第5話

 つい先日の話だ。

 ヒロインが何者かによって階段から突き落とされたという。

 せいぜい擦過傷と足を挫いたくらいなのだが立派な傷害罪だ。

 乙女ゲーム的に言えばよくある決定的な山場と言う奴である。


「はじめ『ヒロイン』さんは頑なに何があったか言ってくれなかったが、説得に応じて告白してくれたよ。君に突き落とされたとね」


 もちろんこちらにそんな覚えはない。

 写真の状況に陥った記憶はあるが、あれは完全に事故だった。

 平良は普段から、なるべくヒロインや攻略対象と接点を持たないよう彼らの行動範囲の外で行動していた。

 しかしその時は何故かヒロインが滅多に立ち入らない廊下で出くわし、何故か彼女が目の前で階段から落ちていったのだ。

 とっさに落下を防ごうと手を伸ばし服を掴むまでは成功したが、運動が苦手で体を鍛えることを怠っていたツケを払うはめになる。

 結局支えられず一緒に落ちてしまったのだ。

 むしろヒロインに庇われ下敷きにしてしまったので平良のせいで怪我をしたと言われると否定出来ない。


 名前を出されて自称義賊の下でとうとう涙目になってしまったヒロインだが、足首を見るとソックスの中から包帯やらがちらついて痛々しかった。

 角度的には防犯カメラか何かだろうが、よくもまあ絶妙な瞬間を押さえたものだと感心してしまう。

 黙っている平良に対し決定的な証拠を突きつけられぐうの音も出ないのか、と周りのギャラリーのざわつきは反比例するが如く大きくなる。

 月福側の男達の面が正義を主張してうるさいが話の主導が月福に移ったため口を閉じている。

 沈黙は肯定と言わんばかりに(平良のから見れば)勝ち誇った笑みを浮かべた月福は話を続けた。


「君の『ヒロイン』さんに対する嫌がらせの他にも僕との婚約を笠に着た横柄な態度が目に余るという陳述もある。僕たちの婚約はあくまで将来に向けた会社同士の仮契約に過ぎないというのにまったく勘違いも甚だしい」


 もちろんそんな覚えはない。

 どちらかというとボッチを極めていた方だと自覚しているし、同級生達も大体遠巻きでこちらに干渉してくる者も少なかったように思う。

 大方嫌がらせの噂に便乗した月福ファンの捏造というところか。

 ボッチを極めたが故の孤高さが一部横柄さに見えたという可能性もあるが……。


「それらだけなら若気の至りでどうにでもなっただろう。もちろん誠意を見せて改善することが前提だが……」


 周囲にも見えるように例の写真を月福は掲げた。


「これらは立派な傷害……いや殺人未遂だ。こんな事件を起こしてしまってはもう婚約者という立場にいさせる訳には行かない」


 検事志望の金意よりも検事らしい振る舞いを魅せる月福に誰もが目を離せない。


「君が自分から過ちに気づき、謝罪して反省してくれればよかった。しかしここまで証拠を突きつけてもだめなら仕方ない。君との婚約は破棄してしまった方が双方のためだ」


 このことはもう両親にも伝えてある。

 ヒロインが被害届を出さないと言うので断罪はここ限りのことにする。

 平良がまだ婚約を望むのならこれからそれなりの努力が必要になるだろう。

 それらを一通り伝え終わると月福は口を閉じた。


 月福は平良が婚約者と言う立場に依存してると思っている(思わせている)。

 婚約破棄と言えばその立場に返り咲くために形振り構わず尽くしてくるだろうと思っているのだ。

 婚約者の立場に戻りたければ努力と言う名の貢ぎ物を持ってこいとも聞こえる。

 おそらくそれが一番の目的なのだろう。

 目的のために学園という一種の閉鎖された空間で事を起こすことで、平良に対しより強い楔を打ちつつ程よく追い詰める布石としたのだ。


 沈黙が平良を焦らせる。

 早く、なにか、言わなければ。

 なにか、逆転できそうな一言を……。


 からからと乾く口の中から空気を絞り出す前に、チャラ探こと出鱈目の「あ」という声が遮った。


「実は同じ事件の写真ならこんなのもあるんだよね」


 あっけらかんとした、または空気を読まないとも言える声でそう口に出した出鱈目は懐から大量の写真を取り出し並べ始めた。


 正面から落ちる瞬間の二人を撮ったもの。二人が出くわして階段から落ちるまでの連続写真。ヒロインと一緒に平良も落ちている瞬間の写真。階段の入口の足元に何か透明のテグスのようなものが写ってる写真。写真。写真。

 よく見るとそれらの写真は画質やアングルが統一されておらず、ただ一人が撮ったもののようには思えなかった。


「これらは色んな奴に聞いて俺が直接貰ってきたものだ。よく見ればわかる通り撮った機種もバラバラだから捏造したと言うのも厳しい」

「なっ……」

「これを見た上でそこで何が起こったのか改めて想像してみろ」


 流石にここまでパラパラ漫画でもできそうなほど大量に見せられれば『ヒロインが階段から目の前で落ちて平良が助けようと手を伸ばしているところ』以外に見える奴がいる方がおかしいのではないだろうか。

 裏切りとも取れる出鱈目の突然の行動に金意ががなり立てようとするが、旗色が悪いと感じ取ったのか竹肋に止められている。

 いつの間にかギャラリーが静かだなと思ったら、どうやら同じ写真を回し見ていたようだ。


「おっとこれは個人的なものだった」


 月福に見せていた数枚から出鱈目が1枚奪い懐にしまう。

 なんの写真だったのか気になって視線を向ければ、にやけ顔に人差し指を立て秘密のポーズが返ってきた。

 腹が立って白い目を向けてもへらへらしている。

 そういえば数枚後ろからのアングルがあったような……?


「さて、これだとさっき月福が言っていた『殺人未遂』が言いがかりになってしまった訳だけどどうする?」

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