10話 何が為に死に、何が為に生きるか
緑色に燃える炎武を用いる白髪の少女(使者から伝えられた)が語る炎帝の裏切りを信じられず、炎帝を裏切る愚か者――と罵る
自分たちへ恩恵を与える
丘を越えた先に見える、赤々と燃え盛る炎が照らす、巨大な城が、炎帝の住居。
城塞を目前に、深淵の衣を持ち帰った少女たちが合流し、
敵を討つ意義を語り、皆を奮起した少女の号令を聞いた兵士たちは、敵城へ向かい歩みだした。
ランタンに灯る炎武で点火された
着弾した矢が爆発し、吹き飛んだ石造りの壁は、敵兵の足場を失わせ、無力化に至らせた。
開かれた城門から飛び出した赤々と燃え盛る獅子たちを正面から受け止める屈強な兵士たちは、竜を思わせる鱗を具える。
竜が吐いたと語り継がれる残り火を手に入れた日国が絶えず育て続けた聖火〝
(竜の実在は証明されていない)
崩れかけた城壁を目前に待つ
城内へ足を踏み入れると、瞳に赤い火を映す人間たちが待ち構えていた。
乾いた身体は生者に見えず、握る武器を振りかぶり、一心不乱に向かってくる様は、知性を感じられない。
不気味な敵へ向かい放たれた矢は命中し怯ませたが、水気がない顔は苦痛に歪まず、ただひたすらに脚を動かし迫る姿は、彼らではない何者かの意思を感じさせた。
剣で切られても、槍で突かれても、動きを止めず、殺意を向け続ける不気味な敵は、技量こそないが、数がいる分、厄介だった。
頭を切り離せば視界を失い、脚を切り離すと動けず、腕を切り離してもうひとりでにうごめくが武器を振るえない事から、無力化できると分かった。
生き物とは思えないその姿は、まるで古代樹から作られた彫刻が炎帝に燃やされ、魂を持った獅子によく似ている。
もしも、人間を用いたなら、炎帝を支持した者たちは、水を失って死んだ末、燃えやすい身体に火を灯され、炎帝の操り人形になった、と考察した少女は、炎帝は味方する人間でさえ守る気がない――と思い、少し前まで仲間だった者たちの無残な姿が悲しく、勝利の為に自ら仲間を殺した非道な炎帝に対し、沸き上がる怒りを向けた。
死人の対処に爆発印を施した古代樹製の札が割かれる懸念を伝えた少女は、主目的である炎帝の消火を果たすため強行突破する事を日王から提案された。
死人が炎帝の操り人形なら、炎帝を倒さぬ限り、動き続ける。なら、炎帝が消えた時、動きを止める、とも考えられる。
作戦が決まった――と判断した日王が、爆発で開かれた道を進む――と叫ぶ言葉を聞き終えた少女は、手に持ったランタンに灯る炎武で発火した札を敵集団の中心へ投げた。
爆発に巻き込まれ、吹き飛びバラバラになった死人の身体を踏み、走る兵士たを先導した少女と日王は、炎帝が住まう聖域へ通ずる廊下にたどり着いた。
仲間が発する足音や鎧が擦れる音しか聞こえない物静かな廊下は、外に溢れていた死人が一人も居らず、不気味な様子に警戒を強める少女たちは、小さく聞こえる音に耳を澄ませた。
次第に大きくなる音の正体は直ぐに分かった。
廊下の曲がり角から噴き出した炎は轟音と共に廊下一面を覆い迫る。
咄嗟に深淵の衣を頭から被り、背面を覆った日王に腕を掴まれ、胸へ抱き寄せられた少女は、驚いたが守られた事に気付くと、轟音が鳴りやむまで身体を預けた。
静まった廊下の状況を確かめるため、振り向いた少女は、黒く焦げた仲間たちの姿を見た。
衣に守られた日王と日王に守られた少女を除き、一面で迫り、数秒の間、途切れず、通り道にある物を燃やし尽くした炎から、生き延びた者は居なかった。
悲しみを抱くも死人と戦う仲間たちを生かすため、時間が惜しい少女は、日王と共に聖域へ向かい、廊下を走った。
聖域の扉が見える一本道に出た少女は、道の中心で山となった灰を見つけ、慎重に近寄り観察した。
灰の中から人骨を見つけ、廊下を通った強い炎の正体が、人間を燃料に育てた炎帝の炎、と考察した少女は、扉の先に居るであろう怨敵を消し去る意思を更に強めた。
施錠されていない大きな扉を開けて聖域へ入る日王の後を追った少女は、正面の奥にある、高くなった床に備えられた豪勢な椅子へ座る、人間のような姿をした炎帝を凝視した。
赤々と燃え盛る人間に似た形をした木彫りの身体が生き物のように伸び縮みし立ち上がった炎帝から、歓迎の言葉を告げられ、労いの言葉に続き、たどり着けた事を称賛された後、見た事も無い金属で作られたゴーレムが柱の陰から現れた。
ゴーレムが現れると、ゴーレムと同質の柵で出入り口が閉ざされ、逃げ道を塞がれた少女は、聖火〝
少女は、お前が裏切らねば人々は贄と成らなかった――などと煽る炎帝の言葉を聞き流しながら、見出した方策を実行する迷いは、振り向いた日王の顔が見え、消え去った。
背負う鞄を降ろし、日王へ預けた少女は、今から音が止むまで……衣で全身を覆い続けて――と頼んだ。
理由を尋ねられたが、日王なら止めないと考えながらも、願望が見せる日王から止められる可能性に、阻まれ、告げることは出来ず、お願い――と切実に告げる事が精いっぱいだった。
分かった――と応えられ嬉しい少女は、日王に感謝した。
