断罪者達は思案する
「……随分と無茶なことを言う」
お昼の説得会合、そして放課後のドールスからの報告から一夜明け、私達は昨日と同じく中庭に集合していた。リムちゃんはそうそうクレアの傍を離れられないので本日は欠席。代わりに彼女のいた席にはドールスが座っている。
一晩煮詰めた私のアイデアを聞いたユベルの最初の一言が先程の「無茶」という言葉だった。
「実行に移すことはそう難しくないが……本当に勝算があるのか?」
疑わしげな目を向けられて私も自然と目をそらしてしまう。ないとは言わないが、正直五分五分、いやそれでも見栄を張りすぎの数字に思える。本音を言えば「可能性はゼロじゃない」とか、そんなレベルの計画なのは自覚していた。
「他に代案があるなら是非聞かせてくれ。俺だって分の悪い賭けなんてしたくないんだ」
ドールスが援護なのか貶しているのか微妙な言葉で間に入ると、ユベルも溜息を付いて口を閉ざした。
「私は……やってみてもいいかなって、思います」
ユベルに代わって口を開いたマリーは、躊躇いがちにではあったがそう言ってくれた。少々口ぶりが不安げなのは、やはり勝算の低さがわかっているからというのもあるだろうが、恐らくそれ以上に。
「いいのですか? 提案しておいてなんですが、この方法を採って成功した場合、一番割を食うことになるのがお二人ですのよ」
そう、私の提案がもし上手く運べば、クレアが助かる代わりに今より立場を悪化させるであろうと思われるのがユベルとマリーなのだ。
もちろん、誰かがクレアの代わりに咎を負うならそれは本来言い出しっぺの私であるべきだ。けれどこの計画ではそういうわけにはいかない。どうしても二人に泥をかぶってもらわなければ作戦の成功はありえないのだ。
そんな私の心配に、マリーはゆっくりと首を振った。
「一連の私の行動に問題があったのは事実ですから。そのことについて責められるべきというなら、私はそうしますよ」
……本当に、強い子だと思う。
さすが主人公、なんてもう思わない。悪役令嬢クレアラートなんて人はいないように、主人公マリーナだってここにはいない。目の前の彼女は画面の向こうの誰かが選んだ選択肢に沿うのではなく、自分の意志でここにいる。だからこそ、その強さをより眩しく感じた。
「マリーがそう言うなら、その点については俺も異論はない。もとよりクレアラート嬢と婚約を破棄するならば大なり小なり周囲が荒れることは覚悟していた。それが役に立つならむしろ望むところだ」
ユベルもそう言ってマリーに同調する。二人が覚悟を決めているなら、私がこれ以上気を遣ったところでそれは余計なお世話だろう。そもそも他でもない私が二人を犠牲にしてクレアを救う方法を提案しているのだ。気を遣って見せたところで、二人にはお見通しだろう。
「では、この方向で内容を詰めていく、ということでよろしいですね?」
いつの間にか議長のようなポジションに収まったアニーがそう言うと、全員が頷いた。
「やり方自体に異論は挟まない。だが、今のままでは成功率が低すぎる。このままの計画で行くなら協力はできないぞ」
ユベルの苦言に、私とドールスも頷いた。そのことは提案側である私達も痛いほど理解しているからこそ、こうして皆を集めて意見を求めているのだ。成功率を少しでも上げるために計画を練り上げ無くてはならない。
「場所と時間は学期末のパーティーってことでいいんだよな?」
「ええ、学院に関わるほぼ全員が集い、なおかつ外部の人間が最小限しか出入りしない。内側だけで決着をつけるなら最良の舞台だわ」
ドールスの確認に頷きで返す。それは今日から約一週間後に予定されている、前期終了の節目となる学院総出での夜会のことだ。主にはダンスパーティーの形式で企画される催しであり、学院の関係者が一堂に会する場でもある。
この学院の一年は前期後期で区切られているのだが、夏の社交シーズンを意識した長期休暇があるので前期の方が割合でいえば短くなる。本来なら年末のカウントダウンパーティーが一番確実なのだが、それではまだ半年以上先の話になってしまう。
「問題になりそうなのは周囲の反応が二分されると予想できること、それからもちろん、当事者であるクレアラート嬢の反応も読めないことだ」
「クレアのことは私がある程度フォローするつもりだけど、周囲の反応はどうにかして誘導できると有り難いわね。それもその場ではなく事前に。下地があるのと無いのとでは、受け止め方も変わってくるわ」
「……お二人が事前に学院内で親密さをアピールすることは可能ですか?」
「し、親密さをアピール、ですか」
