ある研究者の善意

 現在、世界でとある問題が起きている。

 デザイナーベイビー施術だ。とはいえこの技術そのものの善悪については、一研究者である僕から言う事はない。黒人を動物扱いするのがほんの二~三百年前は善で、今では吐き気を催す邪悪な行いとするように、善悪なんてものは時代によって変わるのだから。五十年前には合法化されたものについて、今更どうこう言うつもりもない。

 僕が問題視しているのは、こうした技術が先進国……その中でも富裕層しか受けられていない現状の方だ。

 デザイナーベイビー施術は、非常に高額な医療制度だ。一人当たり凡そ五万ドル掛かるのが一般的。より良い品質の、優れた『形質』を付与するタイプの施術は十万ドルもするという。一般人に払えないとは言わないが、非常に大きな負担だ。

 つまり富裕層の人間だけが、デザイナーベイビー施術を受けられる。

 話は少し変わるが、学業は大事なものである。貧富を分ける、最たるものと言って良い。貧しい人々は大学や専門学校に通えず、技術がないため賃金の安い職にしか就けない。収入が少ないため子供を専門的な学校に通わせられず、結果子供も高賃金の職に就けない……貧困が固定化するのだ。

 現状のデザイナーベイビーの存在は、この貧困の固定を悪化させる可能性が高い。

 富裕層の子供達は、優秀なデザイナーベイビー施術により有利な形質を手にする。数学が得意だとか、運動が得意だとか、今の技術だとこんなものだが……『こんなもの』であっても、受験勉強や選抜試験には有利に働くだろう。かといってドーピングのようなものではなく、後付けとはいえ体質なのだから、デザイナーベイビーは受験出来ませんなんて言えない。彼等はなんの問題もなく試験に参加し、一般的な人々よりも簡単に専門的な学校に通える。そして彼等が通った分だけ、努力した貧困層の子供はドロップアウトだ。

 教育を受けた富裕層の子供は良い職に就きやすく、彼等の子供もデザイナーベイビー施術により優れた能力を持って産まれるだろう。貧困層の子供は不安定な職にしか就けず、彼等の子供は勝ち上がるチャンスを潰される。貧富は固定化され、不動の階級が構築される。

 現代社会に、貴族が復活するのだ。

 政治思想は人それぞれ。それを良しとする人も中にはいるだろうが……生憎僕は、自由と平等を愛している。そのような世界はまっぴらご免だ。

 だから、この技術を開発した。


【メルソフ教授によれば、今回の技術革新により、一人のデザイナーベイビーを生み出すのに掛かる費用は五千ドルほどになるとの事で……】


 昨日自分が行った記者会見の様子を伝えるテレビ放送を、僕はソファーに腰掛けて眺める。自然と笑みを浮かんだ。

 これまでの十分の一の費用でデザイナーベイビー施術が受けられる。尚且つ安全性と確実性はこれまでと変わらない……そんな技術を僕は開発したのだ。

 そしてこの技術は、論文として世間に公表した。

 デザイナーベイビー関連企業は今頃大騒ぎだろう。何しろ現在の技術より四万ドル以上お安く出来るのだ。地球の裏側までの旅費を差っ引いても、まだ三万ドルのお釣りが来るだろう。何処かの企業が一足早く実用化に漕ぎ着けたら、世界中の顧客がみんなそっちに行ってしまう。逆に一足先に実用化すれば、世界中の顧客を自分のものに出来る。

 全企業が実用化した後も、技術開発は続くだろう。僕が開発したのはあくまで基礎的な理論。改善点は山ほどある筈だ。つまり、価格は更に下がる。数百ドルぐらいまでいけば、貧困層の人でも大半が施術を受けられる筈だ。

 貧しい人々でも、施術により富裕層と知識面で戦えるようになれば……世界はもっと良くなると僕は思う。

 全ての子供に、平等な教育を。

 現地で病を患うまで途上国の人々に教育支援を行っていた父のように、僕もそんな世界を作るのに貢献出来たと信じたいものだ。

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