ある活動家の善意

 核兵器。

 これまでの歴史で、人類が犯した最も大きな過ちは、この悪魔のような力を創り出してしまった事だろう。何十万、何百万という人命を一瞬で奪い、放射線による汚染で大地を穢し、辛うじて生き延びた人々を延々と苦しめる……

 神の炎という呼び名もあるが、とんでもない。こんな恐ろしいものを神と例えるなんて冒涜が過ぎる。ましてやこんなものを、実戦で使うなんて事はあってはならない。

 しかしそれでも、核兵器が登場してから二百年以上、その存在を抹消出来なかった。恐ろしい兵器というのは、それだけで利用価値があるからだ。恐ろしい武器で身を守らなければ、自分達が屈服させられると思ってきたから。

 だけど、そんな時代は終わった。


【米国最後の核兵器から、弾頭が抜かれました! 中国とロシアでも最後の作業が完了したとの発表があり……】


 ベッドの上に寝ている俺は、テレビから流れてくる音声に耳を傾ける。

 本当に、長かった。

 反核派として様々な活動をしてきて、こうなる時をどれほど待ち望んできたか。核戦争という滅びが回避され、こんなものを作るために使われていた金が少しでも貧しい人々に分け与えられる……こんなにも嬉しい事はない。

 これも、あの発明のお陰だ。

 核反応抑制機……詳しい原理は分からないが、核分裂を抑え込む電磁波だかなんだからしい。第二世代施術を受けたデザイナーベイビーが開発した、凄い発明品の一つだ。第二世代施術どころか、デザイナーベイビー施術そのものを受けていない俺には、ちょっとその原理は理解出来ないが。

 だけど、これが核兵器の歴史に幕を下ろした事は分かる。

 核反応が起きなければ、核兵器なんてただのミサイル、いや、それ以下の代物だ。最早核兵器は脅しの材料にすらならず、維持費が掛かるだけの金食い虫。さっさと破棄してしまった方が得という訳だ。

 実際には、現時点では超音速で飛んでくる弾道ミサイルを防ぐのは難しいらしいが……原理的に可能になった、というのはそれだけで抑止力となる。それに将来的には、可能になる可能性は高い。なら使い道のない金食い虫は、さっさと駆除するに限るのだ。


【ついに世界で最初に核兵器を持ち、最もたくさんの核兵器を持っていた国から、核兵器が消えました! これは歴史的な出来事です!】


 報道をしているキャスターが、大きな声で叫んでいる。

 ……これで世界が平和になった、と考えるのは早とちりというものだ。核兵器以外にも人を殺せる武器はたくさんあるし、化学兵器や生物兵器をどうにかする術はまだない。『貧者の核兵器』は未だ健在であり、無法者国家は、今後これらの開発を進めるだろう。

 だが、偉大な一歩なのは間違いない。

 最早立ち上がる力すらない、老いた俺にこれからの世界を見る事は叶わないが……


【核反応抑制理論を発表したマーク・トシカズさんは、幼少期に見た反核運動から核兵器の現状に興味を持ったと伝えられていて――――】


 やってきた事が無駄じゃなかったと分かれば、まぁ、十分だ。

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