断罪者たちは談笑する
会場は華やかだが、そうは言っても貴族の常識で考えれば控えめな装飾だった。壁を飾る花などの装飾も品のある佇まいではあるが主張は強くない。立食形式となる軽食や飲み物もほとんどが壁際に配置され、使用人たちが数名、代わる代わる会場内の人々の指示で食べ物を運びまわるに留まっていた。
なぜかといえば、この催しがダンスパーティーだからである。よりそれらしく言うなら舞踏会、ということになるのだろうが、学院で年に二度行われるこのイベントは通例としてダンスパーティーと呼ばれる。参加者の大部分が未だ若い学院生たちであるためか、ルールやマナーといった本来の「舞踏会」であれば逐一チェックされるだろうものも比較的緩く、形式に則ったものというよりは、前世の学園祭のような感覚に似ていた。
学園祭といっても、さすがに出店やなにかを用意したり、会場の設営を自分たちでするようなことはない。若いとはいえそこは貴族、それも一応、この国では成人年齢を超えた者たちだ。ほとんどの準備は学院側が雇った使用人たちの仕事である。
一応、申請すれば舞台を設けてなんらかの出し物をすることは可能だが、貴族というのは得てして自分が笑いものにされるのを嫌い、殊更他者を見下したがる性質がある。好き好んで出し物を行おうとする変わり者は例年一組か二組いるかどうかといったところだ。今年も、聞く限りでは出し物の申請はなかったようだ。
装飾が簡素で壁際に集中しているのは、そうしたあくまでも学院行事程度のイベントであることに加え、会場の中央はダンスホールとして使われるため、装飾や料理を移動する手間を省こうという考えによるものだった。
よって、磨き上げられた床がシャンデリアの明かりを照り返すホールの大部分には物が置かれず、学生たちはその広い空間で談笑している。
ユベルと合流するというマリー、そして侍女ゆえにホールの隣の控室に待機することになったアニーとは途中で別れ、私は一人で会場に足を踏み入れていた。
ダンスパーティーとは言っても、一晩中踊り明かすなんていうことはなく、緩やかな式次第の中でダンスの時間は大きく二度に分かれて存在している。
まずは一年生を中心とした、まだダンスや夜会そのものに不慣れな者たちも気軽に踊れるようにと用意されたホール全体でのダンス。これは誰が誰と踊ったとか、誰の踊りが素晴らしいだとかそんなことをいちいち確かめていられないほどに大勢が入り乱れて踊る時間になる。
下級貴族や新入りの一年生たちの多くがこの時間にダンスと、ほんのりと憧れる相手との束の間のふれあいを楽しむ。この時間のダンスに参加者の制限はないが、通例として王族や上級貴族、またダンスに一家言あるような手慣れた上級生たちは遠慮することが多い。
そうして遠慮した本来花形となるはずの面々が前に出るのが、次の第二部である。
毎年最上級生の成績優秀者や、王家、公爵家など貴族の中でも一線を画す家柄の者など、その年に学院に在籍している学生たちを代表する人物が、まずはパートナーと踊る。
一曲終われば彼らに続いて更に二組、次は四組と順繰りに有力な学生がパートナーとともに加わっていくという形式で、こちらはある程度踊る人間は限られる。
無論、今年そのダンスの先陣を切るのはユベルだ。この第二部にあたるダンスが終わればパーティーはゆっくりと終わりに向かっていく。パーティーの最大の山場であるこのダンスと、会場の興奮が最高潮となるであろうその直後が、私達にとっての狙い目だった。
……逆に言えば、それまでの時間はこれといって出来ることがないんだけど。
幾人か知人と挨拶をしたり、友人の令嬢たちと談笑していると、入り口のあたりからざわりと喧騒が波のように伝わってきた。何が起きたのかをなんとなく予想しつつも、周囲の令嬢たちと同じくその騒ぎの原因へと視線を向けた。
騒ぎの中心となってゆっくりと会場を移動しているのは、もちろんユベルだった。
第一王子として注目を集めるのは当然、ではあるが、騒ぎの種類は単なる羨望や友好、あるいは嫉妬といった美しい第一王子にいつもついて回るものばかりではない。むしろ向けられる視線の大部分は困惑や不安の色を帯びていた。
その理由はもちろん、ユベルがエスコートしている相手が婚約者のクレアではなく、庶民王女ことマリーだからである。
ユベルとクレアの不仲説は昔から囁かれていたし、ユベルがマリーと親しくしていることやクレアがそれに憤りマリーを攻撃していることは私達の仕込みもあってかなり浸透している。それでも、これまで公的な場でのパートナーには常にクレアを伴っていたユベルが、学院行事とはいえパーティーという社交の場に婚約者ではない少女を伴って現れたことは会場に集まった面々に大きな衝撃を与えていた。
