if : 交際1週間

※1章完結記念の番外編です。本編との繋がりはありません。キャラ崩壊にご注意ください。おk?



* * *



「えへへへー」


「…………」


「クレアー」


「……………………なんですの」


「呼んでみただけー」


「……はぁ」


 やりにくい、と率直にそう思うクレアであった。

 これがどちらかの家か、せめて馬車の中のような、ある程度のプライベートが保証される空間ならば良かった。場所が違えば、などと考えている時点でクレアも相当なものだが、本人は至って真面目である。


 ともかく、そういう「閉じた場」であるならば、クレアだってある程度、恋人として振る舞う覚悟は出来ていたし、そうしたい欲求だって持っていた。甘えたいし、甘えられたい。双方向にぶつかり合う欲求だが、パートナーが受け入れてくれるなら容易いことでもある。

 どちらかの私室か、せめて屋敷の中であれば、受け入れるのもやぶさかではないのだが。


「エルザ、ここは講義室でしてよ」


「うん、そうだよ?」


 何言ってんの? みたいな顔で見られてクレアの額に青筋が浮かぶ。しかしそこはエルトファンベリア公爵家長女クレアラート、青筋が浮かんでいる意外は完璧な令嬢スマイルで恋人に向き直る。


「エルザ、離れて」


「嫌です」


 嫌です、と言いながらあまりに良い笑顔なので、クレアは慌てて視線を逸らした。直視したら最後、その笑顔に脳と心臓をヤラれて受け入れてしまうのをこの1週間で学んでいた。失敗は繰り返さないのがエルトファンベリアである。


「惚れた弱み、というやつなのでしょうか……」


「なぁにクレア?」


「なんでもありませんわ! せめて前を見なさい前を。講義中ですわよ」


「クレアを見てる方がいいわ」


「い い か ら ま え を む け」


 その頭を掴んで強引に正面に向き直らせるときゃっきゃと嬉しそうに笑う。子供か、と思ったけど口には出さないクレアだった。何を言っても喜ばれる気がしたのだ。

 まったく、あの凛々しかった完璧令嬢はどこにいったのかしらね、とかつては大嫌いだった彼女の姿を幻視する。……今となってはあの凛々しさまで愛しく思えてしまって気が滅入った。

 エルザも私をだが、私もエルザをだな、とクレアは内心でひとりごちる。

 ーー好きすぎるなぁ、と実感していた。



* * *



 とはいえ、今日のクレアにはやらなくてはいけないことがある。そのためには二人きりになることが肝要だった。

 エルザと付き合い始めてから、どうも彼女は二人の関係を周囲に見せつけたがっている節があるのだが、別段クレアの側はそうしたいと思っているわけではない。だって恥ずかしいでしょう、と言ったら案の定「かわいいー!」とエルザにもみくちゃにされたことは言うまでもない。


 しかし、今日はそういう訳にはいかないのである。

 講義終了後の喧騒の中、一人拳を握り決意を固めるクレアであった。


「どうしたの? ガッツポーズ?」


「なんですかその胡乱な用語は。というか、どうしてまだ私を見ているんですか!」


「私はいつでもクレアを見てるよ?」


「怖い!」


 なにが怖いって全く冗談に聞こえないところだった。ちなみに、見られる事自体は嫌ではないのか、怖いと言いながらクレアはちょっと赤くなっていた。


「こ、コホン。それはそうと、エルザ? この後予定はありまして?」


「あるよ」


「え」


 クレア、固まる。

 それも無理からぬこと、というか、この一週間というものエルザは四六時中クレアにべったりで、放課後もずっと行動をともにしているのだ。教室で雑談に興じたり街へ出てお茶をすることもあったが、エルザはずっとクレアの行くところについて来たし、ちょっとした用事くらいなら迷わずクレアを優先していた。

 そんな恋人の振る舞いにちょっとした優越感を覚えたりもしていたクレアなので、今日に限ってエルザに用事がある可能性などまるで考慮していなかった。


「そ、そうですのね。では、またの機会に」


「クレアと一緒にいるっていう予定が、この先ずっと詰まってる」


「……エルザ!」


「なんで怒るの!?」


 落ち込み損だった。しかし、やはりちょっと赤くなるクレアだった。



* * *



 さておき、本日の目的である。


 中庭の一角に足を運んだ二人は、都合よく侍女たちも他の学生もいないことを確かめてテラスのように一段高い場所のテーブルに陣取った。昼時にはここで食事をする学生もいるため日除けも設置されていて、なかなかの居心地だった。

