幼馴染は稼ぐ

「……ということで、休暇までの間は静観ということでお願いできませんか?」


 その言葉にヴィルモントは表情こそ変えなかったが、その眉がぴくりと動いたのをドールスは見逃さなかった。


「本当か?」


「はい?」


「いまの話は本当かと訊いている」


「少なくとも俺はそう聞きましたよ、クレアラート嬢にも冷静になる時間が必要だから休暇明けまで刺激したくないと」


「本当に、王女がそう言ったんだな?」


「ええ」


 涼しい顔で頷きながらも、ドールスの心臓は緊張でばくばくと鳴っていた。再三念押しするように確認されるたび、何かボロを出したのではないか、とヒヤリとしていたが、それ以上具体的な追及が無いところを見ると具体的な根拠があって疑われていたわけではなく、ただ単に信じられなかっただけのようだ。


 もちろんヴィルモントに告げた内容はデタラメである。一応、事前にマリーナたちと口裏は合わせてあるが、幸いヴィルモントが直接彼女たちのもとへ出向いて確かめるような事態にならなかったことにひとまず胸をなでおろした。


 ドールスが話した内容はこうだ。


 心優しいマリーナ王女はクレアラートとの話し合いを望んだが、ここ最近の彼女は冷静ではない。直接話す機会が見つからなかったマリーは、クレアの友人であるエルザに仲介を頼んだ。しかしエルザもクレアをいなすことが出来ず、むしろ公爵家の力を盾にマリーに圧力をかけてきた。現状でクレアをこれ以上刺激したくないマリーは、ひとまず目前に迫った休暇がクレアの熱冷ましになってくれればと考えている……と、まぁそんなような話である。


 要するに、今はクレアを刺激したくないから大人しくしていて欲しいとマリーが言ってたぞ、ということである。ヴィルモントに話を通したのがツェレッシュ家なら、守るべきマリーに危害が及ぶ可能性があるならひとまず鉾を収めてくれるのではないか、という話だったのだが……この足止めを提案したエルザ自身がこの話題の最中終始悔し泣き状態だったのには全員が呆れていた。クレアを一方的に悪者にする内容がよっぽど嫌だったらしい。


 とはいえ、ヴィルモントと学院側の介入をとにかく避けるのは必須である。マリーが傷つくかもしれない、という理由は一歩間違えばマリーを強引に保護するという方向にもなりかねないからあまり深刻になり過ぎないよう伝え方には配慮する必要があるが、ヴィルモントの反応からすると効果はあったらしい。


「話はわかった。王女自身がそう言うならひとまずは静観しよう」


「ありがとうございます。俺からも王女に伝えておきますよ」


 と、それでこの話はおしまい、のはずなのだが妙に険しい表情のヴィルモントにドールスは内心でむしろ警戒を強めた。


「……まだ何か気になりますか?」


「いや、そうだな、気になると言えば、そうかもしれん」


 歯切れの悪い返答にドールスが首を傾げると、ヴィルモント自身も懸念を振り払うように軽く首を横に振った。


「猶予を与えたいという王女の考えはわからないではないが、エルザベラ嬢や王子がそれを静観していることが妙に思えてな。特にエルザベラ嬢は、王女が何と言おうとクレアラート嬢の味方をすると思ったが……まぁ、大事にはしたくないということか」


「……そうですね。エルザもクレアラート嬢を守るために、王女との和解を模索していますから」


 なるべく淡白に対応したつもりのドールスだったが、悔し涙を流してまでこの作戦を嫌がったエルザの様子をよく知っているので、ヴィルモントの感じた違和感に内心では拍手を送っていた。エルザともマリーとももちろんクレアとも、個人的な接点はほぼ無かったにも関わらずよくそこまで察したものだと、素直に感心した。


「先生は、随分と生徒を熱心に見てらっしゃるんですね」


「私塾時代の癖だ。個人的な問題を差し置いては、勉学など頭に入ってくるものではないからな。何か抱えていそうな生徒には自然と目が行く。もっとも、貴族のプライバシーなどいち教師が口を出せる問題ではないのだがな」


「いえ、ご立派ですよ」


 不機嫌に唸るような調子で、その実教育者として実に真摯な言葉を口にする教諭に、ドールスは素直に感心した。貴族ではないからこそ、プライドや利害を差し置いて、そんなことが言えるのかもしれない。ドールス自身が下級貴族という、庶民とも貴族とも接点をもつ立場であればこそ、教諭の在り方がいかに難しく貴重なものかを感じていた。


「何か動きがあれば、また報告しますよ」


「ああ頼む」


 それだけの簡単なやり取りでドールスはもう十分、と判断した。あるいはヴィルモントなら、学院内に広まり始めている王子と王女の噂や、エルザの沈黙、クレアの落ち着きの無さから自分たちの企みに気づくかもしれない、とは思うものの。


(……それならそれで、いいのかもしれないな)


 なんとなくではあったが、この男なら真相を知った上で、邪魔はしないのではないか。敢えて知らせこそしないが、そんな安心感さえ覚えたドールスの直感があながち間違いでもなかったことは、遠からず証明されることになるのだった。

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