不思議なカンケイのセカイ

ハジメマシテ、あなたの隣人です

 桜庭は家に帰ると、すぐに父と母にホームステイの相談をした。母は向こうが承諾してくれるのであれば構わないけれど、正式なホームステイでない以上、先方にどうお礼したらいいかと頭を悩ませ、父は、桜庭の瞳をみつめて、「春人、その子は君の友達かい?」と聞いてきた。


「……友達……じゃ、ない。クラスメイト、ではある。……俺たちは……似たような、でも、全然違う夢を追いかけてる……仲間……でもないな……そんな甘ったれた関係じゃ、ない、きっと。……まだこの関係に……うまく名前がつけられない……でも、なんだろう、負けてられないって、思う」

「なるほど。私はね、その関係の名前を、正確ではないかもしれないが、知っている。スウェーデン語で、『Konkurrent』と言う。……今のところはね。意味を教えるのはずっと先にしよう。それに、きっと君たちは次のステップへ進むだろう。それは来年かもしれないし、再来年かもしれないし、もっとずっと、遠い未来の話かもしれない。春人、その人との関係を、大切にしなさい。ホームステイについて、私に異論ないよ」

「……ありがとう」


 桜庭の方で話し合いが終わった2時間後、22時になってから、リビングに設置してある電話が電子音を発した。すぐに桜庭がそれをとって、「もしもし、桜庭です」と応える。電話主は「halo……もしもし、甘野老だ」と名乗った。


「……どう、だった……?」

『そっちから聞かせてくれ』

「俺の親はホームステイについては問題ないと言っている。ただ……あんたの家に、なんの礼ができるか、と、それが悩みどころらしい」

『そうか。なら問題ない。……言うべきかどうか、迷っていたんだが、俺の父が経営する企業というのは、ISSの開発に携わっている。宇宙ステーションの運用が各国であるのは知っているな?だがこのプロジェクトは世界各国が協力して運用していく、前例のない国際宇宙ステーションのことだ。で、そのプロジェクトについて、俺の父親はお前の父親の研究室とは懇意にしているそうだ。と、いうか父親同士の方が俺たちよりよっぽど仲がいい、らしい。父曰く。……俺たちは……友人ですら、ないからな。今度のプロジェクトに、また前回……ええとなんだったか……まぁ、前と同じく誠意を持って参加してくれるのであれば、夏休み中ずっと家にいてもいいそうだ。……どうする』

「夏休み全部あんたの家で勉強させてくれ!」

『わかった。……家はそう遠くないから、3日分くらいの着替えと、課題と、勉強に必要なもん全部持ってこい。あと……いや、なんでもない。必要だと思うものは自分で準備しろ』

「わかった。……ありがとう」

『……俺は何もしていない。じゃあ切るぞ』

「ああ」


 桜庭は興奮と緊張で震えるようだった。ほかの人の家に泊まるなんて、親戚の家以外、経験がない。それも友達でもない、ただのクラスメイトの家で、その家では英語しか通じなくて、何か粗相があったら、だとか、これで英語が身体に染みる、だとか、いろんな思考がごちゃごちゃになって、頭がパンクしそうだった。だから甘野老の名前を出した瞬間に父が顎に手をやった時の表情も、父への事実確認も、すっぽり、頭から抜け落ちた。書斎から灯かりが漏れていることにも、勿論、気が付かない。


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