王子は頼み、幼馴染は呆れ
「――そういう訳で、パーティーは少々騒ぎになると思うが、お前たちに誘導を頼みたい」
ユベルの言葉に、王城の一室に集められた彼と同世代の令息達三十名ほどが、それぞれ不安げに顔を見合わせていた。唯一、たったいま王子の口から語られた事情も、その裏側まで熟知しているドールスだけは澄ました顔を崩さず、試すような視線を前に立つ王子に向けていた。
「つまり、我々に殿下を貶めろと仰るのですか?」
「そうだ」
鷹揚に頷くユベルに、集まった面々は困惑を深める。どちらの心情も理解できるドールスは表情にこそ出さないが内心苦笑いだった。ちなみにこの場にドールスがいるのは、彼だけが事情を知っていてこの場に不在である、というのは後々不都合だから、という理由であり、よってこの場でのドールスには知り尽くした話を聞き流すくらいしかすることがない。
「それは、いくら殿下のご命令でも」
「これは命令ではない」
ユベルは緩く首を振りながら言った。
「パーティーで起きることも、今後降りかかるであろう非難も、元は俺の不手際に原因がある。その上でその会場を舞台に一悶着起こそうというのも俺の我が儘だ。お前たちに付き合えと命令は出来ない」
本心である。集められた令息たちはいずれもドールスと同じく幼い頃からユベルの学友としてあてがわれた者たちで、それぞれの家柄もあってか一枚岩とはいかないが付き合いも長く、家同士はともかく令息たちの間には腐れ縁にも似た結束がある。それはもちろん、ユベルにとっても同じで、自分の我が儘に友人を巻き込もうというのに、王子として命令するなどという形をとるつもりはなかった。
「立場や都合上協力できない者もいるだろう。それならばそれで構わない」
友情と当主命令なら命令を取らねばならないのが貴族というものである。集まっている令息たちはいずれも次期当主と目される面々ではあるが、それでもまだ若く、父である当主も当分引退の予定はない。王子との「友情」に惑わされて、家に不利な振る舞いをするような真似は許されない。
そうした事情は当然、ユベルもドールスも理解している。だからこの場で「協力できないものは立ち去れ」と言わなかったのはユベルなりの気遣いであった。誰が味方か、知らぬままの方が互いにとって良い場合もある。
「この頼みを引き受けるか否かは、お前たち一人ひとりの判断に任せる。ただ、ここで俺が話したことは他言無用だ。それだけは命令として告げさせてもらう」
すまないな、と言うユベルに全員が首を横に振った。王子としてどころか同世代の貴族令息と比べても普段は大人しく、周囲を振り回すことを好まないユベルだ。今回でさえ「命令だ」と一言告げれば全員が思い通りに動くところを「頼み」に留めた彼の秘密を漏らさないことくらい、彼らにとっては言われるまでもないことである。
「聞きたいんだが、いいか」
気心の知れた面々の前だからか、ドールスが遠慮のない口調で言いながら、スッと片手を上げる。ユベルが頷くのを確認して、ドールスは続けた。
「誰かを貶めたり、傷つけるためにこんなことをするんじゃないよな」
「傷つく人間はいるかも知れない。だが、それが俺の独善であったとしても、俺は相手のために必要なことだと思っている。もちろん、事が済めば可能な限りフォローもする。悪意を持ってすることではない、それは神前で誓ってもいい」
証明しろと言えばこのまま教会に飛び出していきそうなユベルに「そこまでは言ってないだろ」と笑いながら、ドールスはなるべくさり気なく周囲の友人たちの表情を見回す。ユベルもドールスに答えながら自分に向けられる一つ一つの表情を窺っていた。
「もう一つ」
「なんだ」
「これが上手くいけば、お前は幸せか?」
するりとドールスの口から放たれた疑問に、ユベルの表情が驚きに染まった。
「俺たちは王子殿下に仕える臣下だ。お前のためにならないなら、協力はできない」
「…………」
じっと、ユベルがドールスに探るような視線を注ぐ。対するドールスは世間話でもするような調子を崩さず、ただ視線だけはユベルから逸らさない。ついさっきまでは集まった他の令息たちの反応を吟味していた二人が、いまはお互いだけをじっと見つめていた。
