二人組は見せつける
「あの、ユベル様」
「ああ」
「ほ、本当にやるんですか?」
腰の引けているマリーとは対照的に、連れだって歩くユベルは堂々としたものだ。これから行おうとしていることに何の躊躇も遠慮もない様子だ。
「必要なことだろう、何を躊躇うことがある?」
「ひ、必要ですけれど、その、こんな方法じゃなくても」
「違う提案があるのならもちろん聞くが?」
「え、とその、ただ一緒に食事をするだけでも……」
「それでは印象付けとしては弱い、と散々言われただろう」
「で、ですが」
「クレアラート嬢を救うためなら何だってするのではなかったのか?」
「そ、れはその、もちろんそうですけれど」
そんなつもりで言ったんじゃない、と全身でアピールするマリーの頭にぽふ、とユベルの手が乗せられる。
「そう不満顔をするな。俺としてはよい機会だと思っているのだぞ」
「よい機会、ですか?」
「こんなことでもなければ、お前はなかなか俺に近づかせてくれないからな」
表情を変えないままのユベルにさらりと告げられた言葉に、マリーの頬が一瞬で赤く染まる。
「で、ですがそれは、その、ユベル様は未だクレアラート様の婚約者でいらっしゃいますし、それに私達には何よりもまず優先すべき目的が」
「わかっている。だからこそ、よい機会なのだろう。必要だと求められているのだ、今は役割を果たそうではないか」
おかげで堂々と触れ合えるな、と最近はマリーの前でだけよく見せるようになった微笑みと共に告げられれば、マリーもそれ以上食い下がる気にはなれなかった。何より彼女自身、義務や建前を除いてしまえば、そう振る舞うことを恥じらいこそすれ嫌がる理由など無いのだ。
「さあ、よろしく頼む」
「……はい」
頷き合った二人は、今日の舞台へと足を踏み入れた――。
* * *
「――では、次はそちらを頼む」
「は、はい、ユベル様、どうぞ」
「…………」
「ユベル様?」
「それだけか?」
「はい?」
「様式美というものがあろう。俺はそれを期待していたのだが」
「……え、と、まさかとは思いますが、ユベル様」
「ダメか?」
「っもう、はいユベル様、あーん!」
「ぁ、む。……うむ、お前の手から食べると、一段と美味いな」
「うぅー」
恥ずかしそうに顔を伏せたマリーからの恨みがましげな視線など気にもしていない様子でもぐもぐと口を動かすユベルは、口に入ったものを飲み込むと、今度は自分のフォークを料理に伸ばし、今度は自分で一口を用意すると、スッとマリーの口元に差し出した。
「お返しだ、マリー。口を開けろ、あーん、だ」
「〜〜〜〜〜!!」
そう、二人に与えられた本日のミッションは――仲良く1つのお弁当を食べること、であった。
場所は学院の昼時に最も人が集まる食堂の一角。一緒に食事を摂ること自体は珍しくない二人だが、これまで中庭や空き教室で人目を避けるように会ってばかりだったのが、こうして衆目の前で堂々と昼食をともにするのは入学式の日のあの一件以来だった。
この「手作り弁当仲良しアピール」を提案したのはアニー。渋るマリーを差し置いてユベルはあっさりとそれを了承した。
もちろん、これはあの会議で決まっていたユベルとマリーの仲を事前に周知しておく、という作戦の一環であり、恥じらいながらもマリーが自ら進んで「あーん」を実行したり、わざとらしくユベルが顔を寄せたりするのもパフォーマンスの意味を大いに含んでいる。……含んでいる、はずであるが、特にユベルが本気で楽しんでいるように見えるのは気のせいではないだろう。もちろん本気であると周囲に思われなければならないのだが、それにしても……とため息をつく人物もいたりする。
「……少し様子を見に来ただけだったのですが、これは、なんといいますか」
「なんだか思いっきりイチャイチャする免罪符を出しただけな気がするわね」
「めん……? なんですか、それ」
「なんでもないわ。マリー様がちゃんとやれるか気がかりだったけれど、あの様子なら任せておいても大丈夫そうね」
「そうですね」
フォルクハイル主従はそう言って頷き合い、そして次の瞬間そろって「はーぁ」と溜息を零した。提案側とはいえ、見せつけられるイチャイチャぶりには辟易するものはあった。
「……リムちゃんとはもう打ち合わせたの?」
「細部まではまだ。ですが概要についてはお話して、既に噂の流布は始めています。噂ですから、あまり詳細に詰めるよりは多少の齟齬もあった方が良いかと」
「そうね、あまり一致しすぎて認識が固まってしまっても困るし、その方向でお願いするわ」
「……クレアラート様は大丈夫でしょうか」
