第六夜 最大の罰を

 五人はそれぞれ縄で縛られ、神官の前に跪かされていた。


「罪人、メイル・ジル・エフェリス。貴女は国王、ひいては国をたばかり、不義の子を国王の子息と偽って側妃としての予算を享受していた。その者を王族不敬罪並びに、虚偽罪、横領罪により、下女として永久奉仕を申しつける。また同時に、側妃としての身分は剥奪し廃妃とする。罪人メイル。申し開きはあるか?」


 あくまで無感情に罪状を読み上げていく神官に対して、元側妃メイルは喚き続けていた。これでも、一国の側妃だったのよね?側妃とは正妃に子が出来なかった場合世継ぎを設けるための存在であり、王や正妃の執務を助ける役目の事。こ・れ・がそれをできていたとは思えないのだけれど…。でも、もしもの時の為に調べて置いてよかったわ。

 そう、わたくしの用意したこの国に対する切り札はこれ。不貞を犯していたものが人ひとり育つほどの年月、国の上位に立っていた。これはこの国に必ず亀裂を入れる。王の信頼は落ち、国への不信感は高まる筈…。手出ししなくても絶望は近いわ。


「あた、あたくしは側妃よっ!こんな扱い、陛下が許さないわ!そこな者!あたくしを守りなさい!王族を守るのは近衛の仕事でしょうっ!?不敬よぉ!不敬罪で牢にぶち込んでやるわ!!」


「罪人メイル、貴女の地位は剥奪された。現実を見られよ」


 無感動の中の諭すような神官の言葉を意にも介さず元側妃は喚き続ける。それを見た神官が溜息を吐くと、同じく疲れたような顔をした国王が口を開いた。これは最初の一手。

 わたくし達倭国を軽んじたのだもの。兵を動かさなかった、それだけで感謝して頂きたいくらいなのよ?


「メイル」


「陛下っ!!あたくし、あたくしを救って下さいまし!陛下の妃メイルを!!」


 不貞を犯していた筈なのに、未だに縋ろうとするメイルに、国王の眼光は鋭くなった。まぁ、当然ね。頭の可笑しい人間は死に直面しても変わらない…、三つ子の魂百までとはこの事だわ。


「そなたは長きに渡り我を謀った。その上恥ずかしげもなく我に縋るか!!我はそなたを愛した事は無い。それを連れて行け!」


「はっ!」


「へい、か?そんな…あた、くしが…。ありえないわ…。嘘よ、こんなの嘘…」


 王からの拒絶。この女への最初の罰。プライドと誰よりも愛されたい欲の強いこれにとって、王に拒絶される事、下に見られることが何よりの屈辱。だからこその、下女としての永久奉仕。

 さぁ、もう一段先の絶望へと参りましょうか、オ ウ ジ サ マ ?


「続いて罪人ベネット、前へ来なさい」


「やめっ!俺、俺は王太子だぞっ!!はなっせぇ!」


 …夢見がちも大概にしてほしいのだけれど…。跪かせられた王子は、母親同様喚き続ける。それ以前に王太子では無いでしょうに…。身分偽証罪になる確率も…。あぁ、刑罰は変わらないものね。


「罪人ベネット、貴方はその身分を偽称し、畏れ多くも倭国の東宮殿下並びにその配偶者、またその近縁者を侮辱した。従って、詐欺罪並びに不敬罪に問い、火刑に処す事とする。罪人、申し開きはあるか?」


「俺っ、俺が刑罰に処される訳が無いっ。早、早くこの茶番を止めろっ!」


 あの親にしてこの子あり…の体現者ね…。お馬鹿さんな親子だわ。わたくしよりも…、アリアちゃんが適任よね?アイコンタクトを取ると、アリアちゃんが首肯し、ゆっくりと前に進み出る。


「おぉ!アリアっ!俺を助けろ!そうすれば今までの行い水に流して…「わたくし、殿下の事が嫌いでしたわ」は…?」


 唐突な告白に、お馬鹿さんの顔がまた間抜けなものになる。噴き出さないようにするのが大変ね。


「えっ、あっ、えっ?」


「でも、今は何とも思えませんの。はっきり申し上げると…興味がないと申しますか…」


「なっ…」


 王子時代直接的な拒絶を突き付けられたことが無かったであろうお馬鹿さんは、目を見開いて固まっている。アリアちゃんが苦笑のような、恥ずかしさの入り混じった笑みで言った言葉が、信じられないのでしょうね。