 なかなかの居心地、なのだが。


「んふふふ」


「あの」


「ふふ、ふ、えへへー」


「エルザ」


「へへー、すぅーーー」


「嗅ぐな」


「ぁいたっ!」


 ぺしっと頭をはたかれてエルザは不満げに唇を尖らせながら少し身を引いた。


「いい匂いなのに」


「そういう問題じゃありませんわ、人気がないとはいえ学院ですのよ。誰に見られるかわかりませんわ」


「見られなきゃいいの?」


「…………エルザが、したいなら」


「クレア!」がばっ


「だーかーらー!」


 キリがないので無理やりエルザを椅子に押し戻すと、今度は大人しく収まった。ただし、スキあらば抱きつこうと手をわきわきさせている。


「今日はお話がありますの」


「話?」


 はて、と首を傾げたエルザがサァッと青ざめる。


「わ、別れ話……?」


「どうして貴女はそう発想が極端なのでしょうね……言うまでもありませんが違いましてよ。その、どちらかといえば、逆ですわ」


「逆って……誰か好きな人ができたから付き合うとか」


「それは同じじゃありませんの! ああもう!」


 恥ずかしがっている間に際限なく落ち込みそうなエルザを見かねて、クレアは隠し持っていた手のひら大の包みを叩きつけるように押し付けた。


「……手切れ金?」


「怒りますわよ!」


 クレアがフーッと威嚇するとさすがのエルザもネガティブな用件ではないと納得したらしく、ようやっと手元の小箱に意識を向けたようだった。


「くれるの?」


「でなければ何だというのですか」


 当たり前のことを聞かないでくださいな、と呆れた息を吐くクレアの耳は相変わらず赤い。

 青い包装紙と赤いリボンで巻かれたそれをエルザは丁寧に開封する。中からはシンプルな黒い小箱が現れた。そしてさらにその中から現れたのは……。


「指輪?」


 青い石があしらわれたシンプルな指輪だった。クレアが選んだにしては派手さがなく、どちらかといえばエルザが好んで身につけるような装飾の少ないデザインだった。


「これ、私に?」


「ま、まぁその……ついでですわ! 自分の指輪を探していた時に目についたものでしたから、たまには恋人に贈り物くらいしてもいいかと、その、そんなことを、思ったもので……」


 段々と声が小さくなり、顔が俯いて上目遣いになっていく。迷惑だったらどうしようと、実はそんな心配に押しつぶされそうなクレアである。

 もちろん、一週間べったり彼女にくっついていたような相手がそれを迷惑に思うはずもなく。


「あの、つけていいかしら?」


「え、ええ。それはもう貴女のもの、好きになさればよろしいのですわ」


「ありがとうございます」


 指輪と、そして恋人への贈り物という温かな気遣いへの感謝を込めて、エルザはそっと指輪を左手の薬指にはめた。

 この世界にエンゲージリングやマリッジリングという文化はないのだが、それを指摘する者もいない。少なくともエルザにとっては、その場所がこの指輪に相応しかった。それだけのことだった。


「クレアの色、だね」


「……私が貴女のそばにいない時も、私の心は貴女のそばに。その指輪にありますわ」


「それ……うん、嬉しい」


 いつかのエルザの言葉をなぞって、赤くなって目をそらしながらもクレアは言い切った。

 視線を逸らしていなければ、同じように赤くなりながらも花が咲くように艶やかに笑うエルザを見逃さずに済んだのだが、それもまたクレアらしい後悔なのだろう。

 あるいは後悔も、惜しむ必要もないのかもしれない。

 なぜならクレアには、これから何度だって、その笑顔に対面する機会はあるのだから。


 青い制服の胸元に赤い煌めき。

 赤い制服の指先に青い煌めき。


 互いを結ぶ印が、一つ増えた日の出来事だった。

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