第3話 「付録本」は救世主ですか?

「た、たしかにタピオカドリンクやコーヒーが売れれば、店舗の売り上げが上がるかもしれないが、僕達を買ってもらうっていう本筋からは少しずれてしまっているね」

 冷静に話を本筋に戻す言葉が、哲学書から発せられた。


「じゃ、モノか何かで釣ればいいんじゃない? そもそも本が売れていないんだから、今困ってるわけじゃん?」――安易な発想の「○○するだけ」系ハウツー本。

「『おまけ』を付けるとかは?」――少女漫画が無邪気に言う。


 その言葉を受けて、『ブランドムック』と称するの本たちがぴょん、ぴょんと飛び出した。

「やっと、私たちの出番が来たわね!」


「何よ、アンタ達」――レジの横でふんぞり返っていた有名占い師による占い本。

「そもそも、アンタ達って、何で本屋にいるのよ?」――入り口正面の平台の上で、ポップに膝枕をさせていた、有名作家によるミステリー。ポップの文言は「これを読まずにミステリーは語れない!」=割とよくある言い回し。


「あなた達、『再販制度』って知ってる? 本は、委託販売制度に基づき書店に陳列され、売れ残りは出版社に返本されるようになっている。つまり、返本リスクを出版側が背負っている――この制度のおかげで、本は全国どのお店で買っても同一価格で販売されるの。

 だから、通常なら、メーカー側が価格拘束をできないバッグや化粧品も、雑誌の「付録」ということにしてしまえば、雑誌同様に定価販売できるため、価格競争にさらされることなく販売できるのよ。書店にとっても、通常の雑誌より高価格な新商材はありがたい存在だから、メーカーにも書店にも、高価格な付録商品は救世主のようなものなのよ」


「それでいいのか!?」――硬派な純文学が、怒りとともに疑問を呈する。

「いいじゃないの。本と付録が相乗効果を上げているなら、それは成功例だわ!」

 ツンとした調子で有名ブランドのミニバッグ付きムック本が言い返す。

「えー、おかしいんじゃないの? だって、あんた、本じゃなくて、ただの『商品カタログのパンフレット』じゃないの」

 女性週刊誌が遠慮なくつっこむ。


 『パンフレット』=ムック本にとっての地雷となる言葉。これをきっかけに、女同士のえげつない貶し合戦がヒートアップ。


「はあ? なによ。文句あんの? 美的センスのかけらもない、ゴシップ専門の大衆誌のクセに」――美容雑貨を付録に付けた、というよりも美容雑貨の付録についている本。

 そこに割って入ったのは――分厚い女性向けファッション雑誌。


「ちょっと、中綴なかとじ同士で醜い争いをするのは止めたら?!」


「な、な、何ですってぇえええええええ!」

「なによ、自分がちょっと平綴ひらとじだからって、エラそうに!」

「背表紙があればいいってもんじゃないのよ!」


 分厚い女性向けファッション雑誌は、ふんっ、と鼻を鳴らす。

「女は見た目が勝負なのよ! 背表紙もない分際で……」


「女は見た目っていつの時代の価値観よ! 古っ! 雑誌のくせに、価値観古っ! あんたみたいな時代錯誤が女性の自立を妨げ……」


 20代向けファッション雑誌がやおら立ち上がり、その言葉を遮る。

「あたし達はっ!」

 ぴらっと表紙をめくり、表2=フランスの高級ファッションブランドの広告を見せる。


「世界のっ!」

 40代向けのアンチエイジングを主とした美容雑誌が、ぴらららーっとページを繰り、表3=フランスの高級化粧品ブランドの広告を見せる。


「美を背負っているのよっ!」

 すたんっ! とひっくり返って背中――ではなく表紙裏面を見せる30代向けファッション雑誌。そこにあるのは、スイスの高級時計ブランドの広告。


 その他ファッション雑誌、美容関連雑誌の類も、ぴらっ、ぴらっ、とパリコレのモデルのポージンクのように、ページをめくって見せ付ける。


「あたしたち、世界の一流ブランドを背負っているから」

「美しさに責任があるの」

「あなたたちみたいな三流誌みたいにお気楽じゃあなくってよ」

「オ――――――――ッホホホホホホホホホホ」

 高笑いが店内に響き渡る。


「メードインチャイナの付録で売ってる癖に!」

「あんたの中に挟まってるその中途半端な大きさのミニバッグなんか、犬の散歩用のウ○コ入れになるのよ!」

「そーよ、そーよ、あたし3丁目の山田さんがビニールに入ったウ○コとオシッコを流すための水の入ったペットボトルを、付録のバッグに入れて持ち歩いているのを見たわよ!」

「何ですってぇ! こ、こっ、この三流雑誌!」

「何さ、ウ○コ入れ!」

「きぃーっ!」

 金切り声とともに、本の中から化粧水とシャンプーとリンスのサンプルの小袋が放出される。直線的なラインでレジ横の女性向け週刊誌に向けて一直線にすっ飛んで行き、あたかも忍者の手裏剣のごとく、表紙にスタタタタタタッ!とブっ刺さる。


「なんとっ! 飛び道具が出ました!」

「出ました! 付録アタ――――ック!」

 プロレス専門誌が実況中継を始める。


 そうこうしているうちに、別なファッション誌からは化粧ポーチやら、プラスチックの小皿やら、各種カラフルな小物が投げつけられる。


「場外乱闘ですっ! これは場外っ……」

 言ったそばから、プロレス専門誌に飛んできたミニバッグがすぱーん! と当たる。

「大丈夫かっ!?」

「おい、医療班!」

 呼ばれて『家庭の医学』と『応急処置マニュアル』が飛び出す。そこへさらに飛んでくるミニマスカラとコンパクト。

「おいっ、物理攻撃は禁止だぞ!」


 他の本たちの制止の叫びもむなしく、女同士の壮絶なキャットファイトはとどまるところを知らない。

 丸めた本体で相手をぶっ叩き、背表紙の角を使って表紙に凹み傷をつけ、バサッバサッ、と体当たりをして相手を打ちのめす。折れ、破れ、あまたの擦り傷がつき、ボロボロになる雑誌たち。


「はーい、そこまでっ!」


■用語について

中綴なかとじ=でかいホチキスみたいなもので真ん中をとめて作る製本方法。製本(印刷した紙を本の形にすること)の時間が短くて済むので、ほとんどの週刊誌がこの形。

平綴ひらとじ=8ページでひと塊の「折り」を重ねて作る製本方法。背表紙があり、立てかけて並べたときに見栄えがする。

表2・表3=雑誌において、最も広告料金が高いページが「表紙まわり」と呼ばれるページ。表紙をめくった次のページが表2。本をひっくり返して表紙の裏になる場所が表4。それをめくった次のページが表3と呼ばれる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る