アニーに淡々と言われたことを想像したのか、マリーの頬がカァァッと赤くなる。対照的にユベルはニヤリと悪巧みでもするように笑った。……なんだろう、ゲームでの彼はもうちょっと純粋で真っ直ぐな人物だった気がするのだけど。そもそも笑顔が苦手だったはずが、一体誰に悪い影響を受けたのやら、こちらの世界では微笑みは相変わらず苦手なくせにこういう顔はサラッとするようになってしまった。マリーは本当にコレが相手でいいのかしら。
「引き受けよう」
「ユ、ユベル様!」
悪い笑顔のまま二つ返事で了承したユベルをあわあわと思いとどまらせようとするのを全員が生暖かい視線で見守っていると、それに気づいたマリーの赤みが頬から耳にまで及んで俯いてしまったのをしっかり確認してからアニーが「では」と場を仕切り直した。
「お二人に作っていただいた下地を元に、私が噂を流しましょう。リメールさんにもご協力頂けると思います」
「噂?」
「はい、事実は事実としてもちろん広まりましょうが、短期間の間に学院全体に浸透させるには真偽とは別の要因が必要です」
「別の要因って」
「話題性、娯楽性、いわゆる尾ひれ、というやつですね」
例によって無表情で言ってのけるアニーはなかなかの大物だった。
ゴシップというのは面白おかしく尾ひれがつくからこそ注目を浴び、その内容が刺激的であるほど人の口に上りやすい。そして貴族のゴシップに一番詳しく、それを拡散するに適している存在と言えば侍女同士のネットワークだ。
……と、まぁ説得力も期待される効果も十分なのだが、そのゴシップの対象になる相手に正面切って「あなた方の有る事無い事拡散させて頂きます」と言い放つのは、なんとも肝の太い振る舞いである。
「あー……まぁ、効果的なのは確かだな」
「あはは、お手柔らかにお願いします」
揃って苦笑いするドールスとマリーであった。ユベルは相変わらず悪い笑顔を浮かべている。
「来賓に公爵は? もし含まれているならそちらも何か手を打たないと、その場でひっくり返されてもおかしくないぞ」
「俺から父上に確認してみよう。とはいえ期末のパーティーには例年親族は呼ばれないはずだ。その後の対応はともかく、会場でのことは心配しなくてもいいだろう」
「だが王族は参加するだろう。陛下は?」
「口うるさく言う人ではないが……父上のことは俺が責任を持って説得する」
「あとはサクラ……もとい、事前にこちらで仕込みを行える相手は多いほうが良いのですが、思い当たる人物はいらっしゃいませんか?」
「ご、ごめんなさい、私はあまりそういうのは……兄さまに心当たりがあるか聞いてみますね」
「それは俺も何人か見繕っておくつもりだよ」
「俺の方でも少し手を回そう。婚約破棄を考えた時から協力してくれそうな人間に目星はつけてある」
「…………」
「お嬢さま?」
目の前で次々に細部が詰められていく計画案に私が言葉も忘れて見とれていると、アニーが心配そうにこちらを振り返った。
「どうかなさいましたか?」
「……いえ、なんだかすごいなぁって、思って」
「はい?」
首を傾げたのはアニーだけではなく、全員が私の方を向いて怪訝そうな顔をしていた。
「提案した私が言うことじゃないのですけれど……正直、上手くいくとは思えませんでした。けれど皆さんがこうして話し合うだけで、私だけではどうにもならなかった問題が解消されていくのが、なんだか不思議で」
そんな私の間の抜けた感想に、最初に答えを返したのはユベルだった。
「何を言うかと思えば、最初に俺たちをその気にさせたのはお前だろう」
「私、ですか?」
「そうですよ、エルザ様が私達に、クレア様を助けたいと思わせてくださったんですよ?」
「俺たちを集めたのはお前だよ。お前がいなきゃ、この面子がこうして顔を突き合わせて会議なんてしてないって」
……私が。代わる代わるかけられる言葉によって、じわじわと実感が湧いてくる。
助けられるのだ。私が、クレアを。
「……よろしく、お願い致しますわ」
自然と頭を下げていた。
辿る道筋次第では、目の前の彼らこそがクレアを追い詰めていたかもしれない。そのことを知っているのは私だけだとしても――いや、私だけだからこそ、そんな彼らがこうして集い、クレアを救おうと力を貸してくれることに他ならぬ私が頭を下げるべきだと思ったのだ。
深く下げた頭を上げれば、全員がじっと、私の次の言葉を待っていた。私が言うべきはもちろん――。
「必ず、クレアを救いましょう」
いつかどこかの世界で、孤独な少女を断罪した私達。そんな私達だからこそ、今度はきっと救えるはずだ。
だからクレア、あと少しだけ、待っていて――。
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