「……言っただろう。これは俺の我が儘だ。それが叶うのならば、幸せに決まっている」
「そうか。わかったよ」
幸せに決まっている。ユベルのその言葉に、ドールスは微笑んで口をつぐんだ。
口を閉じたドールスにユベルはわずかに顎を引いて謝意を示した。ドールスは他の令息たちの手前気づかないふりをしたが、しっかり目が合っているのに無視した、というのが何より気づいている証だろうと思い、ユベルも素知らぬ振りで「他に何か懸念があるなら今のうちに聞いておこう」と他の令息たちに向き直った。
ドールスの質問は、集まった彼らを感情面で説得するためのものだ、というのはユベルもなんとなく察していた。とはいえ、事前に打ち合わせていたわけでもない唐突な質問であり、特に二つ目の問いには違和感を覚えたが、思うままを答えた。ドールスが何の仕込みもなく仕掛けてきたのなら、下手な嘘はやめておこうと思っただけなのだが、実際に質問を終えたドールスが口を閉じると同時に、令息たちの困惑が一気に薄まったのには感心せざるを得なかった。
二、三質問に答えた後、ユベルが解散を宣言すると令息たちは各々連れ立って退出し、最後に残ったのはユベルとドールスの二人だけだった。
「さすがの人望だな。集まった連中の八割は動くぞ」
「多すぎだろう。良くて五割だ」
ユベルとしてはそれでも多く見積もりすぎていると思った数字に、ドールスはわかってないなぁと呆れた様子で肩をすくめた。
「……なんだ、その反応は」
「いや、ここにも鈍感が一人、と思っただけ」
「鈍感?」
ぱっと脳裏に浮かんだ完璧令嬢の真っ赤な顔になんとなく微妙な気持ちになりながら、ユベルは目線だけでドールスに説明を求める。
「俺たちはお前に選ばれてここにいる。けど、それは逆だってそうだろう、俺達がお前を選んだ結果でもある」
集められた令息たちはユベルの学友として充てがわれ、幼い頃から付き合いのあった面々なのは事実である。ただし当時のユベルには自分の意志で友を選ぶ権利はなく、第一王子に取り入ろうとする成り上がり貴族も、親である王によって選びぬかれ目付役として選ばれた者も、ドールスのナエラディオ家のように一応王家に顔くらい覚えてもらおうと消極的に現れた者も、あらゆる人間が代わる代わる現れていた。
やがて大人たちの笑顔に心を閉ざしたユベルは学友たちにも素っ気なく振る舞うようになり、中には軽んじられたと不快感を隠しもせず去っていく者もいた。
だが同時に、そんな風に心を閉ざしたユベルを心配した者たちもいた。
ドールスはその筆頭であり、ユベルが沈んだ表情を見せると、よく彼の手を引いて城下へ遊びに連れ出していた。年齢こそユベルの方が一つ上だったが、王都よりも環境の厳しい地で生まれた褐色肌の少年は体格もよく、手を引くのはいつもドールスの方だった。
そうやって入れ代わり立ち代わり現れた「学友」たちは自然とふるいにかけられ、現在まで親しくしている彼らはみな、家や政治のしがらみとは別のところで、ユベルクルという少年を友に選んだ者たちだった。
もっとも、ユベル自身がどこまでそれを自覚しているか、ドールスもハッキリ確かめたことはなかった。ただ集まった友人たちがみな、あの日笑うことをやめてしまったユベルが少しずつ表情を取り戻してきたことを喜び、誰よりも友の幸せを願っていることをドールスは知っている。
だからこそ、今回の経緯を知っている自分も含めた全員が知りたかったことを尋ねたのだ。これで幸せか、これはお前の、友のためになることか、と。
選ぶ選ばれる、という言葉をどう受け取ったのか顔をしかめるユベルの背中を気安くぱしぱしとはたきながら、ドールスは褐色の肌にひときわ目立つ白い歯を見せて笑う。
「要するに、みんなお前が大事だってことだよ」
何の話だ、と目をしばたかせる友人の様子にもう一度笑い声を立てながら、ドールスは胸の内でひっそりと呆れの溜息をこぼした。どうしてこう、俺の周りには好意に鈍い連中が多いんだろうな、と。
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