お茶会、再び

 友好を結ぶ努力。


 貴族同士で最もわかりやすいのは贈答品のやり取り。相手に歩み寄る意思を伝え、贈り物をすることで敬意と親愛の担保代わりとする。うん、ちょっと生々しいわね。でも貴族同士の付き合いってそんな感じなのだもの。


 あるいは前世の私の、いわゆるジョシコーセー的な価値観に則れば、友好とは「私達ズッ友だョ」みたいなアレで……いやごめんさすがに私そういうタイプじゃなかったっていうか、もっと大人しいグループだったのよ。まぁでも、趣味の話でも共通の知人の話でも、なんなら恋の話でも、何かを共有して、共感できればそれはきっと友情と呼べるのだと思う。


 でもって。


 クレアたんと私は公、侯爵家の子女。そのお付き合いは貴族的であるのが正しい形のはず。当主同士の付き合いというわけでは無いから仰々しい贈り物はさすがにナシだけれど、関係の改善を望む、その意思を物理的に伝えるのは悪いことではないと思う。

 けれどそういう「配慮を重ねた」付き合いでは、私が彼女に望むことが叶う可能性は低そうなのよね。どちらかというと貴族としての友好関係よりもジョシコーセー的な対等の付き合いを欲してるっていう方が本音だし。

 それで結局「それなら両方すればいいじゃない?」ってところに落ち着いたわけよ。


 ドールスから「そもそもなんの行動も起こさずにはじめから難しく考え過ぎだ」と指摘を受けた私は「確かに! じゃあ早速!」と、すぐに次の機会に向けて準備をすることにした。

 次の機会、とは直近に控えた再度のお茶会。同世代の令嬢だけを集めて開かれるエルトファンベリア邸でのお茶会、その第二回目のことだ。

 ということで取り急ぎ用意したのは贈り物の方。ゆくゆくは深ぁい仲にまで進展する予定でも、今の私とクレアたんはあくまで個人的な付き合いの無い令嬢どうし、というかむしろ険悪と言ってもいい関係で、おまけに貴族としては向こうが格上。まずはこちらが誠意を見せなければ、友好の誘いなんて一蹴されるのが容易に想像できた。


「貴女とお話? ……申し訳ありませんけれど、庶民なんかにもお優しい、貴族たる自覚に欠けた貴女と話すことなどございませんわ」


 うーん、言ってやったわ、みたいな笑顔とセットでハッキリ思い描けちゃった。というかこれってアレだわ、ゲームのクレアルートもとい第一王子ルートで、初期のクレアたんからの嫌がらせの一幕じゃない。やけにハッキリと思い浮かんだのもセリフとスチルそのままだったからなのね。ゲームではデフォルメされたSDイラストだったけど。ちなみに「貴族たる自覚」ってとこだけは違ってるわね、ゲームの主人公、マリーナは一応王族だもの。


「そもそも、なのですわ。立ち居振る舞い、礼儀作法、言葉遣いその他、一つ一つについて言っている訳では無いのです」


 懐かしさと新鮮味が同居する記憶を掘り当てていると、少し離れたテーブルからそんな声が聞こえてきた。


 落ち着いた口調で、一言一言をことさらにハッキリと、周囲に聞こえるくらいに気持ち大きめの声量で。

 うーん、今日もクレアたんは絶好調ね。

 今までであれば「また始まった」と額を押さえたであろうクレアたんのマリーいびりも、今の私には今日もクレアたんが元気で何よりだわと微笑ましい気持ちになる一幕である。


 ここが何処かといえば、もちろんエルトファンベリア邸でのお茶会である。前回からわずか十日ほどしか経っておらず、普通であればこんな頻度で茶会を催すなどいかにお祭り好きな人間でも自重するところだ。

 しかし主催者であるクレアたんにも言い分はある。

 曰く、学院で共に学ぶ仲間を知る機会はいくらあっても多いということはございません、だそうだ。

 実際、貴族ばかりが通う王立学院というのは、前世で私がのほほんと通っていた中学や高校とは訳が違う。ついでに言うなら、クレアたんの言う「仲間を知る」というのが、単純に親しくなるという意味であるはずもない。


