第4話

 ここで説明を入れるなら、この婚約破棄の場面は序盤から中盤にかけての一場面に過ぎない。

 ヒロインがどの攻略対象のルートに行くことになろうが、序盤は平良の婚約者である月福との交流がメインになるからだ。


 ゲームにおける『月福玄』の役柄は腹黒……じゃなかった、メイン攻略対象兼ラスボスである。

 他攻略対象ルート(検事志望、警備員会社子息、高校生探偵、自称義賊etc)に行く場合、恋の障害として立ちはだかるのが彼となる。

 裏で暗躍する彼の所業に立ち向かうため攻略対象と協力して絆を深めて行くという形だ。

 メイン攻略対象に彼を据えようとすると、もれなくメンタルブレイク必須のホラー展開となる。

 唯一の甘い展開になる条件は知力パラメーターを最低値のままにするというもの。

 要するに彼が裏で暗躍していることを何も察さずお馬鹿なままでラブラブするというメリバ仕様な訳である。攻略出来てねぇとかつっこんではいけない。

 真のハッピーエンドがあるはずだ! と何週もする猛者もいたが終ぞそんなルートは発掘されなかったと聞く。

 ちなみに逆ハーレムルートもあったそうだが、月福の傀儡化で悪堕ちの末のハニートラップで攻略者全員誑かすとかそんな話らしい。R15。

 玄は黒を意味する。名前の通り真っ黒くろすけなのだ。ろくでもない。

 

 周囲の大爆笑で月福が作り上げていた断罪の空気は見事に霧散した。

 コントロールが失われていることを感じ取ったのだろう、笑顔を作ってはいるが口元が引きつっている。

 隣にいたヒロインは爆笑に包まれた時点で、いつの間にか現れていた自称義賊に避難させられていた。


「いっけなーい。遅刻遅刻ぅ。出鱈目探、証拠検証写真持ってきましたよっと……て何この空気」


 ふざけた声が場の空気を切り裂いた。


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 出鱈目でたらめさぐる……チャラい探偵。影で高校生探偵している。

 神形しんぎょう皿次さらじ……自称義賊。または怪盗。諸事情で女生徒の格好をしている。


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「ね、平良ちゃん今どういう感じになってるか教えてよ」


 ずかずかと平良の横に座り込むチャラ探こと出鱈目探。

 遠ざかっていたオムライスを一掬いしあーんと彼女の口元に運びながら成り行きを聞こうとする。

 食べる気にならないと手の平を向けて拒否すれば、オムライスはそのまま彼の口に運ばれた。ちょ、それ間接キ……。


「……っ。今は彼女の罪を検めていたところです! 周りの空気が内容にそぐわないのはわかりませんが」

「周りの空気ってこのくすくす言ってるやつ?」

「そうだが関係ない。早く写真を出せ」


 タイミングよく出鱈目が現れたことでぎりぎり空気を持ち直すことが出来たと金意先輩と後ろの竹肋の圧が元に戻る。

 そのやり取りでとりあえず周りは成り行きを見守ることにしたらしい。

 まだ少し笑い声は聞こえるものの無視できる範囲だ。

 ちりっと平良は隣へ向けたひりつく視線を感じる。

 真顔で目を据わらせ重苦しい雰囲気を出している月福を見てしまい、平良は気付くんじゃなかったとちょっと後悔した。

 絶対に気付いてる出鱈目は煽る様に鼻で笑った。


「写真出すのはいいけど結構な量だぜ? 一つ一つ検証していくのか?」

「必要とあらばそうしま――」

「いや。今この場で出すのは一枚でいい。数日前『ヒロイン』さんが彼女に突き落とされた時のものだ」

「月福?」

「はいよ」


 確信めいた物言いに引っかかるものを感じるも、出鱈目から出された写真にその場全員の視線が集中する。

 写真の中に写っているものそれは、俯瞰から撮られた階段から落ちそうになるヒロインを後ろから押すように腕を伸ばしている平良の姿だった。

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