9話 灰に埋まる深淵の衣


 ほのお精霊せいれい聖火せいか〟の中でも、最大にして最強の炎〝炎帝えんてい〟は聖火を用いて人々を導く火守が築く社会の主柱と言える。


 白い肌に赤色の目と短く(顎下まで)切られた白色の髪を持つ背の低い少女は、父親から受け継いだ聖火〝炎武えんぶ〟が灯るランタンを手で持ち、片時も離れることなく共に暮らしている。

 王と呼べる者が居ない火守の社会は、聖火を管理する十数人の火守たちが行う集会で物事を決める。

 幼くして父を亡くした少女は、集会へ参加するため、火守たちの本拠地へ行ったとき、聖火を呑みこみ同胞を襲った紫炎に味方する為に一人の火守へ準備を命じる炎帝の会話を耳にした。


 数年前まで父に仕え、今は炎武を継承した自分に仕えている側近へ、人間を見捨て魔物へ鞍替えする炎帝の裏切りを告発したい――と相談し、方策を求めた少女は、証拠がなければ難しい――と告げられ、証拠が有れど社会の集中である炎帝を疑う行為は輪をかき乱す愚行と見なされ信用を失う――と追い打ちを受けた。

 炎帝が裏切ったら――などと考える状況は、炎帝の影響力が強い火守たちには想定すらしたくない状況、と考察した少女は、願望と妄信が思考を鈍らせ、誤った判断を下す人々には頼れないと思い、集会の議題だった、紫炎と戦う日王に可能性を見出した。



 顔を覆う仮面と全身を包む黒色の衣服を着て、炎武が灯るランタンを持った少女は、側近に自分の管理地区を任せると、数人の部下を連れて日国ひのくにへ向かった。

 日国が支配する領域に立つ砦へ着き、日王との謁見を望んでいる事を告げると、確認が取れる数日の間、砦で寝泊まりし、王城へ招かれた少女は、日国の者に案内され、日王が待つ王城へ向かった。



 顔を隠し、肌が見えない奇妙な装いを見た王城の門番から警戒され、事情を説明して案内人が書状を渡しても、確認を取る――と言い、信用しない態度を取られ、不機嫌になった案内人から謝罪された少女は、怪しい装いを許容してくれた案内人へ面倒を増やした事を謝り、感謝の気持ちを言葉で伝えた。

 少し経ち、確認が取れて入城を認められたが、門番から向けられる警戒の眼差しは健在で、居心地は良くない――と先行きの不安を感じる少女は、城内の案内人と語る人物に連れられ、謁見の間へ向かった。


 案内された部屋は、四本の柱に支えられる精巧に作られた彫刻細工のテーブルを中心に、向かい合わせで置かれたソファは、炎帝が灯る火守の本拠地でも見られない程、豪華で、部屋の彼方此方に置かれた木製の台に乗せられた壺が目に入った少女は、ここは前時代で繁栄した王国が築いたお城なんだ――と再認識した。(廊下などで感じていたがより強くなった)


 待つ間、座るよう促され、座ったソファーは落ち着かず、辺りを見回したが落ち着ける物はなく、部屋に充満する陽光を浴びた服が熱を持ち、熱さを感じていると扉を開けて入ってきた男性に気付くのが遅れた少女は慌てて立ち上がり、挨拶した。

 挨拶に応じた男性は自らを日王と名乗り、話を聞きたい――と告げたが、部屋を移したいが良いか――と問われ、理由は分からなかったが、落ち着かない部屋よりは――と思った少女は、日王の要求に応じた。


 日王に案内された部屋は、城内の隅々を照らしている――と思えた陽光の陰で満たされていた。

 部屋に入り、扉を閉めた日王から、この部屋なら暑苦しい装いも不要だろう――と告げられ、装いから自分の日(陽光)に弱い体質を覚り、気遣った言動に嬉しさを抱いた少女は、感謝の言葉を告げ、小さなテーブルへ炎武が灯るランタンを置いてから、フードを脱ぎ、仮面を外した。