関係者でありながら事前に意思疎通が出来ていないクレアの耳にこの噂がどのような形で舞い込むかは不安材料の一つではあったが、実質的に対処不可能な問題でもある。リムにはクレアの耳に入った話題を監視することは一応頼んであるが、それも状況を確認する意味でしか無い。
「……気がかりではあるけれど、今は我慢してもらうしかないわ」
表情を曇らせたエルザだったが、結局は会議の場と同じ結論を口にするしか無かった。
決行の日であるダンスパーティーまでの約一週間、エルザたちの動きはどうしたってクレアの耳にも入ってしまうだろうというのは話し合いの中でも再三不安視されていた。けれどそれらの噂についてクレアに釈明するにはパーティーで計画していることまで全て話してしまうか、あるいはとにかく気にしなくていいと誤魔化すか、くらいしかやりようがない。どちらにしたところで、エルザたちとクレアとの間にある溝が深まるだけだと全員が認めたので、リムを監視につける以上の干渉はしない、ということで一応話はまとまったのだが。
「今度こそクレアに嫌われるんじゃないかしら……」
そんな弱気が顔を覗かせるくらい、現状がエルザにとって望ましくないのも事実だった。
全ては本番を成功させるため、と何度も自分に言い聞かせてはいるものの、必要だからといって既にだいぶ追い込まれているクレアに追い打ちをかけるような真似をするのはエルザにとっても苦しいものがあった。本音を言えばいますぐクレアを抱きしめて「頑張ったね」と撫でてあげたい気持ちでいっぱいなのだ。
それでも、パーティーまでの辛抱だと心を殺して耐える主の姿に、アニーもそれ以上この件について口にする気にはなれなかった。
……実のところアニーにしてみれば愛する主以外の心境にはさほど興味はない。けれどクレアが傷つき心を閉ざすことが主の心を曇らせるのを、本人よりもよく知っている彼女は効率を求めてこんな提案をした自分を恨んだ。
「……申し訳ありません、お嬢さま。少々出過ぎた提案でした」
「どうしてアニーが謝るのよ」
「クレアラート様のお気持ちにまで考えが及ばず、お嬢さまにそんなお顔をさせてしまって」
「私たち全員が、必要だと決めたことじゃない。貴女のせいじゃないわ」
「ですが」
「アニー」
なおも言い募ろうとするアニーを遮ってエルザはその手を取ると、両手で包むようにしてぎゅっと握った。
「アニーはもっと、自分の振る舞いに自信を持っていいのよ」
「……お嬢さま?」
「クレアを助けるために必要なことだってわかっているわ。それでも、クレアを傷つけてしまうと思えば私はきっと躊躇ってしまう。だから、貴女の冷静さに私はとても助けられているの」
それはエルザの素直な気持ちだ。生来の落ち着いた性格に加えて年が離れていることもあり、アニーは昔からエルザの気持ちを汲んだ上で、主にとってより良い結果になるよう助言し、諌めてきた。今回のことだって、最終的にクレアを救うことを最優先とするエルザの気持ちを知っていたからこその提案だったのは、もちろんエルザも理解していた。
「いつもありがとうアニー。情けない主だけど、これからも助けてくれるわよね?」
そう言ってエルザは、握ったままのアニーの手を胸元に引き寄せる。アニーの手を抱くようにしたまま、背の高いアニーを見上げて微笑んだ。
「……いけません、お嬢さま」
「え?」
ふい、とアニーが顔をそらしたのを見てエルザがきょとんと目を丸くする。
「どうかし――ひゃっ」
抱かれていた手に身を寄せるようにしてエルザとの距離を詰めたアニーが、そのまま覆いかぶさるようにしてエルザを抱きしめていた。
「あ、アニー? 急にどうしたの?」
「いけませんよお嬢さま、そのように言われてはいくら鋼の意志を持つ私でも我慢できる自信がありません」
「が、我慢? あの、アニー何のことを」
「ああダメです、やっぱりお嬢さまにはまだ早すぎます。クレアラート様にはいましばらくお待ちいただいて、私がお嬢さまに手取り足取り――」
「あ、アニー? アニー、ステイ! 落ち着いて!」
「私は冷静です。ところでお嬢さま今日も素敵な香りですね……ふふ、ふふふふふ」
「アニー!?」
* * *
そんな主従のやり取りを、生暖かく見守る二人は苦笑する。
「エルザ様はクレアラート様とももちろん仲良しでいらっしゃいますけど」
「主従仲も相当なものだな」
いつの間にかお弁当タイムを中断していた二人に見守られていることにも気づかず、フォルクハイル主従はしばしの間、ここしばらくの憂鬱を吹き飛ばすようにじゃれ合っていた。
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