「本気なのでしょうね、どうやら貴女はそういう方みたいですもの」


 いつだって駆けつける。私の口から出た言葉を、クレア様はそう言って受け止めてくれた。


「……でしたら私も、本気でお応えしなくてはなりませんね」


「クレア様?」


「リム、あれを」


「はい!」


 てててっと屋敷の方へ駆けていったリムちゃんはすぐに戻ってきた。その手には見覚えのある首飾りが乗っている。

 あのお茶会で、私がクレア様に贈ったものだ。


「それ――」


「お渡しして」


「はい」


 ……お渡し?


「エルザベラ様、どうぞお手にとってください」


 そう言ってリムちゃんは首飾りを私に差し出した。え? あれ? ちょっと待って、おかしくないかしら! ねぇ!

 だってクレア様は言っていた。あのお茶会でこれを渡した時、今は預かっておくだけで期限を迎えたその時に、私がクレア様の友人に相応しいと認められたなら改めて受け取ると。

 結局特別なことなんて出来なかったかもしれないけど、それでもクレア様は私に笑いかけてくれて、特別だと言ってくれたのに……。


「……ぐすっ」


「エルザ様?」


「わ、私では、ダメなのですね」


「はい?」


 ダメだ、首をかしげるクレア様の顔が滲んでよく見えない。せめて最後まで、彼女を慕う令嬢の一人として毅然とした態度を貫きたいのに、目尻に溜まっていく涙が溢れないようにするので精一杯で、喉が引きつって声が震えるのを抑えられない。


「そういう、ことでしょう? 私は、クレア様の友人に相応しくないと……だから、これを私に」


 首飾りを返すというのはそういうことだ。認めたならば受け取ると言ったクレア様が、受け取ってくれないのなら、その返事はこれ以上ないほどに明確だ。


「はぁ、まったく。鋭いかと思えばこれですわ」


 わざとらしいため息まで。ああ、これは本当に愛想を尽かされてしまったのかも……。


「いいから! とにかくそれを持ってこちらへいらっしゃい」


 ピシャリとそう言われて、私はおずおずとリムちゃんの手から首飾りを受け取り、机を回り込んでクレア様の横に立つ。

 な、なんだろう、改めてコレを投げつけられてここから追い出されるのかしら。ちょっとそれは1週間ほど涙に暮れると断言できるから遠慮したい。


「あの、クレアさ――」


「ところで、エルザ様。今日の私は、いつもと装いが違いますわよね?」


 ほ?

 突然の話題転換に一瞬ショックも忘れてぽかんとしてしまう。


「違いますわよね?」


「え、ええ。その赤もよくお似合いですわ」


 訳もわからずに頷く。似合っているのは事実だからその点に自信を持つのは一向に構わないけれど、それをこの流れで口にすることにどんな意味があるのか、皆目見当がつかない。とりあえず、首飾りを突き返して私を追い返すつもりではないみたいだけど。


「私もたまにはこうして衣装替えするのも良いと思ったのですけど、あいにく服に似合いの宝飾品の類を持ち合わせていませんの」


「はぁ……」


 クレア様が赤で統一したコーディネートで人前に立つことなんて無かっただろうし、今日の装いに合う装飾が無いというのもありえない話ではない。ないけれど、普通はこういうの、服を新調する時に一揃いまとめて買うものではないかしら。

 前世のしがない女子高生だった私にしてみれば贅沢すぎる話だけれど、令嬢が服を一着新調するということは、それを着て人前に立つための一式全てを揃えるということだ。だからクレア様が赤いドレスを持っているということは、それに似合う装飾も一緒に買い揃えていると考えるのが自然なのだけど。


「っ、で、ですから、エルザ様? 私の今日の装いに似合いの宝飾など、心当たりはありませんの?」


「クレア様にお似合いの宝飾、ですか。ええと、では我が家が懇意にしている商人を幾人かご紹介できますが」


「そうじゃないでしょう!」


「ひゃっ」


 ガタンっとクレア様が勢いよく立ち上がり、私は思わず後ずさった。ええ違うの? クレア様が何を要求してるのか全然わからないのだけど!


