ライバル令嬢、勢いづく
「リムちゃん?」
「は、はい、リムです」
思わず声を上げた私にリムちゃんは噛んだ舌が痛いのか口元をもごもごとさせながら頷いた。
「どうしたの? クレアからの用事、って訳じゃないでしょう?」
これまでリムちゃんと顔を合わせるときはクレアと一緒にいるときか、でなければ彼女が私に用事があってリムちゃんを使いに出した場合がほとんどだ。けれどいまの状態でクレアが、たとえリムちゃんを介してという形であっても私達にコンタクトしてくるとは思えない。
その想像は外れていなかったらしく、リムちゃんは「違います」と首を横に振った。
「お使いではなくてですね、その、あの……うー」
言い出せずにもぞもぞ身じろぎを繰り返しながらリムちゃんが唸る。何やら相当言いにくいことを言おうとしているらしい。向かいに座るマリー様の方を見ると、どうぞ、という仕草をされたので対応は任されたということでいいらしい。
「落ち着いて話して。大丈夫よ、私達なら別に何を言われても気にしないわ」
無いとは思うが仮にクレアから罵詈雑言の伝達役にされていたりしたら私達に気を遣って役目を果たせないのはあまりに不憫だ。そうでなくともリムちゃんの人となりは知っているので、おおよそ思いつく限り何を言われても怒ったり呆れたりするつもりはない。
それでも言いにくそうにしていたリムちゃんだったが、やがて覚悟を決めたのか私の表情を上目遣いに窺いながらおずおずと切り出した。
「……あ、あの、エルザベラ様は、お嬢様のことをお嫌いになられたんですか?」
「へ」
唐突な、しかも完全に予想外な方向からの攻撃に思わず口を半開きにしてしまう。アニーに「お嬢様」と嗜めるように呼ばれて慌てて口を閉じた。
「きっ、嫌いになんてなるわけないじゃない!」
絶対に誤解されるまいとリムちゃんに食らいつく勢いで否定すると若干身を引かれた。あれ? おかしいな聞かれたことに答えただけなのに。
「私がクレアを嫌いになるなんて家が滅びようが国が滅びようが大陸が沈もうが天地がひっくり返ろうが絶対にありえないって断言できるわよ! だってあのクレアよ? あんなに頑張り屋でさんでいじらしくて笑ったらこの世の至宝かってくらいに愛らしいクレアよ? 何をどうしたら私があの子を嫌いになんてなれるっていうのよ!」
「は、はははははい、そう、そうですね!」
「お嬢様、それくらいで。リメールさんが怯えています」
「あはは……エルザベラ様は本当にクレアラート様がお好きなんですね」
「これを笑って済ませられるマリーナ様は大物ですね」
怯えてるなんて失礼な、と思ったけど気づけばリムちゃんが最初の位置から半歩ほど下がってちょっと涙目だった。あ、あれ、ほんとに怖かった? いやそんな、怖がらせるつもりとかまったく無かったんだけどね?
「あーええと、ごめんね? とにかく、私はクレアのことは今も変わらず大好きよ」
自分の中にある「好き」が友情とは違う感情に起因していると自覚した今となっては前よりも更に好きになっているまである。まぁ、さすがにそれをこの場で宣言出来るほど私も図太くはないけれど。
……いやでも考えてみたらこの場にいる三人のうち二人は私の気持ちに気づいているのよね。マリーはそれを指摘した張本人だし、アニーには直接告げてこそいないもののあの晩のやり取りからこっち、完全に私の気持ちをわかっているとしか思えない発言や行動ばかりだし。いやでも、うん、やっぱり恥ずかしい。知られているからいいや、と開き直れるほど私のハートは強くなかったみたいだ。
「は、はい! お嬢さまへの気持ちはとっても伝わりました! たっぷり!」
ぶんぶんと首を縦に振るリムちゃん。
「……なんかリムちゃんから距離を感じるんだけど」
「自業自得ですねぇ」
「アニー!」
素知らぬ顔でお茶を傾け続けるアニーであった。
「それで、どうして急にそんなことを? クレアから確かめるように言われた訳じゃないのでしょう?」
「は、はい。お嬢さまからは何も言われてません。今のはその、私の個人的な質問といいますか……えっと、とにかくエルザベラ様はお嬢さまをお嫌いになられたわけじゃないんですよね?」
「ええ。それが心配だったの?」
まぁ、彼女はアニーと同じく私とクレアが仲良くしている様子をずっと身近に見ていたわけだし、私と違ってクレアは私をどう思っているかわからないし、このまま疎遠になってしまうのではと心配してくれたのかもしれない。
……うう、どう思っているかわからないのよね。つまり嫌われたかもしれないと。あ、だめ、また落ち込みそう。
「安心しました! お二人はまだちゃんと親友でいらっしゃるんですね!」
「……え?」
親友? 二人って、私と――。
「ちょ、ちょっとリムちゃん?」
「はい?」
「私はもちろんクレアのことは大好きよ? けどほら、あの、親友っていうのは一方通行じゃなれないっていうか、クレアも私のことを好きでいてくれないとダメじゃない? だからその、心配させちゃうかもしれないけれど、今の私達は親友とは」
「でも、お嬢さまが言ったんですよ、親友って」
「クレアが?」
「はい!」
……………………嘘をついているようには、見えない。
リムちゃんの屈託のない笑顔には先程の言葉通りの「お二人が仲良しで安心しましたー」とでも言いたげな安堵が浮かんでいる。ということは、つまり。
「――なかった」
「お嬢さま?」
「嫌われてなかった……よかったぁ……」
身体の中の空気が全部抜けていくような脱力感を覚えて座っている椅子に全体重を預けながら、私は思わず呟いていた。
安堵と脱力の波が過ぎ去れば、それらによって濁っていた頭の中がクリアになっていく。
クレアに嫌われたわけじゃない。それどころか彼女は、一方的に距離を置きながらそれでも私を親友と呼んでくれている。なら私も彼女の好意を信じたい。私の気持ちを信じて欲しい。そのためにできることを、しなければ。
「マリー様、私を殿下に会わせてくださいませんか?」
「もちろん私からお願いするのは構いませんけど……どうするおつもりですか?」
「クレアを助ける方法は、正直なところまだ何も思いついていないのですが……でもまずは、私達の立場をハッキリさせなくては、できる相談もできませんわ。これ以上、殿下と私が意地を張り合っても仕方ありませんものね」
わずかに考えるような間を置いて、マリーは「わかりました」と笑ってくれた。ありがたい、これでユベルと話す場はなんとかなるだろう。あとはなるべくその場でユベルのこちら側への理解を深めてもらい、可能なら味方につけなくてはならない。そのために必要なのは。
「リムちゃん」
「は、はい?」
突然立ち直って動き始めた私に戸惑っていたらしいリムちゃんが慌てて返事をする。私は椅子を離れ、彼女の前に立って。
「手を貸してほしいの、クレアのために」
「はい! なんでもします!」
気持ちのいい即答だった。私とリムちゃんの間に信頼関係がある、なんてことではなく、これはクレアを挟んでいるからこその返事だろう。私がクレアのために何でも出来るのと同じ、リムちゃんだってクレアのために何だって出来ると覚悟しているのだ。
そしてクレアが私を親友と認めてくれているから、リムちゃんは私に協力してくれる。
私とリムちゃんを結びつけたのは、クレアへの信頼と親愛だった。
さて。落ち込んでいた分の時間を取り戻さないと、よね。
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