次なる一手

「デート?」


「おう、そういうのも必要なんじゃないかと思うぞ」


 事の発端はドールスとのそんなやり取りだった。そして。


「デート?」


「ええ、そういうのも必要なんじゃないかと思って」


 お弁当作戦決行の数日後。いつものように向かいあって座る昼食の席で、私と同じ怪訝そうな反応を返すクレアに、ドールスの言葉を丸々そのまま投げ返していた。


「必要ありませんわ」


 でもすぐ断られた。


「どうしてよ、お弁当は喜んでもらえたんでしょう?」


「喜んだのかはわかりませんわ。味は気に入っていたようですけれど」


「それを喜んだって言うんだって」


 とことん殿下の反応に関心が無さそうなクレアに苦笑する。

 お弁当作戦成功の報告は、翌日にクレア本人から聞いていた。つつがなく終えたようで何より、なのだけどそれでハイ終わりでは少々物足りない。こういのはある程度は継続が重要だ。

 ずっと続けていく、とまでは行かなくとも、思い出と呼べるようなものがいくつかあった方が、その後の関係性にも良いだろう。この間ドールスと話した折、その件を相談したところ「デート」という返答が返ってきたのだ。


「良い印象は多い方がいいじゃない?」


「そもそも、デートしたから良い印象が与えられるとは限らないのではありませんこと?」


「そりゃまぁ、上手くいくとは限らないかもしれないけれど、やらないよりは」


「やらない方がいいこともありますわ」


「……まぁ」


 どことなく頑ななクレアの物言いにこちらも強く言いにくい。まぁ確かに、上手くいかないことも十分考えられる。クレアと殿下では、特に。

 けれど私個人としては失敗してもいい、とも思っている。例えデートが楽しいものでなかったとしても、ユベルクルという人間はそれでクレアを「つまらない人間」と切り捨てるような人物ではないはずだ。

 むしろ、クレアが歩み寄りの姿勢を見せるなら精一杯応えようとするだろう。誰にも平等で、そういう意味では気が多い人間だが誠意に誠意で返すことくらいは知っているはずだ。


 ただ、それをどう伝えたら良いのかわからない。

 失敗してもいい、なんていうのはクレアには最も理解しがたい概念じゃないかと思う。常に毅然と、凛と、力強く。間違っても弱っている姿や、出来ない姿を見せることは出来ない。それがクレアの信条だ。

 それは取りも直さず、失敗を許さないというクレアへの、クレア自身の戒めだ。

 どうすれば覆せるものか、正直わからなかった。


「どうしても嫌?」


「嫌というか、そんなことをする意味がわかりません。無駄なことをするつもりはありませんの」


「無駄ではない、と思うのだけど」


「無駄ですわよ……あんなもの、もう十分ですわ」


「……?」


 なんだか、いつもと違う否定を感じた。無意味、という言葉通りの否定ではなく、拒否とか拒絶とか、そういうニュアンス。意味がないから、無駄だからと言いながら、クレアのそれはどこか、何かを恐れている、ような。


「――なにかあった?」


「何も」


 にっこり、と微笑むクレアを見返す。

 その表情に「ああ、何かあったのね」と直感したけれど、それが何かまで探り当てられるわけじゃない。

 事情を聞くべきか僅かに迷って、けれどすぐにその疑問を押し込めた。

 他ならぬ私が望んだことだ。クレアには自分で選んでほしいと。

 クラスが別れたのと同じように、私の手が届かない場面はこれからいくらでも出てくる。その時に、訪れた選択肢を選ぶのは私じゃない。悩むことも必要だ。


 だけどクレアに任せて放置、という選択も私には出来ない。具体的な日時まではわからなくても断罪へのカウントダウンは始まっている。現状はまだ、回避できたとは言い難い。迷いながらでも、行動してもらわなくちゃいけない。

 と、なれば。


「まさかクレア、デートが怖いの?」


 フフ、と口端を釣り上げて不敵に笑ってみせると、クレアの眉がぴくりと動いた。


「誰に向かって言っているのか、おわかりかしら?」


「もちろん。だからまさか、って言ったのよ」


「…………」


 クレアがうんざりした顔で私を見る。そんな顔も可愛いわね、と言ったら慌てて視線を逸らされた。またそうやって、とか、何考えてますの、とかぶつぶつ言っていたけど、まぁうん、大体いつもそんなこと考えてます、とは言わなかった。


「安い挑発ですわね」


「そうよねー……」


「ですが、いいですわよ。その挑発に乗って差し上げます」


「え?」


 思わずぱちくりと見返すと、なぜか喧嘩を売るように私を睨むクレアがいた。


「貴女にナメられるのは、我慢なりませんの」


「……えーと、私、何かしたかしら?」


「ええ、いろいろと」


 そう言って今度は笑う。何を指してそう言っているのかまではわかりかねるけれど、笑っているということは少なくとも悪いことでは無さそうだった。ひと安心、してもいいのかな。