「……もういいですわ、いつも直球の貴女に遠回しな言い方をした私が悪いのですわね」


「いえ、クレア様のお気持ちを察せられないのは私の力不足です」


「構いませんわ。私も柄にもなく弱気でしたわね……これは、私から言わなければいけないと決めていたはずですのに」


 後半は自分に向けた言葉のような小さな呟きだった。その言葉がきっかけだったのかはわからないけれど、クレア様は少し私を見つめてから、スッと目を閉じて少し顔をうつむかせた。そして。


「その首飾りを贈ってくれたあの日と同じ気持ちを、今も貴女が持っていてくださるなら――貴女の手で、私の首にかけてくださいな」


 少しだけ震える声で、そう言った。


「それは、つまり」


「…………」


 問い返そうとする私に、クレア様はそれ以上何も答えない。二度は言わない、と目を閉じたその表情が語っていた。


「……いいのですか、クレア様。そんなの、私、都合の良いように解釈してしまいますよ」


「…………」


「私だけじゃなく、クレア様も私を認めて、求めてくださっているんだって、そんな風に、自惚れてしまいますよ」


「…………」


「それでも、いいんですよね?」


 返事はない。クレア様は目を閉じたまま、じっと動かない。

 それを私は、都合よく受け取ることにした。


「いきます、よ」


「っ」


 わずかに、クレア様の身体が強張った。それでも、クレア様は顔をあげず、何も言わない。だから私も、それ以上何も言えなかった。

 チャリ、と首飾りが私の手の中で小さく音を立てる。私の手も震えていた。

 震える手で小さな留め具を外し、そっとクレア様の首元に腕を回す。


「っ、ぅ」


 かすかに腕に触れたクレア様の首筋が熱い。声を漏らしたのが私だったのかクレア様なのかわからない。首元に抱きつくような姿勢はクレア様の匂いが強すぎてクラクラした。

 必要以上に身体に力が入って閉じてしまった目を開けると目の前にクレア様の青い瞳があった。

 いつだったかその瞳を吸い込まれそうと形容したけれど、それが単なる比喩ではないことを今ハッキリと感じる。なんで二人共目を開けちゃったのよ、なんて考える余裕もなくて、真っ白になった頭が身体の制御を放棄する。


 その瞳に吸い込まれる私と、クレア様の距離がゆっくりと近づく。どちらが近づいているのか、なんてことは些細な問題で、目を合わせていたクレア様がそっと目を閉じるから、私も合わせるように目を閉じて。

 暗闇の中、早鐘のように鳴る心臓の音と、二人の浅い呼吸だけが大きく聞こえる。このまま二人の呼吸が重なる、そんな予感がした。


 ――カチッ。


 音を立てて留め具が嵌った瞬間、私達は弾かれたようにお互い飛び退いた。

 うわ、うわー! なに、いまの。危なかった。何がどう危なかったのか全然わからないけどとにかく危なかった!


「っ、お、遅いですわ。首飾り一つつけるのにどれだけ時間をかければ気が済むのかしら!」


「すみません!」


 何かを誤魔化すように早口で罵倒するクレア様に、私も何かから必死に意識を逸らして謝る。別に、なんでもない。何もなかったんだから、なんでもないんだ、うん。だから落ち着きなさい私!


「コホン! と、とにかく、これで貴女は私の友人です。よろしいですわね、


「! ――ええ、もちろんよクレア」


 気恥ずかしさを覚えながら、私達は微笑み合う。クレアの胸元に煌めく赤が、一際明るく光ったような気がした。



* * *



「……わー、わー」


「リメールさん、あなた指の間から見ていますでしょう」


「そう言うアニエスさんはガン見じゃないですか!」


「コソコソする必要などありません。私達のことを忘れて浸りきっているお二人が悪いのですから」


 ……もちろん、侍女たちは全部見ていた。

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