11話 当たり前の落とし穴

 紫色に揺らめく聖火は、紫炎に与する炎帝の意思を少年へ見せる。


 裏切り者の火守たちを協力者となった日王もろとも皆殺しにする意思を見せられた少年は、火守から奪い暮らしている拠点を牽制する陽光を突破し、炎帝の下へ向かう方針を立てた。


 時が経ち、歩み向かった少年たちが丘を越え見た城に炎帝の姿はなく、砕け散り穴が開いた城壁から激しい戦いの痕跡を思わせた。


 城を指さした少女から、陽光が見える――と告げられ、炎帝の意思を見せない聖火から、炎帝が消え去った――と考えた少年が、引くべきか考えた時、魔物たちが苦痛を訴え、木々の下や台車の下へ向かい走り出した。


 天を見上げる少女の口から、陽が……――と呟かれた。




【少し前……】


 競争に勝つため、育てられた聖火は、世界を燃やす、暴走へ至る。贄を失った聖火は自らを保てず現象は終わり、壊滅した世界が残る。

 幾つかの城や洞窟は生き物を守ったが、燃えた木々、蒸発した川、充満する高熱は死地を作り出した。

 陽は陰りて熱を下げ、世界を包む暗闇は、突如として光りだす陽玉により照らされた。

 冷えた世界で天を見上げようと、陽の姿はなく、限られた陽光を求め、人々は身を寄せた。

 一時の聖火は恐怖を象徴し、無差別に消されるも、残り火を絶やさず、再臨させた例もある。

 生活を豊かにする火がこの世から消え去ることは無く、強い聖火に育てず、管理する事で、共存を図ろうと試みた人々は、自らを律し、心を鍛える思想の象徴に陽を用いた。

 即物的な聖火に固執し、徘徊する火守は、冷える大地で薪を求める。

 薪が乏しい死した大地を復活させる恵みを欲した火守は、聖火へ身を投じ、自らを糧とし、大地に生命を育んだ。

 天から降り注ぐ陽光が無き世界で育まれた生命は火守たちを生かし、聖火を灯す薪となった。

 大地を育んだ聖火の力は、想定外の化物を生み出した。



 未だ天より世界を照らさぬ陽は、世界を破滅に追いやった人間を見捨て、導きを求める者へ、照らされた世界を見せる……なら、陽は陰っている――と日王は考察する。


 陽光で照らし、かき消そうと、紫炎を見る者がいる限り、人々が負けた先に、砕かれる陽玉は、人の世を終わりへ至らせ得る。

 深淵の衣で紫炎と対峙しようとも、衣が作る暗闇は、影狼に居場所を与え、死は避けがたい、と考える日王は、紫炎の媒介が、魔物を導くなら、天の陽を目覚めさせ、世界を満たし、魔物の自由を材料に交渉する他、思い至らなかった。


 手に持ち、掲げた陽玉を見つめる日王は、まぶたを閉じたい衝動に負けぬ決意を持ち、陽へ意思を届けるため、光ある世界を失おうとも、目を逸らさなかった。


 陽の答えは、天に現れた。





 魔物が苦しみ、脅えて物に隠れる様子を見、少女から告げられた、陽の出現、を聞き、天を見ても、陽の姿さえ見えぬ少年は、焦りながら、方策を求め、考えを巡らせたが、見つからず、紫炎を見つめ、縋る少年は、揺らめき姿を変えた紫炎から答えを教えられた。

 正面から歩み寄る日王を見つけ、陽光に苦しみながらも止めようと動き出す魔物たちの前へ腕を伸ばし、辞めさせた少年は、自らも歩み寄った。

 魔物を導く立場として、終戦を望む意思を口頭で伝えた少年は、日王から、何を欲する――と問われ、紫炎を消すため強めた陽光を元に戻し……前の……更に前の時代に存在した夜を復活させる事――を求めた後、紫炎が出しゃばらなければ問題は無い……ですよね――と確認した。





 出来るのか――と疑問を口にした日王は、紫炎に導かれた――と答えた少年の言葉を聞き、天に見える陽へ問いかけた。

 彼の言葉を――、紫炎を信じるか――、と。


 強く照り付けていた陽光は弱まり、焼けるような痛みや苦しみ、恐怖から解放された魔物たちが、陽光に照らされる少年の下へ集まりだした。


 陽光の中で揺らめく、紫色の篝火が見えた日王は、応えた陽に感謝し、紫炎を見つめている。





 苦しみから解放された魔物の様子や少女から語られる状況説明を聞き、応えた陽の期待を裏切らぬか不安を抱く少年は、見つめた紫炎から招かれた。

 紫炎へ近づき、目前に着いた少年は、紫炎に呑みこまれ、目に激痛が走り、手で覆うも、痛みは続き、立つことを辞めても止まらぬ、耐え難い感情が声となった。

 痛みの中、かつて無いほどに近い、紫炎との距離が、孤独を恐れ、不安がる紫炎の弱さを感じた少年は、初めて紫炎の意思に気付いた。


 深淵の中で苦しんだ時、弱い光で導かれ、魔物を守るため、力を欲した時、道を見せた紫炎は深淵の中でともがく者を救おうとしていた。


 心ある紫炎が自ら犠牲となる道を選んだ。そう思う少年は、今すぐにでも止めたかった。

 想定しなかった犠牲を、ただ現象だと思い、ただ力だと思って、ただの炎だと思っていたのに、それに心があったなら、犠牲にしたくない――と思う自分に気付いた少年は、犠牲を拒む衝動を戒め、何が為に自分があるかを考え、別れを拒む自身を止めた。


 今まで、紫炎の心に気付けなかった末、犠牲にする、自分を貶し、後悔し、謝る少年は、言い忘れた感謝の気持ちに気付き、伝えようと必死に口を動かしたら、激しく揺らめいた紫炎が、自分の気持ちに応えてくれた――と感じられ、出会えた幸せを噛み締めた。


 痛みは消え、なぜか見えていた紫炎も消え、まぶたを開けた少年は、色とりどりの世界を見た。

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