの日に一度だけ自分を信じてほしい」と告げたのはこの時のことを考えてだ。彼女の代理のような形で場を任せてもらう必要があった。


 マリーが言っていた「私の心象は悪い方がいい」というのもそういう理由からだ。二人にはこの場で、自分たちの過ちの責任をクレアに取らせようとして失敗し逃げ出した、という三下も真っ青な小物ぶりを印象付けなくてはならなかったのだ。


 だけど、この作戦には一つ致命的な見落としがあったのだと私は突き付けられる。


 クレアが素直に自分のしたことを認め、頷いてしまったとしたら? そんなことは私達の誰も考えもしなかった。クレアの性格からしてそんな殊勝なことはしないと勝手に確信していた。けれど実際には。


「……仰ることは事実ですわ、全て私が行ったこと」


 クレアは表情を消したまま、読み上げられた罪状を淡々と受け入れてしまった。その中にはクレアが憤慨して反論することを期待した嘘の罪状まで混ざっているにも関わらず、である。

 ユベルの目尻がピクリと動く。マリーが口元を押さえて息を呑む。予定と違う。そのことに、クレアを断罪する役割を負った二人も気付いたようだった。


「では認めるというのだな? お前は過ちを犯したと」


 それでも断罪は止まらない。これほど大勢の観客を巻き込んでしまった以上、たとえ予定と真逆の結末に至ったとしてもユベルはそのままこの断罪劇を続行するつもりだろう。王子の言葉は重い。相手の反応が予想を外れていたからといって「今のナシ」で済ますことはできない。


 観衆を前に断罪すると言った以上は、その通りにしなければならない。ユベルの額に汗が滲んでいるのが見えた。彼も今の状況がマズイことを察して、なんとかしようと必死に考えているのだろう。


 どうする、どうする。


「……ですが殿下。貴方の仰ることには一つだけ、間違いがございます」


「なんだ」


「私はそれを、過ちとは思いません」


 凛と。それは凛として空気を震わす強い声だった。

 大きな声でもなく、激しい物言いでもなく、むしろ静かなはずの言葉がいつのまにか静まり返っていた会場に反響する。


 その声が持つ強さは、確信。誰が何と言おうと、その言葉を信じている。間違いでは、過ちではないのだと信じているという、そんな力強さ。


「私は欲しいものに手を伸ばす努力をしました。指の間からこぼれていく、何度すくい上げようともするりと抜け落ちてしまうものを繋ぎ止めるために自分にできることは何でもやりました。たとえこうして、それを罪と突き付けられることを知っていても――私は、同じことをしたでしょう」


 ああ、どうして。どうしてなの、クレア。

 これから貴女の身に降りかかる破滅を前にして、どうして貴女は笑っていられるの? どうしてそんなに美しく、立っていられるの――?

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