何をするべき?

 改めて、記憶を整理しようと思う。


 私の前世は、地球という星の、日本という国の、二十一世紀初頭の女子高生だった。

 名前や家族や友人については、あまり思い出せない。というか、父だとか母だとか、そうやって思い出そうとすると現世の両親の姿が思い出されてしまうのだ。

 ほとんどの物事はそうやって現世の記憶に置き換わってしまっていて、前世のことで思い出せる事の範囲はそう広くない。


 私が女子高生だったこと。成績は中の上で、部活はしておらず、放課後はマッハで帰ってゲームをしていたこと。それから、ある日その帰り道で派手に交通事故で死んだこと。

 はっきり思い出せるのはそれくらいで、つまり私にわかることというのは「前世でおっ死んだ末にどハマりしていたゲームの世界に転生した」というその事実のみということになる。


 ……いや、正確に言うならばもう一つ、覚えていることはある。

 どハマりしていたゲームこと『庶民王女のユバリーブン』、通称しょみユバのストーリーに関わることが、いくつか。


 といっても、ゲームの基本的な情報以外は大部分が虫食い状態で、攻略キャラの誰とヒロインとにどんなイベントがあり、どんな会話が交わされ、などというところまで覚えているわけではない。

 基本情報として覚えているのは攻略キャラクターは五人+隠しキャラ一人の計六人だったということ。主人公は王族の血を引く庶民育ちのなりたてほやほや王女で、物語は彼女が貴族ばかりが通う王立学院に編入する日から始まり、ルートによって一年後か二年後にシナリオ終了になる。

 中世風のふわっとした設定のファンタジーだったけど、剣と魔法のファンタジーというよりは本当にただ時代感が違うだけの地味といえば地味な雰囲気の作品だったのは覚えている。


 それから特徴的なのは、攻略キャラクターのルート毎に、それぞれ別の悪役令嬢が登場するということ。確かゲームのコンセプトの一つに「恋の鞘当て」があって、ルートによってライバルとの関わり方もかなり違ってくる。


 クレアたん、クレアラート・エルトファンベリアは攻略キャラクターであるユベルクル殿下と合わせて王道の展開で、王子であるユベルクル殿下が縁戚となったマリーを気遣う様子に嫉妬したクレアたんが嫌がらせを繰り返して婚約者に近づかないようにと立ちはだかる。当然最後には悪事が露見して断罪、婚約者の立場どころか貴族の肩書きさえも剥奪されることになる。


 私ことエルザベラ・フォルクハイルは攻略キャラクターの婚約者兼幼馴染として登場。こちらのルートではエルザは主人公を先輩令嬢として導き、やがて恋敵となってもヒロインの成長に敬意を払って接し、最後には舞踏会で令嬢として、そして婚約者としての振る舞いを競う「令嬢対決」に発展する、といった話だった。ちなみに私は主人公に敗北すると潔く身を引いていて、特に断罪や処罰の描写はない。まぁ悪いことはしてないんだから当然といえばそうなんだけど。

 でも、いざ自分がエルザベラになってみると、なんとなくその潔い振る舞いにも裏の意図を感じる気がするのよね。

 別にあくどいことをしようとしている訳ではないんだけど、潔く終わるのが美しい、というだけで婚約者に捨てられた女という貴族女性としては致命的なマイナスを背負うことを良しとするような私ではなかったような。


 まぁ、一つ心当たりが無くもないわね。婚約者が幼馴染、つまり婚約を破棄しても関係が途絶えないところがミソだわ。……ま、ゲームのエルザベラのことはとりあえず置いておきましょう。彼女は今は私なわけで、ある意味一番のイレギュラー。ゲーム通りに動くはずがない人物なんだから、考えても仕方ないわ。


 そうそう、肝心の攻略キャラクターだけど……残念ながら全員は思い出せない。仮にも死んで転生するくらいにかじりついていたゲームなのだから覚えていないわけがないし、これは転生による欠落とかそういうことだと思う。さすがに登場キャラも覚えられないほど残念な記憶力じゃない、と信じたい。

 とはいえ攻略キャラクターやゲームの登場人物だとハッキリ思い出せるのはお茶会や舞踏会などで直接会ったことのある顔ばかりだし、今後ゲームの舞台になる学院へ通ううちにビビッとくる誰かに出会う可能性はあるのかもしれない。


 ちなみにアニーやうちの両親、フォルクハイル侯爵家の面々にはそういう印象がまとわりつかないので、彼女たちはゲームには登場しなかったんだろうな。


 そしてもう一人の外せない重要人物、ゲームの主人公マリーナ・ツェレッシュ。

 ゲームでは攻略キャラクターとライバル令嬢によって成長の方向性が全然違うから、私とは違う意味で一番行動が読めないのが彼女なのよね。全てのルートで共通しているのは表面上は気弱に見えていても案外図太くて博愛主義。敵もライバルもたくさんできるけれど、最後には許してしまう優しいとも甘いともとれる性格の持ち主。あの悪夢でも見たことだけど、一方的に悪意をぶつけてきたクレアたんのことでさえあの場で許そうとするほどの徹底ぶりね。