二人は周囲の視線を意に介した様子もなく、微笑み合いながら談笑し、そのまま数名の有力貴族の令息、令嬢らに挨拶に向かった。……マリーの表情がまた強張って見えたのは気づかないフリをしてあげよう。いざとなればやはり緊張するものらしい。
対照的にユベルはいつもの涼し気な無表情だ。社交辞令の笑顔さえほとんど見せないのに、マリーと話す時だけは華が咲くように微笑むものだから、周囲の戸惑いに拍車をかけている。わざとやっているのだろうが……事情を知らない大部分の学生たちをまとめてからかうようなやり方は、なかなかいい性格している。ほんと、誰の影響を受けたのやら。
程なくして、二人は私と友人の令嬢たちが集まっている一角へと向かってきた。まぁ、私もこれで侯爵家の一人娘である。三公家に継ぐ家ではあるので、挨拶回りの順番もそれなりに上の方になるのは自然な流れだ。
ちなみに、その三公家の筆頭であるエルトファンベリア家の令嬢であるクレアはまだ会場に姿を見せていない。まさか来ないということはないだろうけれど……姿が見えないのは少し不安だ。
「エルザベラ嬢」
「殿下、それにマリーナ様も。今宵はひときわお美しいですわ。やはり、今日の主役はお二人しか有り得ませんわね」
余所行きの表情である完璧令嬢の仮面でそう言うと、ユベルがふふ、とわずかに口の端を歪めた。ちょっとした皮肉交じりのジョークはしっかり伝わったらしい。
「そう言う君の装いも美しい。その色は――なるほど。その愛が伝わることを祈らせてもらおう」
意趣返しのつもりか、ユベルが投下したささやかな爆弾に周囲がざわつく。まぁ、これでも私だって社交界の華と呼ばれる完璧令嬢なのだ。そんな身でありながら未だ婚約者のいない私に想い人がいるとなれば、周囲が騒がしくなるのは仕方ない。
「あら、ありがとうございますわ」
こちらも涼しい顔で受け流しながら軽くユベルを睨む。二人はともかく、私が目立ってもいいことはあまりないのだ。
そんな私達のやり取りを微笑ましいものを見るように一歩引いて眺めているマリー。言葉をかわしていなくとも時折交わされる視線だけで二人の親密さがよくわかる。……クレアをエスコートしていた頃のユベルからは想像出来ない雰囲気だ。
「お二人のダンス、楽しみにしていますわ」
私の一言でまたしても周囲がざわつく。マリーを伴って現れた時点で第一王子のダンスパートナーが彼女であることはほぼ間違いない。それでも、クレア派と認識されている私が二人と談笑し、あまつさえパートナーであることを認める発言をしたことはやはりある程度の衝撃を与えたようだった。
……まぁ、今の時点で出来ることはこのくらいだろう。とにかくユベルとマリーに注目を集め、二人が友人や恋人という私的な関係でなく、婚約者に相当する関係だと周知する。ダメ押し程度ではあるが、噂が真実だと印象づけることは無駄ではないはずだ。
「エルザベラ様もどなたかと踊られるのですか?」
おっとマリー? 貴女も結構踏み込んでくるわね。本人は全くもって悪意なく、単なる興味で尋ねてきたようだけれど、受け取りようによってはエスコート相手と同席していない私への皮肉とも受け取れる言い方である。相手が私だから良かったものの、これがクレアなら宣戦布告と取られても仕方ない。あとで注意しておかなければ。
「そうですわね、踊りたい方はいるのですが……」
憂いを滲ませた声で、わずかに顔をうつむかせ、さみしげな微笑を浮かべて答える。うん、完璧。どこから見ても叶わぬ恋に身を焦がす令嬢だわ。先程ユベルがドレスの色を指摘したこともあって、三度周囲がざわついた。
「……私のことはお気になさらないで。今夜はお二人の晴れ舞台なのですから」
「そうだな、そうさせてもらう。行こうか、マリー」
「は、はい。エルザベラ様、また後ほど」
「ええ、また」
私が微笑んで応じたのを区切りに、二人は挨拶回りに戻っていく。
「……あの、エルザベラ様」
立ち去る二人を見送っていると、一緒にいた令嬢の一人が声を抑えつつ話しかけてきた。
「本当に、あのお二人は味方なのですよね?」
計画の概要と協力のお願いを伝えてあった彼女は、以前クレアと一緒のところで遭遇して以来私達の仲を応援してくれている。それ故に、堂々と婚約者どうしのように振る舞うユベルたちの姿に不安を覚えたのかもしれない。
「大丈夫、あの二人なら上手くやってくれるわ」
私がそう答えるのと同時に、先程までとはまた違ったざわめきが会場を駆け抜ける。緊張を伴ったそのざわめきの中心には。
「……来てくれたみたいね」
ツンと顎を上向けて、澄ました顔で会場を見回すクレアの姿があった。
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