 要するに、自らと周囲のレベルを知れ、とクレアたんは言いたいのだと思う。

 学院へは家の位に関わらず貴族の子息ならほぼ全員が通う。それこそドールスのように領地が王都から遠くとも卒業までは王都の邸宅に滞在したり、在学期間中だけ学院の寮に入ったりする者もいるわけで、全員が王都育ちの王都暮らしなんてことはない。

 違った環境で育っていれば常識や教育のレベルだって一律とはいかないのは自明のこと。

 だから自らがいま令嬢としてどの程度「出来て」いるのか、そして周囲の同世代の令嬢がどれだけ「出来る」のか。それを己の目で確かめてみなさい、と要するにそんなようなことをクレアたんは言っているのである。実にスパルタだわ。


 けど、やり方がかなり乱暴とはいえ言ってること自体は決しておかしなことじゃないのよね。ただし、あの言い方でクレアたんの真意まできちんと読み解ける令嬢がこの場に何人いるのかと聞かれれば苦笑いせざるを得ないのだけど。

 ……というか真意というならむしろそれさえ建前で、マリーをいじめる口実が欲しいだけというのが一番素直な真意な気もする。


 やだ、私のヒロイン、性格悪すぎ?


 声の聞こえた方に目をやると、予想通りマリーは先日の焼き直しのごとく涙目でぷるぷる小刻みに震えながらクレアたんの一言ずつにぺこぺこ頭を下げている。

 うーんゲームでは主人公の描写は少なかったけど、客観視するとあんな感じだったのかしら。もう少し図太いタイプだと思っていたのに。いえ、ルートによっても性格はかなり変わるから、あくまでこの世界のマリーがあんな感じ、ってだけなのかしら。ま、いずれにせよ王族の威厳なんて皆無よね。


「一つ一つ、ではなく。それらいずれもなっていない貴女の、お城での努力が本物であるのかと聞いているのですわ」


「うぅ、ごめんなさい、頑張っては、いるのですけど」


「この上さらに嘘までつくおつもりですの? 努力しているというのなら、今日この場で言葉遣いくらいは直っていて然るべきではなくて? 前回から本日まで、十日も時間があったはずですが?」


「も、申し訳ござ、ございま、せん」


 マリーが慌ててたどたどしい言葉遣いで言い直す。一応、学んでいる、というのは本当のようだ。知らないのではなく身についていない、といったところかしらね。


 まぁ、ね。正直マリーの苦労にだって同情しない訳じゃない。というか、周囲の大多数がマリーを可哀想に思って、心情的に味方になるのはなにも彼女の可憐な容姿や小動物的な所作だけが理由ではない。

 つい一ヶ月ほど前まで当たり前にように庶民の、それもどちらかといえば貧しい方の暮らしをしていたのにあれよあれよと王族の仲間入り。そんな突貫工事されたばかりの彼女が、王女として完璧に振る舞うなんて無茶もいいところだし、一から学んでいるマナーや教養はともかく、言葉遣いなんかはついつい慣れたものになってしまっても仕方ない。


 でも、クレアたんは許さないだろうなぁ、とも思うのよ。

 だってきっと彼女なら、マリーと同じ立場に立たされても出来てしまうだろう。振る舞いと言葉遣いくらい、彼女は死ぬ気で習得してしまうに違いない。

 前世の、というかゲームの記憶を取り戻した私は勝手にそう確信していた。


 でもなぁ……実際のところクレアたんも彼女の周囲も、双方向に勘違いしているのよね。


 クレアたんは「自分に出来ることを他人にも求める」タイプだ。でもそれは「こんな簡単なこと出来て当然でしょ?」っていうのとは少し違う。

 死ぬ気で努力すればできることが、死ぬ気で努力しないから出来ないのは当然で、なぜもっと努力しないのかわからない。そういうタイプ。極限まで努力することが、彼女にとっては当たり前なのよね。だから、努力してもできない、っていう普通なら誰もがぶつかる限界の壁が理解できない。


 一方のマリーやその他大勢は、そもそもクレアたんがそんな風に努力の人だなんて知らないわけで。だから「才能に恵まれた人間が、努力しても自分に届かない他人を貶めている」んだって勘違いする。


