悪役令嬢、隔てる

 いつもの中庭にぼんやりと座りながら、刻一刻と迫ってくる本番に向けて、私にできることを探してみる。探してはみた、ものの。


「……びっくりするくらい、何もないわ」


 そうなのだ。侍女ネットワークを駆使して噂を広めるアニーとリム、その噂の大本となる事実を作るマリーとユベル、学院に根回しして動きを監視しに行ったドールス。ユベルとドールスは他の令息たちにも密かに協力を呼びかけているらしいし、準備は着々と進んでいるのだけど。


 私はユベルとマリーのように計画に貢献するような噂を作り出せる立場ではないし、クレアに肩入れしているのが知られている以上は下手に噂話に関わるといらぬ誤解を招きかねないし。


 ヴィルモントと話すのも同じ理由でダメ。ドールスはクレアやマリーとある程度距離をとっているからさほど警戒されていないけれど、私が説得に出ていったら「何か企んでますよ」と教えに行くようなものだ。ヴィルモントが私達の邪魔をするかどうかは正直読めない。協力してくれる可能性もあるけれど、ゲームのように彼との信頼関係が築けているとは思えないから、自分に任せて手を引け、と説得される可能性もある。そうなればパーティー当日も動きにくくなるだろうし、余計なことはしないほうがいい。


 ユベルたちのように他の学院生たちに根回しに走るというのも……やっぱりクレアの友人として知られてしまった私では厳しい。それでも一応、ごく数人の信頼の置ける友人には協力を頼んでみてはいる。以前クレアと一緒のところに居合わせた彼女なんかは「お二人が仲直りできるなら何だってします!」と拳を握ってくれた。

 とはいえ私が声をかけられる人間は多くはない。これ以上味方を増やす方法は私には思いつきそうになかった。


 つまり、みんなの前で堂々とクレアとイチャイチャしすぎたせいで、私にできることが何もない。……なんだろうこの情けない感じは。


「みんなが上手くやってくれてるみたいだから、私が動く必要もないしね……」


 実質私に出来ることはなく、その必要もない訳で。ただ、みんながクレアのために動いている状況で私だけが具体的な行動を起こせないことに私がモヤモヤしているだけなのだけど。


「……クレア」


 私の手を振り払った時の険しい表情を思い出す。あの時はとうとう嫌われた、としか思えなくて落ち込んでばかりだったけれど。思い出してみるとあれは、何かを堪えようと必死に踏みとどまっているような、そんな表情でもあったような気がする。


 あの時、私は三度彼女の手を取るべきだったのだろうか。拒絶されてもその手を離さず、抱きしめてしまえば、彼女は私を信じてくれたのだろうか。


「いまさらそんなこと考えても仕方ないわよね」


 あの時違う選択をしていたら、なんてそれこそゲームでも無ければ考えるだけ無駄だ。新しく出来ることがないなら今の私に出来ることを繰り返すしか無い。ひとまず当日、私がどう立ち回るべきかをもう一度整理し直して――と、気持ちを切り替えるように顔を上げた私の目に、慌ただしく廊下の角へ消える美しいブロンドの巻き髪が映った。


「っ」


 思わずガタっと音を立てて立ち上がる。今のはまさか、いや、まさかなんてそんなことはない。私が、例え髪先だけだとしても、彼女を見間違えるハズがない。


 気持ちばかり先行して思わずつんのめりそうになりながらも、慌てて彼女が曲がった角へ駆け込む。教室棟へ戻る長い直線廊下に人影はない。この廊下の長さだったら遅れて駆け込んだ私でも彼女の後ろ姿を捉えられると思ったのだけど……いえ、あの子は令嬢としてはハイスペックだけど運動神経はそこまでじゃなかったはず。私を一方的に振り切ることはできない、それなら。


 私は息を整え、廊下に面した扉を一つずつ順に開けて確かめていく。ほどなくして、廊下の中程に開かない扉を見つけた。鍵はかかっていないみたいなのに、押しても引いても開く様子がない。あたりだ。


「……クレア」


 がた、と小さく扉が震える。恐らく向こう側で扉を抑えている彼女が身じろぎしたのだろう。


「開けてくれなくていいわ。ちょっとだけ、聞いてもらえない?」


「…………」


 返事はない。ないけれど、扉を離れる気配もなかった。いま扉を離れればば私がすぐさま突入してしまうので動けないのだろうけど。


「……何から話すべきなのか、わからないけど」


 謝るのは違うと思う。クレアは謝罪なんて求めていない。だからって今までのことは誤解だと逐一説明するというのも違う。今のクレアの耳にはそんな理屈なんて届かない。彼女はいま、彼女の価値観でしか私を測れないだろうから。


「わからないから、どうしても貴女に言っておきたいことを、言うわ」


 長く彼女を引き止めるわけにもいかない。今の彼女は、こうして私と話すだけでも心が軋んでしまうかもしれないから。だから、今、どうしても伝えておきたいことだけを言葉にする。


「パーティーの日、一度だけでいいから。私を信じてほしいの」


 ぎし、と扉が呻く。扉向こうのクレアがまた動いたみたいだ。


「辛い思いをさせてしまうかもしれないわ。でも、それが最後。全部、パーティーの日に終わりにするから。もう貴女が傷つかなくていいように、我慢しなくていいようにするから。だから一度だけ、何も言わずに私を信じて」


 返事はない。正直、私の話を全部聞いているかもこちら側からは確かめようがない。扉の向こうでクレアが耳をふさいでいたら、私のこれは盛大な独り言だ。


 でも、確証はなくても確信がある。クレアは私の言葉を、例え受け入れられなくても耳を塞いで聞かないなんて事はできないはずだ。だって、私がそうだから。

 どんなに私を拒絶する言葉でも、クレアの言葉を聞かないなんて選択肢は初めから存在しない。それはきっと、クレアだって同じはずだ。


「いま私に言えるのはそれだけ。……大好きよ、クレア」


 反応を待たずに、私は扉を離れた。

 中庭に戻ろうか少しだけ迷って、結局教室棟へ足を向けた。なんとなく、今はクレアを静かな場所で一人にさせてあげたかった。


 信じて、とクレアに言った。言ってしまったなら、もう後には引けない。


「……絶対、上手くやるわ」


 大好きな彼女に、信じてと言った。なら信じてもらうに足る成功を捧げるしか、私に残された道はない。覚悟は決めていたつもりだったけれど、大見得を切った今となってはもう覚悟とか決意とか、そんなのはどうでもいい。


 やるしかない。やるったらやる。やり遂げる、絶対に。


「信じてね、クレア」


 閉じたままの扉を一度だけ振り返って、私は今度こそ教室等へと足を動かした。

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