 日王と視線が合い、言葉なく見つめられた少女は、特異な容姿が変に思われた――と思い、顔を隠そうとしたが、日王に止められて理由を田主められた。

 日王の不自然な様子から、変に思われた――と答えた少女は、それは――と言葉に詰まり少し迷った日王から、見とれていたから――と告げられ、正面から容姿を褒められて、嬉しかったが恥ずかしくもあり、感謝の言葉を返すことで精いっぱいだった。


 わざとらしい咳払いをした日王から問われた、会いに来た目的を答えるため、意思を持つ聖火〝炎帝〟が紫炎に味方する為に集会で一人の火守に神(陽)から自立した火守が神に縋る行為の恥ずかしさ――を熱弁させ自尊心を刺激し日国の協力を得ず紫炎と戦う流れを作り出した――と語った少女は、火守は一枚岩ではないから……すべての火守が日国を拒絶してはいないけど……半数が共闘に反対したから自力では炎帝を止められない――と説明した。

 炎帝の主柱とする火守社会で、炎帝を疑うことは裏切りを疑われる行為であり、表立って炎帝を疑問視する発言を行えなかったが、監視の目が緩むそれぞれの火守が管轄する地区でなら……と考え、管理区域を任せた側近に調略を任せて、炎帝を消すため、避けられない戦いに勝つため、日国の協力を得るために謁見を望んだ動機を日王へ話した。

 自らがあり続けるために人間を見捨て魔物へ鞍替えする炎帝を止め、人間が生き残るために、仲間と対立する決意を理解してくれた日王から、使者を使わず直接来た理由を聞かれた少女は、決意を知ってもらうため……と炎帝を消せる深淵の衣を手に入れるために――と答えた。


 前の時代、聖火を用いた戦争が盛んな頃、闇を生む力を有した光や熱を奪う存在が現れた。

 次々と消される聖火を守るため、その力を封じようと画策した火守たちは、闇の始点がある森を燃やし、灰の底に沈めた。 

 闇に覆われた森は残り火の番兵が潜む灰の砂漠に変貌した。


 深淵の衣を欲して、灰の砂漠へ挑めど、道しるべなき者に、衣眠りし墓所は見つからず、番兵に襲われて一生を終える者が殆ど、と伝えられている。


 炎帝を消せる物があろうと番兵を越え印なき砂漠から墓所を見つける事が現実的な方策とは考えられない――と日王から反論された少女は、炎武は墓所の場所を知っている……けど……番兵を退ける力がないから…………兵士を貸してほしい――と頼んだ。


 貸せない――と想定していた返答に粘ろうと諦めず考える少女は、貸すことは出来ない……が……同行なら出来る――と告げられ、いいの――と思ったことを口にしてしまった。

 炎帝を消すために必要で……出来る事なら……遣らぬ理由はない――と日王から断定された少女は、協力してくれるの――と確認したら、当然――と言い差し出された手に応じて握手を行った。




 空腹を知らせる音が鳴り、恥ずかしい思いをした少女は、夕食を用意しよう――と告げる日王から、この部屋で待っていてくれ――と止められた。

 陽光に照らされた場所で、素肌を晒しくない少女は、日王の気遣いが嬉しく、感謝の気持ちを言葉で表し、部屋に置かれた木製の椅子に座り、小さなテーブルに置いておいたランタンに灯る炎武を見つめた。


 炎武を見つめていると、部屋の扉を数回たたく音が聞こえ、来客に気付いた少女は返事を口にしながら、椅子から立ち、数歩歩みたどり着いた扉の把手を握り、引いた。

 廊下に立っていた来客は、日国に同行してくれている部下の一人で、体つきが良く、化物にも物怖じしない頼りになる男性だった。


 部屋に招き、椅子を進めたが、逆に座れと促され困った少女は、強情な態度に負けて座った後、要件を尋ねると、物置のような部屋にあなたを閉じ込めるなど――と語りだし、日国を非難する言葉が重ねられ、信用できません――と言い放たれ、帰りましょう――と説得された。

 体質を理解し気遣った故に物置のような一室を与えられた事が嬉しかった少女は、立場に囚われず大切なことを理解し与えてくれた彼らが間違っていますか――と問い、気に入らない――という気持ちが隠せない様子を見て、反論されて不満げな部下をどのように宥めれば――などと頭を悩ませていると、軽く扉をたたく音が数回聞こえた。

