最終話 今を過去へ
暗闇が晴れてから三年ほどが経った。
得た長に従い、導かれる魔物たちは、長次第で善し悪しが決まると主張した彼は、農業や炭鉱の労働を行わせ、魔物の使い方を見せ、価値を証明した。
個としての意識が弱い魔物と、個の意思が強い人間を、同等に扱い難いと判断し、魔物に政を任せることは不相応と結論付け、人に代わる労働力となる対価に、主人となる者が生かし、導くことで、共存できないか、模索する方針が決まった。
魔物を導く資格を作り、導くに相応しい、能力、性格、立場を考慮し、魔物が悪と成り得ぬ社会を目指す。
終戦後、記録を残すため、彼から紫炎の事を尋ね、得た情報かが、深淵の衣に包まれた時、感じた孤独な紫炎の救いたがりな印象と部分的に重なった。
絶望せず、深淵で救いを求める者へ、差し伸べる光は紫炎。彼を救った紫炎と、自分を救おうとした紫炎は等しく、勢力や社会など区別せず、求めに応じ、救おうとする紫炎は、秩序など存在しない――かのように、全てへ応えようとする――なら、行きつく先は混沌になり得よう。
誰も何も気にせず、今――目の前を見て、救う、紫炎からは社会性を見出せず、幼稚に見える。
共に歩んだ悪意無い清らかな心ある紫炎を犠牲にする――と覚悟した彼の様に、別れを受け入れる事が出来るのか……、などと考える日王は、ランタンへ弱弱しく灯る血の様に赤い火を見つめた。
炎帝を消し、聖域へ戻り、彼女の遺品を探していると、灰の中に深淵で導かれた火とよく似た残り火を見つけた。
彼女の瞳と同じ色をした火を守るため、消えぬように育て、王城へ帰る時、持ち帰った。
赤き火と彼女が重なり、消さぬよう、大切に育て続けるうちに、欲をかき始めた。
炎帝が存在し続けるために聖火となり、言葉を発し、世界を見たなら、彼女でも可能ではないか――と考え、木彫りの獅子を作っていた腕が立つ職人に、苦労して入手した高質な古代樹で、等身大の少女を作らせていた。
今日、完成品が住まいへ届けられ、目にしたが、彼女の側近から得た細かな情報のおかげか、期待以上の出来だった。
これなら――と抱く期待が実行を促すも、死者を呼び覚ます行為が良いとは考え難く、欲望のままに秩序を軽んじたなら、炎帝と同等になり得る自分を想像し恐れを抱く。
抱こうとも、死期に立ち会えず、骸もなく、赤い残り火が彼女に見え、死んだと思えない三年間は、希望と罪に脅える日々を送った。
欲望や希望と倫理や理性の狭間から逃げ出し、解放されたい気持ちを抱く。
弱った理性は欲望を抑えきれず、終わらせるため――と言いながら、終わりを望まない。
終わりという不幸が過ちと分かりながら、勝てぬ気持ちを抱き、炎帝と同列な自身を貶した。
試すだけ――そう呟きながら、木で作られた彼女の身体へ、血のように赤い火を灯した――魂へ肉体を与えるが如く。
全身へ広がり包み込む赤き炎が散布し、透き通った白い肌にと短く白い髪を持つ少女が現れた。
成功した――と思い、抱いた喜びを抑え、失敗した可能性も追いながら、様子を窺っていると、開かれたまぶたから現れた瞳は血のように赤く、失敗の可能性を追い難くなった。
自分の名を呟き、確認する彼女へ、そうだ――と肯定し、手を握り確かめる様子を見ながら近づき、手を掴み、触れた感触を、熱を確かめると、木製とは思えない柔らかさと、温もりを感じた。
慌てて離れ、焦り、恥じらう彼女の仕草が可愛くて、見つめ、和んでいると、説明を求められた。
残り火を絶やさず作った身体を用いて受肉させた(要約)などと説明し、納得した様子から、説得は終わった――と判断し、外出を提案した。
長袖を着て日傘を差した彼女と陽の下を歩く日王は、町や田園を回り、自分が成し遂げた成果を見せつけた。