 彼女がいま籍を置くツェレッシュ家というのもかなり特殊な立ち位置にいる。マリー自身も祖父が先々代国王という異色の経歴だけど、ツェレッシュ家は彼女のように「後から王族になった」者達、そして「直系の家系を追い出された」者達が寄り集まって出来た王家に連なる分家筋だ。

 政治的な力はほとんど持たない、名誉職的な「王族」の肩書であり、実質的な影響力で言えばエルトファンベリア家はもちろんフォルクハイル家にすら劣る。

 名誉職とはいってもその実態は後継者争いや政治闘争の火種になりうる存在をひとまとめにして監視しようというもので、決して恵まれた立場ではない。そのくせ王族の肩書だけは与えられているので義務ばかり背負わされる損な役回りを押し付けられた一族というわけだ。


 ……ま、はぐれもの同士ってこともあって、中に入ってみると案外悪くない家族なのだけど。それはゲームをプレイした私だからわかっていることで、この世界で生きている人間ならそれこそツェレッシュ家に属する者と彼らの侍従くらいしか知りようがない内情ね。


 ゲームについて思い出せるのはこんなところ、かしらね。


 まず真っ先に注意すべきはもちろんマリーがどのルートに進むのか、それを見極めることよね。ゲームは彼女が学院に編入するところから始まるのだから、今の時点ではマリーは攻略キャラクターの誰とも顔を合わせていない。ゲーム以前に恋敵となる私やクレアたんと先に顔を合わせていたのは少し意外だったけれど……それが彼女の行動に与える影響はそこまで大きくないと思う。

 もしも彼女がユベルクル殿下のルートへ進むようなら最優先でクレアたんの悪役令嬢化を阻止しなくてはいけない。でも、じゃあ別のルートへ進んだらそのままでいいか、って言われたらそんなこともないのよ。


 だってクレアたんってば、すこぶる性格が悪いんだもの。


 今のまま順当に行ってクレアたんが無事王妃になるのと、彼女が幸せになれるかどうかは別問題なのよ。どうしてそれが断言できるかといえば……ゲームの記憶と、ファンブックに掲載されたライバル令嬢それぞれをフィーチャーした小説の情報があるから。

 プライドの塊のように見えるクレアたんだけど、実は彼女の内面はとても危ういバランスで保たれている。

 彼女が価値を見出すのは「家名」。それは自分自身でさえ例外ではなく、エルトファンベリアの名前を持たない自分には何の価値もないと本気で思っているのよね。


 だからクレアたんのいちファンとして、私はクレアたん自身に彼女の価値を認めてもらわなきゃいけない。そこが最終目標。あと王妃に相応しい威厳と品格と柔軟性その他諸々も身に着けてもらわないと。世渡りベタで敵ばっかり作る王妃とか、絶対に本人も幸せじゃないもの。


 ……あと、これはほら、できれば、でいいんだけど。

 仲良く、なりたいなぁ、とか、うん。

 なんといっても私、クレアたんのこと大好きですし? 親友の座は射止めなきゃいけないっていうか。


 でもさ、私覚えてるのよね。記憶が戻る直前、お茶会で私がなんて言ったか。


『貴女もエルトファンベリア家の名を背負っておいででしょう』


 …………ああああああ私のバカ‼

 家のことはクレアたんのウィーク中のウィークポイント。それをあろうことか正面切って小突き回すとか、昨日の私、ホントに何してくれちゃってるのよ。

 メインミッション、クレアたんの断罪回避と王妃教育(という名の人格矯正)。

 サブミッション、お友達計画。

 諦める気は毛頭ないけど、何も知らなかった私が今まで積み重ねたマイナスが大きすぎてさすがに気が重い。

 土下座? まずは土下座すればいいのかしら?



* * *



 私のお仕えするお嬢様はとても聡明でいらっしゃいます。礼儀や作法にも通じ、容姿だけでなく所作まで美しく、博識で慈愛の心をお持ちの、仕える主としてこれ以上ないと自信を持って宣言できるお方です。

 正式デビューなさったばかりの社交界でもその名声は留まるところを知らない、至高の主であり令嬢でいらっしゃいます。

 いらっしゃる、のですが。


「……お嬢様、何をしていらっしゃるのでしょうか」


「最大限の謝罪を伝える東の島国のポーズよ。アニーにはこの美しさを判定してもらうわ。より綺麗なポーズの完成に手を貸してちょうだい」


「どなたへ謝られるおつもりか知りませんが、恐らくその所作を極めてもお相手はドン引きされるだけかと思いますが」


「……そ、そうかしら?」


「ええ、私も絶賛ドン引き中です」


「わかった、やめる」


 私のお嬢様は、時々ちょっとだけ行動が残念です。

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