第6話

「どうするとは?」

「この写真を見て分かるように『ヒロイン』さんが階段から落ちたのはこのテグスのせいだ」


 出鱈目が掲げた1枚の写真には階段落ちする前のヒロインと対面から近づいている平良が写っている。

 だが注目すべきなのはその足元である。

 光の加減で光る細い線が階段の入口の限りなく低い位置に走っているのが見える。

 明らかに足が引っ掛かるようにテグスのような透明な糸が仕掛けられていた証拠だった。


(これで突き落としたって言葉は無理あるよな)

(『ヒロイン』さんの自作自演とか?)

(でも写真見る限り糸帛さんを庇って下敷きになってるよ? 自演するような性格だったら庇わなくない?)


 ギャラリーからも写真を回し終わった辺りから疑問の声が上がり始める。

 金意は机に広げられた一連の写真を睨みつけている。


「別にどうもしないさ。僕は依然平良が犯人だと思っている。この写真だけじゃテグスを誰が仕掛けたのかわからないだろう?」

「それが平良ちゃんの仕業だって言いたいのか? 一緒に落ちてんのに?」

「疑いを逸らすために被害者になるなんて散々使い古された手法じゃないか」


 犯人だ。いや犯人ではない。と議論されている当の本人はこの状況に飽きてきていた。


 嫌がらせの目撃情報があるほど堂々としているのに今更回りくどい方法を取るのは何故だ。

 嫌がらせ自体他の生徒がやった、自分は名前を使われたに過ぎないと言い張る場合、この案件で被害者の一人になっていると説得力が増すだろう?

 やっぱり嫌がらせの実行犯が平良じゃないと把握してるんじゃないか。

 実行犯は捕まえて個別に話を聞いたが皆平良に言われてやったと言っている。


 などと金意達もたまらず参戦してきて喧々囂々。

 渦中の人のはずなのだが当人を置いてけぼりに議論が白熱しすぎているのだ。

 話の中身も後付け後出しじゃんけん状態で知らない人が見れば小学生の喧嘩のようにも見えるだろう。

 ギャラリーも同じように感じ始めた人達がいるのか白けた空気が漂い始めている。


 そもそもこちらの勝利条件とはなんだろう。

 平良としてもこのまま婚約破棄になるのは、むしろ喜ばしいことだ。

 だが月福も言っていたように、ことは会社同士の関係にも関わってくる問題だ。

 このまま断罪ののちに婚約破棄ともなれば、それが負い目となり糸帛家の会社は月福家の会社に逆らえなくなる。

 というかなんで婚約なんてワンクッション置く必要があるのか。会社が欲しかったらそのまま買収なり吸収なりすればいいんじゃないのか。

 貧困な想像力ではこれからお前のとこ悪いことに使うけど拒否出来ないよな? となる未来しか見えない。

 そして悪事がバレたら我が社は関係ありません、あいつらが勝手にやったんですって切り捨てられるのだ。以上被害妄想おわり。


 つまり平良の勝利条件とは、彼女の非で一方的に婚約破棄されるのではなく双方円満に、もしくは月福側の非でこちらから婚約破棄をすることである。


「そもそも『ヒロイン』さんは突き落とされたと言ったんですよ!」


 金意の怒号ともいえる声にはっ、と現実へと引き戻された。

 そういえばヒロインはなぜ突き落とされたと月福達に言ったのだろう?


 なるべく関わり合いにならないようにしていたとは言え、どういう人物かくらいは把握していた。

 結論から言うとヒロインはゲームのキャライメージとほぼ変わらない人物だった。

 ゲーム内の彼女は一般庶民の出にも拘らず金持ち成金の魑魅魍魎らが跳梁跋扈する魔界……もとい学園に単身乗り込んで来た努力の少女だ。

 交通事故で突然夫を奪われながらも彼女を立派に育ててきた母に将来楽させてあげたい。そう学園の奨学金制度で健気に通う主人公であった。

 キャラクター設定としては名前入力型なだけあって凡庸なのだが、ルートによっては気持ちよく主人公らしい活躍もしていたりと粘り気のあるキャラだったように思う。

 もちろんゲームシステムとしてスペックのパラメーター管理などもあったので、その数値によっては心が折れたり折れなかったり、流されたり流されなかったり反応は様々だ。

 現実の彼女がどういった心の持ち様になっているかまではわからないが……。


 ところでゲームの再現性はどうだったかだって?

