夢に見たキャプテンナンバー

 球技大会が近いということで、体育の時間は他のクラスと合同で種目別にちょっとした練習時間が設けられた。バスケ、バレーで広い体育館を半分に割って使い、サッカーと野球がそれぞれのグラウンドで練習をした。掛け持ちも当然いるから、人数足りないとこは出たが、桜庭たちのところはドッジ掛け持ちが多かったのと、桐谷が引く手数多のくせに「え、俺バスケ以外ルールマジでわかんねーし、向いてねーよ?」と、バスケしか出ないのとで全員集まった。


「じゃあ、とりあえずキャプテン決めよう。ビブスとはいえ4番な。あ、バスケやってない組はわかんないかもなんだけど、学生バスケって、背番号は4番から始まんの。で、キャプテンナンバーが4番。あとはなんか適当。ポジションごとに決めてるとこもあれば実力順だったり、なんなら好きな番号選ばせてたり。で、俺的にはキャプテンは桜庭がいいと思う。で、副キャプテンが甘野老。でも背番号は俺、ゲン担ぎで5番がいいから、甘野老は6番な」

「なんで俺!?」


 突然のキャプテン宣告に、桜庭は目を剥いた。司令塔というポジションだけでも重たいというのに、キャプテンなんて務まるわけがない。そんな桜庭を後目に、桐谷はビブスをとりにいってしまう。それに対するため息なのかなんなのかはわからないが、甘野老が言葉を補いはじめた。


「……いや、妥当だろう。ポイントガードが攻撃の主軸になって、センターが守備の要。だいたいどこのチームもこのふたつのポジションのどっちかがキャプテンやってる。エースはエースで仕事多いしな。で、客観的に見て、桐谷はキャプテンには向いてない。俺が副キャプテンなのは、実際、性格的には俺がキャプテンやった方がいいんだろうが、それだと名前思い出せないけど、ほぼ初心者3人が委縮する。俺は言葉遣い荒いからな。その点お前はフォローできるだろ。声出せば。あとは桐谷はどうも、俺とお前が仲がいいと錯覚しているらしい」

「……いや……でも……」


 桜庭が何か言い募る前に、ビー、という、聞きなれたブザーが鳴る。


「お、コート空いたぞ!ビブス交換してな!2組のとやるぞー!5分ゲームだけど!えーと、最初はキャプテンの桜庭と、副キャプテンの甘野老と、俺、小早川、安達で。小早川が7番で、安達が8番。渡辺は9番なー。出てなくてもなんとなくこんなかんじって考えながら試合観ててくれよな。じゃ、楽しんでこーぜ」


 桜庭は黄緑色をした4番のビブスを頭からかぶりながら、そのなんとも言えない重さにため息をついた。中学の頃は喉から手が出るほど欲しかった背番号が、こんな流れで手に入ってしまうなんて、と。それから相手の2組の方を静かに観察した。これはもう癖だ。


 練習なのと、あげられる人がいないので、ジャンプボールでなくじゃんけんで先攻後攻が決まった。桜庭がじゃんけんをして、勝ったので、「後攻」と言った。ミニゲームでは先攻の方が一応有利だけれど、相手チームにバスケットシューズをはいている選手はひとり、バッシュをはいていないメンバーのビブスの着方やアップの有無を見て、経験者はじゃんけんをした5番だけと見て間違いない。上背は桜庭より低いが、ポジションはセンターだ。背番号は桐谷と同じでゲン担ぎだろうか。他が素人なら守備から始めて、味方をマッチアップに慣れさせ、スティールかリバウンドから甘野老との速攻で点を稼げば勢いに乗れる。


「なんだ、頭いいじゃん」


 後攻を選んだ桜庭に、桐谷が小さく声をかけた。にやにやしている。


「……あんたもな」

「じゃ、ミスマッチ狙おう。つっても、俺と当たれば誰だってミスマッチなんだけど。で、あんた、5番な。4番は多分野球部だから筋力あるな。で、8番は元サッカー部だから脚ありそう」

「……わかった」


 フロントコートのエンドライン、つまるところ敵陣のゴール下外側からの4番のパスで、5番にボールが渡った。センターラインを割られる前に、桜庭が中学の時のノリと、何回も怒られて自然と大きくなったコート中の声で、「マッチアップ!5番!」と言ったので、桐谷が「4番!」甘野老が「8番」それにつられて小早川が「6番!」、安達がおたおたしながら「な、7番……」と答えた。


