最終夜 帰路

 暖かな光が華奢な細工の施されたポータルの前に降り注ぐ。白い壁に光が反射して眩しい。


「お義姉様!」


 白く、飾りは最小限に抑えられたサマードレスと麦わら帽子を着込んだアリアちゃんが駆け寄って来る。後ろにはよたよたと細腕で荷物を運ぶ少女が―――。うふふ、少しいい気味だと思ってしまうのはわたくしの性格が悪いからかしら?まぁ、為政者なんて、性格の良い人間ではやっていけないものね。


「アリアちゃん、良く似合っていてよ?可愛いわぁ」


「ありがとう存じます、お義姉様。お義姉様もお兄様も倭国の装いがお似合いですっ!涼やかで品があって…ドレスにはない雰囲気ですわ!」


「アリアも、向こうに付いたら何着か仕立ててやろう。私個人の収入でな」


「本当ですの?」


 和やかに、家族の会話を楽しんでいると、後ろでゼイゼイと荒い息が聞こえた。何かしら、と思って振り向くと、彼女が肩を怒らせ、全身をぶるぶると震わせていた。

 あらあら、淑女らしからぬ…って、もう下女だからいいのかしら…?あれだけプライドは高かったのに、淑女としての礼儀はかなぐり捨てたのねぇ…。色々な意味で感心していると、ばっと彼女が顔を上げた。

 あらあら…。


「アンタ達ィ~!!あたしに荷物の整理とか、その他諸々押しつけといて、自分達は楽しく談笑とかありえないわよ!!」


 まあ…。可笑しな事を言うのね?


「ねぇシャロル、貴方は使用人なのよ?それも最底辺の、下女。当たり前だと思うのだけれど…」


 わたくし間違っているかしら?と小首を傾げて見せれば、彼女――シャロルはムキィーッ!と呟いて今にもハンカチーフをかみそうな様子。あらあら可笑しな事。少し滑稽なお馬鹿さんに見えるわ。あぁ、阿呆さんだったわね。それを見ていたアリアちゃんが、「ふっ、ふふふっ!」と面白そうに声を上げて笑い出す。あらあら、淑女たる者歯を見せてはいけないのだけれど…。まぁ、今は良いかしらね。

 遂には笑い転げそうなほどおかしいと笑うアリアちゃんに、シャロルが切れた。


「ちょっと!!」


「ごっ、ごめんなさい…っ。ふふ、ふふふふっ!だっだって…本当にそんな事を仰る人がいるだなんて思わなかったのだもの!あっ、あの小説で出てくるようなセリフを、げっ、現実で…。っっ」


 未だに笑いの収まらないアリアちゃんは、口元に添えた手の隙間からふ、ふふふっと笑いが漏れている。そんな様子にシャロルは更に怒った。使用人が主に敬語もなしだなんて、どうなのかしらとも思ったのだけれど、アリアちゃんが容認しているのならいいわね。

 キーキーいうシャロルが面白くてたまらないみたい。変わっているわねぇアリアちゃんも。


「ハンカチを噛みそうだなんて言うの!?あたしはヒロイン!噛まれる側よっ!」


「えっ…」


「何よその目は」


 ちょっと困ったような顔で笑いを治めたアリアちゃんに、ブスッとシャロルが頬を膨らませた。顔だけ見れば可愛らしいのに…。そう、見た目だけなら美少女が戯れてる図だものね。


「ハンカチーフを噛むのはやめた方がいいんじゃないかしら…?衛生的に悪いわ。いくら公爵家の使用人とはいえ、下女だったらハンカチーフも数が限られているでしょう?」


「そう言う問題じゃないわよっ!何であんたはそうどっかズレてるのかしら」


 …良かったわ。仲良くやれているみたい。シャロルを自分の下女にするといった時はどうしようかと思ったのだけれど…。

 そう、シャロルを下女にすると言い出したのはわたくしでも玲様でも国王でもなく、アリアちゃん自身だった。その魔力は死なせてしまうには惜しいと主張して、まじないをかけておく事を前提条件に、今回の処遇を決定した。シャロルは現在アリアちゃんの恩情によって生かされている状況。

 もしわたくし達が彼女を生かす意味が無いと判断した場合、容赦なく彼女は処断されるでしょう。ですからぜひとも彼女には国で価値を示して頂きたいのよね…。


「アリア、そこまでにしなさい。そろそろ馬車に乗り込んで。あぁ、君はそちらに乗るように。いいね?」


「はい、お兄様。シャロル、そちらにね」


「…畏まりました」


 ブスッとしているけれど、使い分けはできるのね。こちらの国が用意した豪奢な馬車に乗り込み、出発を待つ。さて、これから先にはどんな物語が待っているのかしら。

 その日、空には美しい太陽が、この先の未来を示すように燦燦と輝いていた―――。


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皆様、何か勘違いをなさっておられませんか?わたくし、子爵夫人ではありませんのよ? Zion @775mama

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