「どういう…事だ…?」


「罪人ベネット、こんな言葉を聞いたことは無くて?」


 アリアちゃんの隣にいたリオリアが冷たい目で見下ろしながら王子に説く。


「『嫌よ嫌よも好きのうち』でも…『好きの反対は無関心』って、ね。貴方にとってアリア様は必要な存在だった。けれど、アリア様にとっての貴方は、眼中にない存在だったのよ?これで分かって?アリア様がどれだけ貴方との婚約が嫌だったのか」


「そんなはず…そんなはずはない…。おれはおうたいし…。だれしもにうやまわれるそんざいのはずだ」


 うわごとのように呟き続けるお馬鹿さんを、兵士は無抵抗のまま引き摺っていった。うふふっ、無様ね。流石にアリアちゃんが無関心だったとは思わなかったけれど…。まぁ、些細な事だわ。さて、次はお花畑なお二人ね。


「罪人ルードヴィク、並びにディアス、貴方達は本来主を諫めるべき立場でありながら主の悪行に加担し、さらに主と同じく高貴なるお方に対して不敬を働いた。その為、罪人を市中引き回しの上公開斬首に処す。ところだが、殿下のご恩情により、無一文にて市井に放逐するものとする。罪人、何か申し開きは?」


「ございません…」


「違うっ!ボクが、ボク達が正しいんだ!!間違ってる、こんなの間違ってる!!」


 あら…宰相子息の方は現実を見たようね…。ただ…、魔導師団団長子息の方は現実を理解してはいるけれど認めたくないといったところかしら。すると息子達の様子を苦々しげに見ていた彼等の父親が、前に進み出――。


パチン!!

ドゴッ!!!


 上が魔導師団長、下が宰相。そうよね、宰相は昔『剣神』と呼ばれていたのよね。どちらかというと武官気質なのね…。拳骨も納得だわ。


「「うぶっ…!!」」


「お前は…っ、お前はなんて事をしてくれたのだっ!!王家への忠義を忘れ、色恋に走り、剰えっ…、剰え東宮殿下に不敬を働いた!貴様は、貴様は我が家の恥さらしだっ!」


流石、武官らしい…。絶縁はしないのね。


「ディアス、お前は自分の事しか考えていないようだがな、我が家は不忠義者を出したという理由で、要職を辞した。お前の兄達も、永遠に日の目を見る事は無いだろう。お前の犯した罪は、お前の運命だけでなく、兄達の未来すら狂わせた。絶縁は、しない。ただ、兄達への懺悔と共に行きなさい」


「そんな…」


 二人の目に絶望が浮かぶ。片や感情的に、片や淡々と、諭し方は違えど絶望させるには十分。彼等にとって最も可愛いのは自分だった。けれど、今の言葉で更生してくれるかしら…。

 プライドの高い人間は斬首の方が生温い。生かすからこその苦しみを味わわせるのよ。死に逃げる事なんて、許さないわ。

 わたくしは彼等を睨め付け、視線で外に出すよう命じる。了承したと兵が頭を下げ、二人を引き摺っていった。意気消沈、といった様子かしら。二人が出て行くのを見届けると、最後に――、と神官が口を開いた。


「罪人シャロル、貴方は要職に就く予定の王子、令息を唆した。また虚偽の証言をし、公爵令嬢アリア・ミスタを陥れようとした。他三人と同じく不敬を働いた、が、東宮殿下のご恩情により、その命潰える時まで、アリア・ミスタの下女となるよう命じる。尚、自決、並びに逃走防止の魔道具を付ける事を厳命する」


「なっ!!嫌っ!嫌よぉ!!!その女の、しかも下女だなんて、嫌よー!!」


 シャロル嬢への罰は嫌っているアリアちゃんの下女になる事。下級貴族の令嬢にしてはプライドの高い彼女の事、嫌っている人間の下女になり、一生仕えていかなければいけない、それは大層な屈辱だと思うのよねぇ。うふふっ、これで一件落着、かしら?

わたくしと玲様は寄り添い、微笑んで周りを見回した―――。




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