日が傾き夕焼けが空を彩る頃、食事を終えて満足げな彼女から、お礼を告げられ、謙遜した日王は、、最期に……話せてよかった――と聞こえた。
今生の別れと思える言葉に、最後……って――と確認したが、完全に受肉できる程の彫刻じゃないから……そろそろ限界みたい――と答えられた。
また作れば良い……そうすれば……また――と焦り口にした言葉は、私を……王様を誑かした悪女するつもり? ――と問われ、彼女を優先すれば、何時か、民を裏切り、炎帝のようになる、危惧を言い当てられた気がし、言い返せず、距離を感じる言い方に、心が痛む。
私が……炎武の贄になったのは……仲間の……みんなの為とか……犠牲になった人たちの為……とかも……あったけど……そんな事よりも……あなたに生きて……夢を叶えて欲しかったから……私は………………、と語る彼女に口をはさめない日王は、私のわがままを聞いてくれるなら……私はあなたに生きていて欲しい……みんなから頼られて……憧れられる人で……居て欲しい……私も憧れる一人だから……、と告げられた。
自分が悪人になる可能性は想定していたが、彼女を悪人にする可能性を気付けなかった日王は、謝罪を言葉で表し、彼女が望む人であるために、別れる決意を固めようと、精いっぱい強がって、わがままを叶えると口にして誓った。
最期まで共に居たい日王は、辺りが暗くなり、彼女の身体を包み始めた火を見つめながら、崩れ始めた彼女を、口を失い声が出せない彼女を、身体を保てない彼女を、灰になった彼女から目を逸らさず、微かな灯が消えるまで、見守り続けた。
彼女が告げた最期の言葉、このままだと……相手が見つからないよ――へ、そうだな――と同意した日王は、それも悪くない、と思った。
彼女の最期から、二年ほど経ったある日。
灯で照らされる部屋に置かれた寝具で寝転がり、天井を見つめる日王は、扉をたたく音を聞こえた。
上半身を起こし、音に応え、発した言葉で入室を促した。
灯に照らされ、見えた女性は、魔物の長をする彼と行動を共にしていた影狼を飼いならす者で、五年ほど前、王城の書庫にあった影狼が出る逸話で描かれている呪いの研究を行わないか? と勧めてから、日が差し込まない王城の地下で、熱心に研究している。
灯を消した女性から、仰向けになって――と受けた指示に従う日王は、先ほど、夜の王城に侵入した影狼に襲われ、呪いをかけられた。
解呪に来た女性に感謝しながらも、呪いの痛みを紛らわすため、解呪中、最近聞いた噂話をした。
魔物の主人に成るため彼から教わっている女子が恋をしているらしい――と告げたら、ふーん――と冷静を装う女性からは、不機嫌な気持ちが伝わった。
解呪が終わったと報告され、不機嫌なまま、明かりも灯さず、部屋を出た、女性の行動から、失言だった――と後悔しながら、就寝を試みていると、扉をたたく音が聞こえた日王は、入れ――と声を出し、入室を促した。
手に持ったランタンの灯で照らされ、お父様――と自分を呼び近づく男の子から、呪いを心配されている、と思った日王は、解呪は成功した――と告げたが、知っている……お姉さんに聞いたから――と言われ、だったら――と尋ねかけたら、また襲われないように僕が守ってあげる――と食い気味に言い、微かに震える手でランタンを握りしめる我が子の様子は愛らしい。
あれからも、彼女以上の人と出会えないのは、出会いたくないと思いたいから――なのか、それとも……。
何にせよ、彼女が心にある限り、理想の自分で有れるなら、それもまた良い在り方と言えよう。
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