 桜庭は、あ、このコートにほのかにかおってくる程度の暑さに、覚えがある、と思って、気が付いたら「ハンズアップ!」と、声をあげていた。後ろで桐谷が「あー動きやすいように腰落として、手ぇ上げんの。野球でもテニスでもおんなじだろ。それに手がついたのがハンズアップ」と声をかけている。甘野老と桐谷は明らかに運動神経が良さそうな奴についていた。安達と小早川のところにはパスが回っても問題ない。センターならスリーはまずないだろうけれど、桜庭は慎重に、適切な距離をとった。


 守備がセンターで攻撃はポイントガード、なんて全部の司令塔はさすがに無理がある。まず素人チームだからきょろきょろとパスターゲットを探しているし、焦れて切り込もうとすれば桜庭がびったりはりつく。桐谷と甘野老のプレッシャーでインサイドに入ることができる選手もいない。


 結果、沁みついた30秒ルールと桜庭のプレッシャーでボールを持ってしまい、5秒の前にどうしようもないミスパスが、甘野老のマッチアップのところに回って、甘野老がそれを当たり前にスティールした。甘野老は持ち前の俊足で速攻し、あっという間にフリーで得点をした。桐谷が「ナイッシュー!」と言うものだから、小早川や安達もつられて「ナイス!」と言い出して、桜庭も小さな声で「ナイッシュー……」と言った。


「はい、点決めたらすぐ戻るー!マッチアップ番号は毎回な!マークのチェンジもあるから、声出してこーぜ!」


 相手のセンターは慣れないポジションのせいか、パスターゲットを探す時に、ドリブルが疎かになりがちだった。今度はそこを桜庭がスティールしたけれど、桜庭には甘野老ほどの俊足もなかったし、相手が攻めきれていない時点でのスティールだったので、相手も戻りが早かった。


 囲まれる前にパスを出さなければと一瞬で敵味方全部の位置を把握して、「あ、斜め後ろ、桐谷フリーだ」と、そのまま後ろを見ずにドリブルのモーションから、すっと適切なパスを出した。そしたら桐谷が「ナイスパス!」なんて言いながら、ドライブして、リングが軋むようなダンクを、敵の頭上から決めてしまった。これにはほかのクラスのバスケ組も茫然として、パスを出した桜庭も茫然として、しばらく声が出なかった。けれど当の本人は「え?あれ?俺なんかしたー?はい戻るー!すぐディフェンスー!」なんて明るい声で叫んでいる。全国MVPはやはり格が違う。


 結局5回ほど5分ゲームをしたけれど、5回とも無失点で、バスケットボール慣れしていない2人もどうにかバスケットの雰囲気を掴めたようだった。シュートもちらほら決めている。桜庭がノールックでパスを出すのは甘野老と桐谷だけだったし、桐谷が中で敵を引き付けて、甘野老が外で敵を引き付けてくれるから、小早川も安達も渡辺もフリーになりやすかった。


 その時は名前を呼びながらパスをして、教科書通りのシュートをさせればいい。そこらへんを教えるのは桐谷がうまかった。リングじゃなくボードの黒で囲われた四角いとこ狙え、とか、レイアップいけそうならがんばっていいし、外してもリバウンド全部とれっから、とか、そんなあたり。しかも相手の入りそうなシュートは大体ジャンプして叩き落すし、その上で「いやーまあ、それもこれも桜庭のパスがやべーしすげーからなんだけどなー」とか、「桜庭はパスなきゃ自分でシュートいけるしなー」とかでキャプテンの面子もちゃんと立ててくれる。桜庭は、あ、こいつすごいやつだ、と、しみじみ、思った。


 それからはっとして、桜庭は「おい、なんでフェイクも入れたノールックのパス、とれるんだ?」と、甘野老と桐谷に尋ねた。


「え、だって来るってわかるし、いつも構えてるし、ボール欲しいし、普通だろ」

「……なんとなくわかる」

「……そうか……」


 一緒に山ほどの練習を積みかさねたわけでもないのに、この2人とは、どこかで通じ合うものがあるようで、桜庭はなんだか妙な気持ちになった。桐谷は経験値の差だろうが、それでもなんだか、うれしいような、せつないような、変な気持ちになった。



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