 そこはきっちり頑張りました。


 金意の発言で周囲の視線が一斉にヒロインへと集まる。

 疑惑、好奇心、羨望といった様々な視線が渦巻きプレッシャーになって彼女にのし掛かる。

 その視線達から逃れるように、彼女は寄り添っていた自称義賊の女装男子に強くすがりついている。

 傍から見ると美少女同士がくっついてるだけなので事情を知らない一部生徒からはムラムラとした視線も追加されていた。

 彼は彼女が発言しやすいように優しく励ましていたが、すがりつかれて嬉しいのかにやけているようにも見える。

 

「……メモにそう書いてあったんです。月福さん達に追求されたらそう言うようにって」

「……メモとは?」


 月福が代表して聞くことにしたようだが、自分の知らないファクターが出てきたことで明らかに声のトーンが下がっている。


「わ、わたしが困った時なんかにいつの間にかあるんです。教室の机の中とか、寮の扉の隙間とか……」

「よくそんな怪しげなものに従えるね」

「確かに最初は不気味だったけれど、困った時いつもこのメモが助けてくれたんです。このメモが今わたしの一番信用できるものなんです!」


 暗にお前達は信用できないと言い放たれ、月福達の口元がひきつっている。

 散々嫌がらせから守ってきたであろう立場からしたら、たったメモ1枚より劣るとされ面目丸潰れなのだから当たり前である。

 だが平良は見逃さなかった。

 信用しているという台詞と一緒に自称義賊へすがりつく手がより強くなっていたことを。

 ヒロインはメモの差出人が誰かすでに知っているのだ。


 しかし平良ははて? と疑問に思う。

 確かにゲーム内でもこのメモによるアドバイスは全編にかけて重要なものだった。いわゆるお助けアイテムの1つである。

 さらにこと自称義賊ルートにおいては最大のキーアイテムとなる。

 実は自称義賊は彼のルートに入らない限り乙女ゲームでよく居る情報通の親友ポジションなのだ。

 そして彼のルートに入れば例のメモ達は途端にシンデレラの残したガラスの靴となる。

 ……だがメモの相手が彼だと分かるのは少なくとも平良の婚約破棄騒動後のはずなのだがどういうことだろう。


(彼女に教えてあるんだよ。あのゲームのこと) 


 こそこそと回りに聞こえないように出鱈目が囁いてきて合点がいった。

 ついでに自称義賊に跡が残るほど力強い握手を求められたことを思い出した。

 なるほど奴にゲームの作者が平良であることはバレているようだ。

 ゲームのせいで正体がバレやすくなっているらしい。


「……嫌がらせは確かにされていました。けど糸帛さんから直接は受けたことはありません! それなのに彼女が主犯前提でしか話が進まなくて」

「それでも否定していなかっただろう?」

「それはっ……」

わたくし少し相談を受けて知っているのだけど、女性ひとりに対して男性複数人で押し掛けて無理矢理話を聞いていたんでしょう? そんな状況で普通恐怖を感じない人なんていないのではなくて?」


 さりげない自称義賊のフォロー発言に想像して納得したのか、確かにとギャラリーからも共感の声が上がる。

 ゲームの存在も知っていたと言うし、もしプレイしていたとしたら月福自体恐怖の対象だったのかもしれない。

 逆らえば数あるバッドエンドを再現してしまうのではないかと。(あの絵でそんな恐怖を感じるのかとかいう問題は無視する)

 彼の定期的なフォローがなければ、ヒロインは月福達に庇われる→月福達のファン達から嫉妬からの嫌がらせ→また庇われると負の連鎖でがんじがらめとなっていただろう。

 月福的にはそこで主犯は平良だと思わせることで今回のことに繋げたかったのではないか。


「それにわたしちゃんと覚えてます。あの時間あの階段に居たのは月福さんに誘導されたことだって!」


 ヒロインの決死の告白に、おおっとギャラリーから小さい歓声があがる。

 彼女の目は月福を真剣に見据えている。

 ここが彼女の今後を左右する正念場なのだ。

 彼女を支える自称義賊は平良を睨み付けている。

 自分だけが助かればそれでいいのかと。

 わかっている。

 わかっているとも。


 この世界で破滅を回避したいのは平良だけではない。


 ガンっと机を殴り付けた。

 拳を痛めながら響かせた乱暴な音にこの場全員の注目が集まる。


「……もうまどろっこしいんですよ。要はテグスらしきものを誰が仕掛けたのか判ればハッキリするのでしょう」

「とうとう観念して自白してくれるのかな」

「まさか」


 はんっと鼻で笑う。

 その強気な平良の態度に月福は眉をひそめた。

 今まで彼に取っていた態度はおどおどとしたものだったのだから驚いてもらわないと困る。

 タイミングよくチェックしていた場所に必要な情報が上げられていてよかった。

 

 「この掲示板を見てください」


 掲げたスマートフォンに写し出される1枚の画像。とある掲示板についさっきアップされたものだ。


 同じ場所の少し前の時間、階段に何かを取り付けている月福の写真であった。


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