第3話

 ゲームの中の悪役令嬢『糸帛平良』はいわゆるメンヘラである。

 未来の大企業の社長婦人というプレッシャーもさることながら、夫となるのが顔良し、声良し、スタイル良し、頭良し、ついでに紳士の国から輸入されたあれやそれをこれでもかと兼ね備えた完璧超人なものだからたまらない。

 隣に並ぶための教養は要求が桁外れで、美容を犠牲にしてもとても追いつけるものではなかった。

 そんな何もかも足りない彼女を有象無象は親の会社の都合で結ばれた婚約だと後ろ指を指してくる。

 そしてそんな毎日に耐えられず度々自殺未遂を繰り返すキャラだった。


 正直そんな状況に追い込まれたら『私』でも秒で病むだろう。

 ゲームをしながら追い詰められていく彼女に半ば同情していたくらいだ。


 自己評価などとっくに底辺の彼女の唯一のよりどころは婚約そのものだった。

 『月福玄』に恋をしていたかはわからないが『婚約者』という役どころに彼女は依存していたのだ。

 そんな状態で婚約者と距離を縮める『ヒロイン』が現れればどうなるかなんて説明する必要もないだろう。


「ーーぶぁっはははははははっ!」

「……笑いすぎでは」

「いやなにこれ最高!このままこの絵でスチルにしようよ。平良ちゃんキャラデザ描いて? その絵柄で統一しよ?」

「えぇぇ……」


 そうだ、乙女ゲーム作ろう。

 カウンセリングの先生の提案であれよあれよとしているうちに本当に作ることになってしまった。

 要するに乙女ゲームの内容を知ってるのが平良だけというのなら増やせばいいじゃない? という理屈らしい。


 最初は先生の人脈から詳しい人に協力してもらおうとしていた。

 しかし平良達は『糸帛平良』のスペックを誤解していた。

 何もかも足りない、取りえがないような紹介をしたな? あれは嘘だ。

 彼女はなんと『超天才プログラマー』だったのだ。

 どうやら婚約者に選ばれた根本的な理由はこれのようだ。

 すっかり忘れていたのだが、彼女は婚約者に決まる直前にプログラミング大会のジュニア部門で優勝していたのである。

 ……めっちゃ取柄あるし超絶賢いの隠してたみたいになってんじゃん。


 そんなわけでばりばりプログラムを組んでいる平良。

 しかし乙女ゲームはプログラムだけで成り立っているわけではない。

 シナリオは台詞だけ平良から聞いた先生が書き起こした。

 音楽やボイスはどこからか先生が連れてきた人に協力してもらった。

 そして肝心要となるイラスト制作は平良が担当することになっていた。

 なぜなのか。


 シーンを伝えるためになんとなく描いたイラストだったのだが、それを見た先生が大笑いで決めてしまったのだ。

 イラストが描かれた紙を改めて見ると、何とも言えないシュールな絵が存在を主張している。

 例えるなら前世の方で一時期流行っていたハ○サム学園のようなやつだ。

 あれはああいう企画であって、こちとら素の実力だ。


「どうせなら美麗なイラストで再現したいぃぃ……。まじ萎え」

「逆にちゃんとした絵だと埋没しそうだけどね。とりあえずはフリーゲームとしてウェブに流すわけだし、これくらいインパクト兼ふざけた感じだと面白いと思うよ?」


 ちなみに登場人物の名前はそのままではさすがに厳しかったので、ちょっと印象は残しつつ字面は変える感じにしてある。

 曲がりなりにも登場人物ヒロイン以外は全員セレブなので名誉毀損とかで訴えられると怖いのだ。

 製作者が平良だと辿り着けないようセキュリティは徹底している。


 そんなこんなで完成させた乙女ゲームは無事ネットの海に放流された。

 放流された直後、シュールな絵が目を引いたのかプチバズったそれは狙い通りたくさんの目に晒されることとなった。


 その後はなんかもうどうにでもなれだった。

 入学直後はゲームを知っている生徒達からもしや? まさか? と噂され、なぜか学園の裏掲示板にその存在が晒されるという事態を経て瞬く間に学園中にひっそりと広まっていったのである。

 これでは人間監視カメラだな。と衆人観衆の中生活を強いられることに不憫を感じたが仕方ない。

 裏掲示板では繰り広げられるようになった嫌がらせ行為がゲームと類似していると幾度となく検証され、目撃証言だかアリバイ証言だか寄せられる情報は膨大になりカオス状態だった。

 後から知ったことだが積極的に先導していた奴が居たようだ。

 このゲームは予言だ! いいやあの人たちがこのゲーム知っててわざと再現してるんだって。一体何のために? 製作者の意図は?

 議論は紛糾し結論はでないままスレッドだけが日々消費されていった。

 大体はシュールな絵に耐えられず大草原だったわけだが。

 家畜を放してやりたい。

 おかげでゲームを真に受けたらしい幾人かから陰ながら「がんばって」など応援されることもしばしばだった。

 知らない振りをしないといけないが、ちょっとにやける。


「もう無理だろこんなん! 笑うしかないって! だって完全にあの乙女ゲーの再現じゃん!」


 だからこれは当然の結果だった。

 ギャラリーが平良達を通して見ていたのは、あのシュールな絵なのだから。

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