 そしてどちらもそれを口には出さないのだから伝わる訳もない。まぁ、クレアたんの口ぶりがことさらに攻撃的だから反感をもたれる、というのは自業自得なのだけど。


 さて、そろそろ止めないと今度こそマリーが泣かされちゃうわね。


 私は前回のお茶会でそうしたように、同じテーブルに着いていた令嬢たちに軽く断りを入れるといそいそと二人に歩み寄った。前回と違うのはスキップしたいくらいの高揚感を隠して静々と歩くのに集中しなくちゃいけなかったことくらい。あら? だいぶ浮ついてるかしら、私。


「クレアラート様」


 声をかけると罵声がピタリと止まり、クレアたんが嫌そうに振り返る。ここまで同じだとなんだかループしてるみたいな気さえするわ。


「エルザベラ様」


 さすが、クレアたんは前回の失態を繰り返すようなことはせず、きちんと私を敬称付きで呼んだ。うんうん、やればできるのがクレアたんだよね。


「なにか御用ですの? 随分と、その、嬉しそうにしてらっしゃいますけど」


 おっといけない。さっきまでの意地っ張りな娘を見守るような微笑ましい気持ちが顔に出ていたらしい。もしくはゲームの記憶を取り戻してから初めてクレアたんと言葉を交わせて嬉しい光線でも放出してたかしらん。

 どちらにせよクレアたんからしたら不気味だったようで半歩身を引かれてしまった。かなしい。


「せっかくの素敵なお茶会ですわ、もっと楽しいお話をいたしましょう?」


「楽しいお話、ですか?」


「ええ」


 私がにっこりと、完璧令嬢らしさを失わないギリギリまで頬を緩めて笑うとクレアたんが「何言ってんだコイツ」みたいな顔でまた半歩引いてしまった。対面して話すには少し遠い、小さな呟きくらいなら聞き漏らすくらいに距離が開いてしまう。

 ……な、なによ、私の笑顔がそんなに気持ちわるいの? 大好きなクレアたんにそんなことされると年頃の乙女としては結構傷つくんだからね。

 っと、いけないいけない。今はまず笑顔が大事な場面よ。踏ん張れエルザ。泣くなよ私。


「そうですね、では、私とクレアラート様の将来についてのお話、などいかがでしょう?」


「はぁ?」


「……へぇ?」


 ちょっと、クレアたんはともかくマリーまで真顔になるんじゃないわよ。貴女は泣いてなさいよ。いや泣かされる前に止めに来たんだけども。


「これから同じ学院で毎日お会いするのですもの。私、クレアラート様ともっと仲良くなりたいのですわ」


「え、ええ……それはもちろん、光栄なお話ですわ。ですが、なぜこの場でエルザベラ様がそのように仰るのか、私には」


「エルザ、で結構ですわ。親しい方は皆さんそう呼びますので」


 疑問の言葉を遮るように、クレアたんが離れてしまった分の距離をずいっと詰めて言う。ヒクっと、笑顔を浮かべていたクレアたんの頬が引きつった。

 あれ、仲良くなるにはニックネームって悪くないと思ったんだけど。だめだったかしら。

 ちなみに、親しい方とは言ったけど私をそう呼ぶのは家族以外ではドールスくらいだ。アニーもたまに呼んでくれるけれど、基本はお嬢様で統一だしね。


「私もクレア様とお呼びしても?」


「え、あ、ええ、構いません、けれど」


 激しく混乱している様子のクレアたんにたたみかける。本当はクレアと呼び捨てにしたいけれど、さすがにまだ早いわよね。


 クレアたん改めクレア様。……うんうん、いいわね、なんだか実感がわいてきたわ。呼び方がキチンと決まるとゲームのキャラじゃなく生身の本人と対面しているんだという喜びが胸にわき起こって、胸が熱くなる。

 クレア様はまだ目を白黒させて混乱したままだけど、ここは勢いに乗って攻めるべきよね。……ちょうどいい具合に、周囲の視線も集まってきたことだし、ね。


 完璧令嬢と悪役令嬢、ついでにほやほや王女。


 先日のお茶会以来の面子が再び顔を突き合わせて話す様子に、周囲の令嬢たちの話し声もにわかに小さくなる。それでいて互いに囁き合うような小さくも無数のざわめきは止まる様子がない。うん、いい具合に注目を集められたわね。


 さて、まずはここが正念場よ、エルザ。頑張りましょう。

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