第2話 加害者である被害者

 自害。自分を害する、究極のところ自分を殺す。はて、どうすれば自分が一番大切に思う自分を殺せるのだろうか?

 試験の結果が芳しくない。自尊心が乏しい。幼いころから存在を否定されてきた。虐め。自分の失敗が将来に拭い去れない影を落とした。仕事で何をしても怒られる。上手くいかない。自分の信ずる神のため。

 きっと多くの発端がある。しかしたいていの場合、こういった発端となる出来事は、「自害」というところに結実する前に霧散してしまう。であればその、結実させてしまう事象は何だろうか。

 これもいくつかある。その虐めや、心・体の負荷が長い期間続く。断続的にその発端を繰り返し、自信を失う。

 多くの人が、自害しないまでも、したくなる気持ちはわかるのではないか?残念なことに、人の心というガラス細工はそこまで強靭ではない。また、全員に当てはまる訳ではないが、筋肉のように負荷をかけていけば強くなっていくものでもない。それはそうである。嫌なことがあれば逃げたくなるし、辛いことがあれば歩みを止めて立ち止まり、泣きたくもなる。当たり前のことである。

 全員がそのように痛みを感じていればいい。陰鬱な世と引き換えに、誰もがお互いの気持ちを理解し、いたく同情し、助け合い、心を暖めていけるだろう。そうすれば、自害として行動が実を結ぶ前に心理的・身体的負荷は解消され、穏やかな世へ向かうだろう。そう思う。

 しかしながら、こんにちの日本では(海外情勢には疎いため、ここでは自分の住む日本の話のみとさせていただく)、毎日のようにホームから線路へ飛び降り、電車に轢かれる人がいる。電車を使って自害すれば、その路線は運転見合わせとなり、その人に関係のある人から全くない人に至るまで迷惑を被る。そしてこれを書いている2019年の5月28日、神奈川県川崎市登戸駅付近で51歳の男が、合計四本の刃物を持ち、スクールバスを待っていた小学生ら合わせて19人が襲われ二人が死亡、凶行の末に犯人も自害した。

 たった一人の自害のために、19人に怪我を負わせ、その内二人の命を奪った。きっとほとんどの人が憤慨し、この犯人を許せないと思うだろう。御遺族の方々の心中を考えれば余計に。

 こういう時、犯人がどのような背景を持ってこれまで生きてきたのか、どうして犯行に及んだか、行動で追われることはあっても、その間の流動的な感情にまで触れられることはあまりないのではないか。これは、この事件を見聞きした人からすれば当然の感覚である。「何でひどいことをした奴の感情なんて考えにゃならんのだ」とか、「遺族の気持ちを考えれば犯人のことなんざどうでもいい、とにかく可哀想」と、そう思うはずである。この犯行に限って言えば、犯人に同情の余地などない。大の大人でも許されないが、未来ある無辜の小学生を襲うなど手当たり次第の犯行であっても許されない。絶対に。

 しかし、歴史的観点から一般論を述べれば、何らかの出来事が急に点として現実に現れることはまずない。有名な関ヶ原の合戦だって、その前の朝鮮出兵後の五奉行五大老らの対立がつながっていったものだし、大東亜戦争だって日独伊三国同盟や日中戦争、アメリカとの激しい対立などがあったから大日本帝国は開戦に踏み切った。

 そう考えれば、必ずこの事件だって何か発端があり、考えの変化が犯人の中で何度もあったはずである。

 その節目節目で、家族が、社会が何かしてやることはできなかったのだろうか。

 懲罰感情ばかりに囚われていないか。第二第三のこういった事件を起こさぬようにしていくのもまた必要なことではないだろうか。

 難しいことである。遺族は、肉親を失い、同僚は良き友人を失い、同級生は楽しい遊び相手を失った。どうして犯人のことなど考えていられようか。これは遺族の役目ではない、社会の役目である。

 本人以外の命が失われてはいないが電車への飛び込みだって同じである。一人で悩み、苦しみ、疲れ、楽になりたいと、現世にはもう居場所がないと、そう思って自害するのだ。個々人の居場所があるべき社会が助けてやらずにどうする。

 今こそ改めて、そうした「加害者になりかねない被害者」の援助を考えるべきである。

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