5話 光を過信すれば

 暗闇に包まれたこの世界で、一日の始まりと終わりを知ることは容易に知りえないが、暗い空を見上げ目に入る星々を覚えれば、時を知ることも不可能ではない。


 天の陽光ようこうが世界を照らし、草花が日を目指し、伸び行く時代の遺物〝石造りの城塞〟は世界の彼方此方に存在する。


 化物ばけもの魔物まものが地上に住まう世界で、明かりで照らし暗闇をかき分け歩むことは、自ら標的となることに等しい。

 相応の武力を持たねば、襲い来る敵に蹂躙されよう。


 日国ひのくにが支配する石造りの城塞を照らす陽光ようこうを発する玉(陽玉ようぎょく)は、魔物の侵入を抑制し、城内に植えられた前時代の草花を育んでいる。


【区切り】


 城塞を拠点に活動する日国ひのくにの王〝日王ひのおう〟は探索していた者たちから、紫色に光り爆発する灯を見た――と報告を受けた。


 天の陽光が陰る前の前、世界が代わる代わる光と闇に包まれた時代、夜と呼ばれる時間に存在した〝紫炎〟と部分的に一致する様子から、逸話が真実味を帯びた――と思った日王は、逸話が作り話ではないなら……現在まで何件もの被害を受けている化物より深刻な脅威となりえる――と恐ろしくなった。


[逸話1]夜の暗闇を歩む者が握る道を照らす松明が紫に変わると熱を奪われ身体が凍った……。


 配下へ説得を試みたが、紫炎の逸話を知る者は少なく、知っていても現実味がない超常的な内容から創作と断定する者たちを味方にすることが叶わなかった日王は、直轄の隠密へ紫炎の調査を指示して、事態の把握と、最悪の事態に至る前に配下たちを説得できる情報を集めさせた。


 幾何いくばくの時が過ぎ、紫色の炎を操る魔物と一人の少年に仲間の一人が氷漬けにされた――と氷漬けにされた被害者を除いた当事者から情報を得た日王は、会議で当事者の証言を用いて、部下たちへ紫炎の実在性を示し、ことの重要性を説き、現実となりうる逸話を語り、恐れを抱かせて、早急な対処の必要性を迫った。


 紫炎の存在を認めながらも、逸話のすべてが真実であると証明されたわけではない――と主張する者は存在したが、多くの者が日王に同調したことで、紫炎を緊急的に対処すべき重要な案件とする日王の方針は配下から認められた。


【区切り】


 暗闇に包まれた世界で光を放つことは、存在の主張に等しく、逃走を手助けしかねないが、逃げる方向を誘導する光――とも考えられる。

 日王は、紫炎を尾行する隠密から得た標的の情報(位置や予想経路)をもとに、光を用いて暗闇に隠した罠へ標的を誘導する計画を立案した。


 標的から悟られぬため周囲の探索が不十分になり陽光に照らされた兵士が化物の獲物になりえる――と危機感を抱き安全策を主張する者たちへ、光を持って標的に迫れど逃げられ追いつく事かなわねば火を呑みこみ強くなる紫炎をこの世から消し去ることなど出来ぬ――と熱烈に主張する日王は、危険を冒してでも厄災の火種を絶つ――と決意を口にした。


 不満はあれど決意を示した王へ従う他に道を見出せない配下たちは支える決意を宣言した。


 紫炎は陽玉や赤々と光る灯の動きに合わせ、回避するように移動していることから、紫炎の周辺に存在する日国の拠点へ使いを送り、陽玉や灯などの光を動かさせ、他所の光で地理を把握する魔物たちを導いた。




 陽光を遮断する箱の中に陽玉を入れ、暗闇で待機する大役を任された兵士たちは、息を潜め向かってくる紫炎を待っていた。

 標的を囲んでから陽光で照らし、退路が断たれた混乱に乗じて殲滅する計画だったが、迫る紫炎を眺める兵士たちは、肉を引き裂く音が聞こえ、周囲を見回したが暗闇で満ちた視界からは異常を見出せない。

 先ほどまで話していた仲間が静かになった――と不審を抱いた兵士が身体へ手を伸ばし、指に触れた液体が〝血〟ではないか? と瞬間的に思ったが、状況から考えてあり得ない――と勘違いを期待し、呼びかけた言葉は返ってこなかった。


 日王は、次々と聞こえる音に交じる悲鳴から緊急的な異常と認識して、箱の中から光を放つ陽玉を取り出し、周囲を照らしたが、見つかった物は獣のような爪で引き裂かれた仲間たち数人の身体と陽光に照らされて見えた悲惨な光景に脅えて混乱する仲間たちだった。

 包囲する前に伏兵を知られ、混乱する兵士たちをまとめ、紫炎を有する魔物と戦わねばならない日王は、陽光で紫炎を無力化しきれない可能性を念頭に置く。

 声を張り上げ、包囲は失敗したが紫炎を消し去る目的は未だ変わらず……禍根となり得る火種を消し去るため敵を殲滅せよ――と兵士たちへ告げ、陽光を避けるように進路を曲げる紫炎へ襲い掛かる。


 陽光に照らされた紫炎は見えなくなり、消えた――と感じた兵士たちは、勝てる――と思ったが、武器を持つ魔物と戦う最中、寒気を感じる者が現れ、消えた紫炎と思われる力の影響を受けている状況に理解が追い付かない兵士たちは、不気味な体験から不安や恐れを抱き、攻勢に出た当初、有していた勢いが徐々に失われていた。


 陽光から離れ、闇の中で再び姿を現した紫炎を見て、陽光は紫炎を消す力があるのか――と疑問を抱いた日王は、消えたように見えたが、陽光の中でも紫炎と思われる力の影響を受けたことから、が正しいのでは――と日王は考察した。


 追撃で最後尾の魔物を倒すことは出来たが、殲滅できず半数ほどを逃した結果に不満はあるが、暗闇で襲われた兵士の傷から、逸話で語られてた〝影狼かげろう〟が犯人であると考えた日王は、今回のような暗闇で待ち伏せする方策は失敗する――と考え、現状では紫炎を消し去ることは難しい――と判断した。


 日王は、凡そ半数の魔物を倒した――と成果を語り、身をもって知った紫炎の恐ろしさ――を強調し、災いを避けるため紫炎が消えるまで戦いは続く――が、必ず終わらせる――と兵士たちへ誓った。




 紫炎を尾行する隠密に影狼の特徴や実在する可能性を説明した日王は、少しでも情報を手に入れるため、危険なら命を優先して尾行を中止することを命じた。

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