「上手く行かなくても、文句は受け付けませんけれどね」


「あら、始める前から随分と弱気ね」


「もちろんやると決めたからには失敗するつもりはありませんわよ」


「ん、いつものクレアね」


「私はいつだって私ですわ」


「……ええ、そうね」


 本当に、そうなってほしい。そう思った。



* * *



「付き添いって……ユベルお前それ、本気で言ってる?」


「ああ」


 すんなりと頷く友人に思わず頭を抱えた。

 こいつには言っていないが、実質的に煽ったのは俺なのだし、協力が必要ならやぶさかではないのだが、それがまさか。


「デートに付き添ってくれって、さすがに冗談だと思うだろ」


「なぜだ?」


 キョトンとすなキョトンと。


「出かけるのに供は必要だろう? お前がいてくれると何かとアドバイスが貰えると思ったのだが」


「あーなるほど、おっけ、理解した」


 そして頭痛がした。


「あのな」


「うむ?」


「お前はご立派な王子さまだから、出かけるときにも護衛やらお供やらがいつもごっそりくっついてるだろうがな」


「うむ」


 うむじゃねーよ。


「デートってのは本来、二人きりでするもんなんだよ」


「そうなのか?」


 心底驚いたような顔をする。こいつ、本当に団体行動するつもりだったのか。エルザの話じゃクレアラート嬢はユベルに惚れている訳じゃないらしいが、それでもさすがに同情する。こんなのが婚約者じゃ、そりゃ苦労もするだろう。


「ま、ダブルデートって形も無くはないが」


「なんだそれは」


 貴族同士では滅多に、と続ける前に興味津々の顔で聞かれた。俺も庶民事情に詳しい下級貴族仲間の内輪で聞きかじっただけの内容を説明する。曰く、二組のカップルが一緒に行動するデートらしい。場合によっては別行動も取るが、基本は四人一緒に行動することで二人きりで予期せぬ気まずさが訪れないように予防線を張るような行為だとか。


「それは良いな、実に」


「……おい、まさか」


「ダブルデートをしよう。付き合ってくれるな、ドールス」


「絶対に嫌だ」


「なぜだ」


「第一に俺には相手がいない。第二に、お前の補佐は面倒くさい」


「ハッキリ言うではないか」


 くくっ、とユベルは小さく笑う。人前でなかなか笑わない奴だが、意識して笑顔を作るのが嫌いなこいつが時折こうして笑うのを見ると、こいつも王子である前に人間なんだなと安心する。

 時々、こいつが王子という機構で組み上げられた、温度のない何かに見えるから。


「だが相手ならいるだろう? 好いている女がいると、いつも声高に言っているではないか」


「フラれ続けてるってのも言ってるだろ、抉るな」


「ダブルデートとやらは口実にならんのか?」


「ならない」


「そうか」


 むむぅ、と眉間にしわを寄せるユベルを見てため息をつく。

 アニーを貴族のデートに誘うなんて、言語道断だろう。彼女はそんなものに何の価値も感じていない。ユベルには協力してやりたいが、アニー以外でその場限りの代役を立てるのもできればしたくない。どんな形であれ、アニーに気が多いように誤解される危険は冒したくなかった。


「まぁ、ダブルデートという口実でお互いに友人をつける、なんてのも聞いたことはあるが」


「友人を?」


「よほどのお人好しがいればな。自分の恋人でもない相手と一緒に、友人の恋路を手伝うなんて物好きかお人好しのすることで――」


「それは良いな、良い」


「……さっきも聞いたぞそれ」


 既視感と共に嫌な予感を覚えて睨むと、ユベルは名案だという顔で爆弾を投下した。


「エルザベラ嬢に、協力を煽げないだろうか」


 厚顔、というのはこれのことか、と思わないではなかった。エルザにはさんざん説教されているはずだが、ユベルに堪えた様子はない。マリーナ嬢とも変わらずに会っているようだし、説教が効いている様子は正直ないと思っていた。

 一方でエルザに興味のあるような振る舞いも見せてはいるが……こいつに限って惚れた腫れたなんて話にはならんだろうしな。


「クレアを最も理解しているのは、おそらく彼女だろう」


「……なんでその察しの良さを、自分の婚約者に発揮できないんだろうな」


「…………」


 目を逸らされた。

 まぁ、感情を抜きにすれば多分、間違った人選ではないのだろう。ユベルの言う通り、クレアラート嬢のデートを手伝える人間として最適なのはエルザだ。クレアラート嬢を理解しているだけでなく、あの高慢な令嬢に意見して、行動に移させるのはあいつくらいのものだろう。

 ダブルデートの相手役が俺というのも、適任といえる組み合わせだ。幼馴染であることも周知されているから、誰かに見られても言い訳の必要がないし、俺とエルザならサポートだって連携が取りやすい。

 間違っていないどころか、最適な人選だが。


「……聞くだけ聞いておいてやる」


「ああ、期待している」


 正直、実利を捨てて感情を取るのは性に合わない。二人の友人のためというなら、尚更だ。ユベルの厚顔さをきっとエルザは気に留めない。どうせ「クレアのデートが成功するなら」と二つ返事だろう。

 エルザは頷くだろうという諦めを含めた面倒ごとの気配に、もう一度ため息を付いた。

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