 話を中断することを謝り、来客を確かめるため、椅子から立ち上がろうとした少女は、私が行います――と止められた。


 少女の代わりに扉を開けた部下と対面し、何の御用ですか――と尋ねられた日王が食事を持ってきた――と告げ、部屋の中へ入ろうとしたが、使用人に任せるべきだ――と言い、道を開けない部下の様子を背中越しに見ていた少女は、隙間から除いたときに、二人分の食事が見えた事から、陽光が苦手で会食が叶わない私を気遣い……この部屋で食事を食べる約束をしてくれた――と反論しがたい言い分で部下を説得し、部下の非礼を詫びた。


 お皿やお椀に盛り付けられた料理は全てが初めてで、日王から教わりながら前の時代では当たり前に食べられていたという食事をありがたくいただき、新鮮な楽しさがあった。

 暗闇に包まれて以降、進化した植物や動物を食べてきた少女は、前時代の食べ物を味わえただけでも、日国に来た意味があったと思えるほど、幸福な食事だった。


 食事を終え、空になった食器をワゴンに乗せた日王から、身体を休めるために寝る様に促された少女は、準備を終えたら起こしに来る――と告げる日王を見送り、部屋の扉を閉めた。

 ランタンに灯る炎武へ燃料を与えた少女は、元気に燃える様子を眺めた後、背中に背負う鞄の整理を行った。

 整理を終えると、この城の中では質素だが、野宿と比べれば、対価差があり、眠るには困らない寝具へ仰向けに寝そべり、天井を見つめる瞳を閉じた。


 ………………。


 目が覚めた少女は、締め切られて部屋の中へ光を通さない窓の外から物音や声が聞こえ、身体を起こして、寝具から足をぶら下げて後、二本の足で立ち上がり、壁に掛けていた黒一色の服を着て、仮面をつけた後、フードをかぶり、鞄を背負った後、炎武が灯るランタンを手に持ち、部屋の扉を開けて、廊下へ出た。

 起こしに来ると言われていたが、迷惑をかける可能性を抱いても、待っていられなかった。

 廊下で出会った日国の人から日王の居場所を聞くと、信用されなかった姿が火守から来た客人だと知られていた事で、すんなりと教えてもらえた。

 日王の口添えがあったのか――と思いながら、親切な日国の人へ感謝の言葉を伝えた少女は、教わった城壁へ向かった。


 城壁から天に輝く星々を見上げる日王へ歩み寄り、挨拶を告げた少女は、挨拶を返され、道中に出会った兵士から聞いた、深淵の衣を得る旅路で陽光を放つ陽玉を使わない――事に関して、理由を日王へ尋ねた。

 日王から、少女の負担を減らすために――と理由を聞かされた少女は、陽光は彼方此方から発せられるから、意図的に作られた環境を除くと、ほとんどが危険な場所になる事を説明し、無用な気遣い――と言い、一人よりみんなを優先して欲しい――と伝えた。

 無駄と言われて反論できない日王の口から、陽玉を使わせてもらう――と聞いた少女は、満足げに準備の進捗を尋ねた。

 日王から、殆ど終わって……今は確認作業に入っている――と答えられた少女は、準備は出来ているのか――と問われ、出来ている――と自慢げに答え、身体をねじり背負った鞄を見せつけた。



 連れて行かない数人の部下を王城へ残し、日王と日王が連れて行く十人ほどの兵士と共に王城を出発してから幾何の時が過ぎ、身体が空腹を訴える頃、食事のため、森の中で足を止め、携行食けいこうしょくを食べ始めた。


 一緒に食べないか――と部下から提案されたが、協力関係にある日国の兵士たちを差し置いて自分と食事を楽しもうとする事は好ましくない――と語り、輪に入ってこい――と諭した少女は、諦め陽光へ向かう部下を見送った後、陽光の影を探した。

 木の枝に吊るした陽玉を取り囲むように円陣を組むように座り、談笑を交えた食事を楽しむ陰で、陽光が当たらない木を背に仮面を外した少女は、ランタンに灯る炎武に照らされた携行食を口に運んだ。

