ライバル令嬢、押し込める

「同じ……?」


「はい、同じです」


 首をかしげる私に、マリーは確信を乗せて頷く。


「私と貴女の何が同じだというのです?」


 ……少しだけクレアの気持ちがわかる。こんな風に自分は正しいと確信した言葉を想定外の角度からぶつけられるのは愉快とは言い難いものがあった。私の声にいくらかの苛立ちが滲んだことに気づいたマリーはわずかに表情を強張らせたが、それでも私から視線を外すこと無く続けた。


「殿下の婚約者だとわかっていても、クレアラート様のことがお好きなのでしょう?」


「……はい?」


「あ、あれ、違ってました?」


 私が意味不明を顔に出していると途端にマリーも自信なさげな顔になる。ちょっと、さっきまでの確信に満ち満ちた顔は何だったのよ。


「えっと、あの、エルザベラ様は、クレアラート様がお好きなのです、よね?」


「もちろんクレアのことは大好きですわ」


「ですからその、クレアラート様が殿下の婚約者であっても諦めたくないくらい、クレアラート様のことを慕ってらっしゃる、のですよね?」


「…………え」


 ぼんやりと、マリーの言葉と私の認識の齟齬に気付き始める。

 私はクレアの親友として、そして前世から彼女を知る者として、彼女を破滅の未来から救おうとしていた。それはもちろんクレアラートというキャラクターが大好きだったからだ。

 そうやってクレアと関わって、ゲームの中では見せなかったクレアの豊かな表情を見られることに喜びを覚えて、私の中でクレアはゲームのキャラクターから同じ世界を生きる友人になって。


 そして――。


「〜〜〜〜っ」


 熱い。ああもう、なにそれ、なによそれ。


 思わず顔を覆ってしゃがみこんだ。ちょっと無理、今は無理、マリーの顔を直視できない。情けないやら恥ずかしいやら、こんな恥をかく日がくるなんて想ってなかった。

 気づいてしまえばあまりに単純なことなのに、どうして気づかなかったのだろう。マリーに言われて気づくなんて、ああもう、これが一生の不覚ってやつなのね。


「あ、のー……」


「うぅ、ごめんなさい、ほんっとうに、ごめんなさい」


「えっと、ご自分で気づいてなかった、とか?」


 コクン、と頷くとマリーからも「それは、その、ごめんなさい」と謝られた。やめて、これ以上情けない気持ちにさせないで!


「でも、その様子だと外れじゃないんですよね?」


「ええ、うん、そうよ。私はクレアのことが――」


 ――好き。

 うん、自覚、しました、はい。


「それじゃ、あの、私の言いたいことも……」


「そうね、貴女の言う通りだわ。私たち、同じ穴の狢ってわけね」


 殿下を想うが故にクレアを蔑ろにするマリーと、クレアを想うが故に殿下を敵視する私。想いを向ける相手こそ違うが、私たちは確かに同類だった。


「つまり、私と貴女は敵同士ってわけね」


「え?」


 私の結論に、今度はマリーが困惑する。けれどそれは私にとって至極真っ当な結論だ。


「私はクレアの幸せを何より願っています。そのために殿下との婚約が重要であるのなら、私はそれを全力で守ります」


 クレアのことが好き。自覚して、顔が火照って、それでも私の答えは変わらない。私はクレアを破滅から救い、彼女が幸せな未来を生きるための手助けをするのだ。この世界での私というキャラクターの役割は、それ以上でも以下でもない。

 クレアを幸せにして、私も幸せになりたいなんて、そこまで欲張りにはなれない。だって私は、主人公ではないのだから。


「自分の気持に嘘を吐くことになっても、ですか?」


「嘘など必要ありません。私がクレアの幸せを願う気持ちに、偽りはございません」


「……エルザベラ様は、お強いのですね」


 私には出来ません、と囁くような声でこぼすマリー。まったく、主人公がそんなことでどうしますの。


「貴女は貴女で勝手になさい。想いを貫くというのなら、それもまた強さですもの」


「いいんですか?」


「私がやめろと言えば、貴女は殿下を諦めるのですか?」


「それは、無理です、けど」


「なら胸を張りなさいな。私は正しいんだと自信を持ちなさい。そうすれば貴女はきっと間違いません……私とは違うんですから」


「? すみません、何と」


「何でもありません」


 最後は聞かせるつもりのない言葉だ。わざわざ繰り返すものじゃない。


「時間を取らせて申し訳ありませんでした。これで失礼致しますわ」


 一礼して踵を返す。

 まだうるさい心臓を服越しに握るようにしながら呻く。


「……あー、これ、キツイなぁ」


 気付きたくなかった。どうせ諦めなければいけない気持ちなんて、そんなもの知らないままの方が、ずっと幸せだった。


「クレア」


 名前を呼ぶだけで体温が上がる。ばかみたい。頭が茹だってるとしか思えない。そしてその熱に反比例するように思考は冴えていく。完璧令嬢らしい冷静さが今はありがたい。

 マリーに告げた言葉に嘘はない。私はクレアのためにいる。彼女の幸せのために私が不要なら、それなら私は。

 想いを自覚してしまった今となっては、衝動的な愛情表現を抑えられる気がしない。自覚する前でさえあんな調子だったのに、今はその衝動がどんな感情に由来するかに気づいてしまった。


「こんな気持ちで、クレアの隣になんて……」


 蓋をしよう、キツく、二度と開かないように。この気持に蓋を。衝動に蓋を。それができるまでは、クレアと距離を置こう。大丈夫、彼女にはミリーもリムちゃんもいる。私は私にできることをする。何も問題ない。


「問題、ないわ」


 震える唇で、決意を言葉にする。

 やることは変わらない。クレアとマリーの主張は聞いた。あとはもうひとりの当事者に話を聞いて、説得すればいい。彼ならわかってくれるはずだ。


 ユベルクル・ヴァンクリード。あの男と、話さなくては。

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