衣を被り全身を覆った日王を確認した後、日王より前に出た少女は、黒い服を脱ぎ、手袋を外した後、手に持ったランタンへ素手を入れ、自らの身体を炎武で発火させた。
燃え広がり、全身を包んだ炎武は、猛烈に広がり、聖域を満たした。
錬金で得た熱に強い身体を溶かされたゴーレムは形を保てず崩れ去り、聖域に収まりきらない炎は逃げ道を塞ぐ柵を溶かし、窓や扉を壊し、噴き出した。
燃える身体で振り返り、深淵の衣を見つめる少女は、自らの役目を自覚しながらも、炎帝を倒す事より、人類が生き残る事より、日王に生きて欲しい――と言う正直な思いに従って、特異な身体を持つ自らを薪とし、炎帝への道を切り開き、日王を炎帝の下へ届けようと決意していた心を、悲しみが満たし始めた。
引き返せぬが故に弱き心が間違いを選べない今、後悔した少女は、決意した時の自分を褒めた。
最期に、砕けそうな手で微かな心の火を包み、日王が炎帝や紫炎を消し、世界を照らせるよう、願う少女は自分が与えられた役目を失念していた。
死人の相手をする兵士たちは、聖域を内に持つ建物から火が噴き出る様子を見て、異常を察し、直ぐにでも向かいたかったが、目の前の敵に追われ、余裕が無かった。
塔の窓に人影が見えた日国の精鋭兵士は、陣形を組む死人たちを指示する者がいると考察しており、戦場を見渡せる場所にいると考えていた事から、弓兵へ塔を爆破できないか? と提案した。
白髪の少女と別れる前、炎武で発火した爆発印が施された矢を大切に持ち続けていた者から、出来ます――と答えられた日国の精鋭兵士は、確実に当てるように焦らせぬよう頼むと、
放たれた矢が塔へ命中し、標的を捉えた日国の精鋭兵士は、狙いを定め、剣を振り、電撃を飛ばした。
命中した電撃が標的を無力化してから、死人の動きは乱れ始めたが、止まることは無く、炎帝を消さぬ限り、死人は止まらないと考えた日国の精鋭兵士は、炎帝を消しに行った者たちへ希望を託し、時間を稼ぐことに専念した。
深淵の衣に包み込まれた日王は、僅かな光すら無い暗闇の中に居た。
静寂な世界は熱を奪い、死を予感させた。
死を拒む心は、深淵の中に紫の火を見せた。
生の希望を与えようと近づく紫炎の姿を見た日王は、無意味に死ぬなら生を望むが……世界を照らすためならば死をも受け入れよう――と告げ、救いたがりな紫炎を拒絶した。
弱弱しく光る紫炎は、目に見えて弱った末、光無き静寂な深淵に戻った。
冷たく少女と交わした約束を忘れ、目の前の死を恐れても、自らを保つため、強がり紫炎を拒んだ日王は、判断を後悔しかけたが、遠くに少女の瞳が如く赤色に光る炎を見つけ、少女と交わした約束を思い出した。
炎へ手を伸ばすも届かず、冷えて鈍い身体を必死に動かし、もがくと、緑色の光が深淵を照らした。
暗闇を照らした炎は一面に広がり、燃え盛る聖域を見た日王は、辺りを見回して少女を探したが、少女以前に数体いたゴーレムの姿も見当たらない。
遠くで灰の中から出てきた炎帝の姿を目にした日王は、少女から渡された鞄の中から松明を取り出し、近くで燃える炎武を灯し、深淵の衣を首で結び背中へ垂らして、逃げる炎帝を追った。
裏切り者の小娘が燃えだしてから、咄嗟に死人を壁にして身体を伏せて障害物に隠れた炎帝は、消し飛ばずに済んだが、深淵の衣に隠れ、炎を逃れた日王から逃げるため、焦り駆け出した。
前の時代が終わる頃から、炎であった炎帝は、恩を忘れた火守の裏切り者たちが愚行を成さねば他の者たちまで死人となることは無かった――と呟きながら、廊下を走っていると、後ろから何かが飛んできた。
直後、爆発が起こり、脚が砕けた炎帝は、歩く自由を失い、背後から聞こえる音から意識を背けながら、必死に前へ前へ進もうと、腕を動かした。
迫る足音に耐えかねて、身体を捻り振り向き、自らの炎を飛ばしたが、深淵の衣に消され、届くことは無かった。
昔、人間だったそれに夢はなく、生きる意味など知らず、ただただ死を恐れ、生きる不自由さに苦しみ、聖火となり、燃え続ける事で、永遠に消えない、魂へ変わろうと、自らを燃やした。
身体が燃え尽きようと、新たな身体(燃料、主に木製)が与えられる限り、永遠にあり続けるそれは、死の恐怖に囚われた末、生から外れ、人のような意思を持ちながら、生物ではない現象になった。(またの名をアンデット?)
それは叫び「力をやろう……何が良い……そうだ! 聖火になるのはどうだ! 永遠に消えない魂になれるぞ……人間を超えた力も得られるぞ……どうだ! その気になったか?」などと必死に語れど、屍の上に立ち、自らの信念を曲げがたい頑固者で、与えられた役割を成すことで自らを認められる(他者に依存し)、手段(生きる事)より大切な目的がある日王に響く言葉ではなかった。
寄せ付けまいと腕を振り回せど、剣で腕を切り落とされ、腰を動かし僅かに下がろうとも、下がる以上に踏み込まれ、視界を覆う闇を見上げる炎帝は、最期まで死を望まなかった。
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