 背後から聞こえる声に混ざれず、仕方がない事――と考える少女は日王から、一緒に食べてよいか――と声をかけられた。

 向こうで食べないのか――と尋ねた少女は、親睦を深めるならこっちにも来ないと――と告げる日王の存在が嬉しくて、同意した。



 食事を終え、歩き出した一行は、幾何の時を経て、森を抜けると、灰が積もった砂漠が目前に広がっていた。

 遠くから陽光で砂漠の表面を照らしたが、番兵と思われる存在は確認できず、得られる情報は、起伏がある灰だけ――だった。


 炎武が灯るランタンを持つ少女を先頭に、足を踏み入れた一行が灰に足を取られぬよう気を配りながら幾何か進むと、灰が盛り上がった。

 歩みを止め、盛り上がる灰を視界から外さず、周囲を警戒していると、更に盛り上がった灰が重力で下に流れ、骨と思われる物がむき出しな人型の何かが現れた。

 顔の目と思われる部分が弱く緑色に光り、両手で持った剣を振りかぶり、走り寄ってきた何かを、抜いた剣で切りつけた日王が、生き物と思うな――と放った言葉に常識が通用しないと感じ取った各々は、次々と灰の中から現れる人型の何かと対峙した。


 切りつけた人型の何かから距離を取った日王を援護するため、ランタンの中へ木製の札を入れ、炎武を灯した少女は、緑色の光へ向かって札を投げつけた。

 投げられた札が標的にあたった瞬間、起こった爆発で、砕け散った標的の残骸を観察した日王が、粉々になった炭を見つけ、内包する炭が灯す火が原動力だ――と考察した内容を告げた。

 木々を思わせる物が乱雑に交わり歪な形の剣が通らない硬い身体を砕くために、爆発を起こす炎武の力は効果的だが、札の数に限りがあり、一体ずつ対処してもじり貧になると考えた日王から、敵を一か所にまとめる作戦を提案された少女は賛同した後、部下たちへ日王の指示に従い、聞き漏らさないよう、命じた。

 作戦は成功し、殆どの敵を倒した一行は、警戒を緩めず、炎武の先端が指し示す、方向へ歩みを進めた。


 炎武が上を向き、たどり着いたと判断した少女は、炎武から火をつけた札を足元の灰に刺した後、下がりながら、仲間たちへ下がるように求めた。

 札の周囲に仲間が居ない事を確認した少女は、強い爆発を起こさせ、灰を舞い上がらせ、穴をあけた。

 巨大な穴を覗き込んだ少女は、石よりも固い材料を用いた人工物と思われる建物の入り口を見つけた。




 灯した松明を入り口から投げ入れた少女は、松明が消えた事を確認して、墓所内の酸素が少ない事実を確認した。

 部下たちへ酸素ボンベ(みたいな物)の準備を命じ、墓所内には酸素がなく火を持ち込めない――と日王へ伝えた少女は、誰が行くか決めたい――と相談を持ち掛けた。

 話を聞いていた日王に不満を抱き突っかかっている部下から、行きたい――と自信を感じさせられたが、火が使えず陽光が頼りな墓所内で日王と仲良くできない者を行かせ難い――と思った少女は、如何に断ろうか――と悩んでいたら、それなら……もう一人は私が――と告げた日王の意図が分からず悩みは深まった。

 王様が危険な場所に行かなくても――と言う部下と、王が先導し道を示さねば――と語る日王の二人を止めらないと思いさじを投げた少女は、二人に任せる事にした。

 しっかり王様を守ってよ――と伝えて、まかせろ――と返ってきた部下の言葉に不安を抱く少女は、仲間が信じれない自分に問題があるのでは? と少しだけ考えたが、言動から考えれば正常だ――と至り、無事に帰ってきて――と二人にお願いすると、無事に帰ってくる――と約束された。


 酸素ボンベを背負い、管を口にくわえた二人は、陽光を持つ日王が先行し、暗闇の中に消えていった。


 幾何かの時が過ぎ、入り口から暗闇を見守っていた少女は、陽光が見えて、帰ってきた――と思い嬉しかった。

 入り口から出て、二人とも無事だと分かった少女は、安堵し、二人を労った。

 衣を持ってきたと自慢げに語る二人の仲が改善した様に見えて、揶揄うと、恥じらった部下の様子で和んだ空気が心地よい少女は、一時の幸せを堪能した。

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