ある市民の善意
【子供は、悪魔じゃない】
駅前の広場で、こんなポスターが貼られていた。
ポスターの前には若い……十代の、高校生ぐらいだろうか……子達が五人ぐらい並んでいて、大きな声で通行人に呼び掛けていた。途上国の子供がどうとか、デザイナーベイビーがうんたら。
数単語も聞き取れば、大凡の話は理解出来た。デザイナーベイビーに関する正しい知識を発展途上国の『大人』に伝えるため、その活動に必要な資金を集めているんだ。
デザイナーベイビーは、今や世の中にすっかり浸透した。この国でも国民の八割はデザイナーベイビー……そのうちの約半数が、知能の劇的な向上が起きる第二世代施術を受けている。僕のように、デザイナーベイビー同士の親から生まれた二世も珍しくない。
これだけ広まるようになった切っ掛けは二十年ぐらい前、カーター・スミスという元テロリストの暴露らしい。
彼の告白により、テロ組織に資金援助などを行い、デザイナーベイビーに対する反対工作をしていた社会勢力が明らかになった。当然世論は反発した。エリートへの反感というか、『悪の秘密結社』の被害者への同情というか、まぁ、そんな感じのものも多分に含まれていただろう。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、というのは逆もあるようで、世論操作が露呈した後はデザイナーベイビーの好感度が大きく上がったらしい。或いは反デザイナーベイビーを言葉にすると、テロ支援者みたいな目で見られたというべきか。
正直なところ、僕も反デザイナーベイビー派は好きじゃない……自分がそのデザイナーベイビーの子供な訳だしね。自分を嫌う人を好きになるのは、とても難しい事だ。
そうした事もあって、今、この国でデザイナーベイビーに反対する奴は殆どいない。先進国、多くの途上国でも同じだ。
でも、一部の発展途上国では、差別が横行しているらしい。悪魔の子と呼ばれ、過激なところだと発覚次第殺される事も多いとか。
差別と文化の問題は、中々難しいものだ。結局は外からの物言いなのだし、デザイナーベイビーなんかは親が施したものである。だけど明らかな迷信は、払拭されるべきだろう。アルビノの子供の身体の一部が病気を治すというような、誰も得をしない類の迷信は特に。
……僕は普段、こういった募金活動はあまり好まない。詐欺かも知れないし、彼等の善意が現場まで届くとは限らない。この世界には、善意の集まりを吸い取ろうとする輩がうじゃうじゃといるのだから。そうしたところにお金を渡すのは、実に不愉快だし、問題の解決どころか悪化を助長しかねない。
でも……
……スマホを手に取り、ネットに繋ぐ。募金団体の後ろにあるポスターには、団体名が大きく書かれていた。その団体名で検索してみる。
ホームページの存在により、実在する有名な募金団体である事を確認。この場所で、この内容の募金活動を行う事は、ホームページに書かれていた。なら、少なくともこの募金は詐欺じゃない。
後はちゃんと現地に届くかどうかだが、実績のある団体だ。多分、大丈夫だろう。
……そうとも。僕は普段、こういう行為を好まない。
でも、僕と同じ境遇の人が、産まれた場所が違うというだけで殺されるのは、間違っていると思う。デザイナーベイビーは確かに人の手によって生み出されたものだけど、自分の意思ではなく、
自分ではどうにもならない理由で差別する奴が、僕は大嫌いだ。
僕が彼等の募金箱に、財布の中で一番高価な紙切れを押し込んだ理由は、そんな自己満足によるものだった。
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