ライバル令嬢、整える
「殿下、貴方は先程、クレアの心情を私が憶測で語っていると、そう仰いましたね?」
「クレアラート嬢自身がそのようなことを言った、というのであればそう説明すればよい。俺にはそれを確かめる術もない。だが、お前は敢えてそう言わなかったな?」
「ええ、嘘は申せませんから」
必要がない嘘は、という注釈はつくがそれをわざわざ言う必要はないだろう。ユベルもどうせわかっているだろうが、貴族というのは本音と建前を使い分けてこそだ。重要なのは、いまこの場においては私の言葉に嘘がないと信じてもらうことだ。
「ですが嘘を申す必要もございませんでしょう? 本当のことを訴え出ているのですから」
「信じられるかどうかは別問題だろう」
「はい、ですから数を揃えました。嘆願書というには物足りない数かもしれませんが、個人についての証言ですから、三人もいれば十分でございましょう」
「お前と侍女二人、か? 残念だが貴族と平民では法廷での信用度は大きく変わってくるぞ」
ここは法廷ではないし、ユベルも平民の意見を軽んじるつもりはないはずだが、その表情は真剣だ。こちらも慎重にその表情を探る。
彼の性格からして、頭ごなしにこの話を拒否するとは思えない。会話に応じる姿勢を見せたことからもそれは確実と断言できる。つまりこれがなにかを試されているということ。ならばなにを……?
私が沈黙したのを弱気と見たのか、ユベルの表情がわずかに曇る。期待はずれ、そう言われている気がした。期待はずれ、つまり反論を期待していたことになる。もちろん私が用意した証人にはアニーが含まれない。侍女二人ではなく令嬢二人だ、という反論はできるが、それではリムちゃんの証言の価値を引き出せない。必要なのは彼女の有用性を認めさせること。考えなさいエルザ、そのために私がすべきことは?
「……アニー」
「はい、お嬢様」
「貴女が私付きになったのは私が何歳の時かしら?」
「6歳です」
「そう、それじゃ今年で」
「ですがお仕えしているのは4歳の頃からです」
「……今年で11年目ね」
「はい」
突然私達の間で始まった確認作業を、リムちゃんとマリーは戸惑った様子で見ているが、ユベルは黙ったまま口を挟もうとしない。やはり、私が何をするかに興味を持っている。交渉の内容よりも、むしろそちらが本命のようにすら思えた。
「私がはじめて一人でお使いに出たのは?」
「5歳と4ヶ月、12日の天頂ごろです。侍女長と私が護衛として尾行致しました」
「初めて茶会を主催したのは?」
「企画なさったのが7歳と1ヶ月、7日。実際に会が設けられたのはその二週間後、親戚筋の令嬢方だけを招いた小規模なものでしたが、お一人で使用人たちをまとめ上げ立派に果たされました」
「私の一番恥ずかしい失敗は?」
「6歳と8ヶ月。初対面のドーラセント様に怯えてお漏らしを。片付けは私と」
「それ以上はやめて」
「失礼しました」
「……私が初めて弱音を吐いたのは?」
「幼少のお嬢様のひどいぐずりは」
「ノーカウント」
「……でしたら12歳と11ヶ月、22日。夜半のことです。お嬢様は私を部屋へお呼びになり、ご自身の至らなさを嘆かれました。その3日前に開かれた夜会で、一部の令嬢が心無い言葉をぶつけられていたのを仲裁できなかったと」
「貴女はなんと?」
「お嬢様の責任ではございません、と」
「私は?」
「責任ではなく義務と立場の問題だと」
「貴女から見て、いまの私はその頃と変わっているかしら?」
「ご立派に成長なされました」
「身体つきが?」
「そちらは少々物足りないかと」
「お父様に減給をお願いしようかしら」
「失礼致しました。ですが私が申し上げたのはお嬢様の心根と振る舞いに関してです」
それまで私を見て話していたアニーが、初めてその視線をユベルに向けた。
「お心の高潔さは変わらないまま、その信念は強く、それでいて令嬢としての振る舞いはより柔軟になられました。理不尽を憎みながら清濁を併せ呑み、正義から外れた者たちにも救いと慈悲を以て接せられていらっしゃいます」
「褒め過ぎだわ。最後のは話半分に聞いて」
私もユベルに向き直ると、ようやく彼が口を開いた。
「……主従惚気を聞かせてなにを?」
「侍女というのは、誰よりも仕える主の変化に敏感ですわ。忠義だけではございません。自分の給金、それに依存する生活にまで関わることですから、知らずにはいられません」
それが恐れからであれ、忠誠心からであれ、侍女は主について知りうる限りを知り、考えうるすべての要望を予測し、その中から正解を選択し続けなければならない。それが出来なければ専属侍女など1年も続くまい。特に、クレアのようにわかりにくい子のお付きは。
一切の打ち合わせなく、私のほしい答えを寸分違わず返し続けてくれたアニーの手を、テーブルの下で握る。ぐっと握り返されて、私はもやついていた不安が消え去るのを感じた。
「殿下がご存知なのは令嬢として、殿下の婚約者として振る舞われる公のクレアでしょう。ですが彼女が知るのはクレアの私の部分、その全てです」
「乱暴な指摘だ。主観だけに依った視点から語られる証言を根拠として採用するのか?」
「主観に依るからこそ無視できないこともございます。殿下がお知りになりたいのは公ではなく私の彼女でしょう?」
そう、この場に集まった証言者たちはそれぞれに、クレアが公としては決して見せない顔を知っている。
友情と親愛を知る、私。
飾ることも隠すこともない素顔を知る、リム。
そして憎しみと敵意を浴びたマリー。
私がマリーにも視線を向けたのがわかったのだろう。ユベルは意外そうな様子でマリーを振り返ったが、彼女は小さく頷いただけでなにも言わない。
「私の証言は先程済ませましたわ。それを信じるか否か、お二人の話を聞いてから決めても遅くありませんわよね?」
「……そうだな。ぜひ、聞かせてほしい」
ユベルはそう言ってテーブルに身を乗り出した。
……私にできるのはこうして場を整えるところまで。あとは、二人の言葉がどれだけユベルの感情を揺さぶれるか、それに懸かっている。
――二人とも、信じているわよ。
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