第9話 本たちの役割
「己の役割について考えるのだ――」
声のした方を振り返ったビジネス書が、ぴょん!と飛び上がる。
「ドラッカー先生っ!」
その声を合図にしたかのように、ビジネス本コーナーの書籍たちが一斉に動き、視線が一点に集まる。
「何っ!?」
「ドラッカー先生が動いたぞっ!」
「ドラッカー大先生がっ!」
ざわざわとした声とともに、みな直立不動の態勢に。
ざわつくビジネス書コーナーから少し離れたところにいた少女小説が、退職した銀行員が書いた企業小説にこっそりと小さな声で尋ねる。
「あれ、誰?」
「ほら!『もしドラ』の『ドラ』の部分。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』のもとネタの人だよ! P. F. ドラッカー!」
「あー『マネジメントの神様』の人だ!」
ほかの本たちもその解説に、心の中で「あーっ! そう、そう。そうだったっけ」と思うが、みな「自分は知ってましたよ?」という顔を崩さずに黙っている。
ドラッカー先生の著作にして、ビジネスの聖典と呼ばれる『マネジメント』は、そんな本たちの様子は意に介さず、店内を見渡し、こう言葉を発した。
「『21世紀に重要視される唯一のスキルは、新しいものを学ぶスキルである。それ以外はすべて時間と共にすたれていく』――かつて、私はこう語った。
しかし、それは経済やマーケティングといった実利的なものだけではない。
それを支える言語や、技術論、医学、歴史――すべての分野の学問が人類に等しく重要なものであり、さらに人間というものを学ぶためには、文化や芸術というものが必要だし、エンターテイメントも必要だ。
それらが複雑に絡み合い、互いに作用しあうことで、現代のグローバルな経済と複雑な人間社会は成り立っているのだから」
『マネジメント』は、一呼吸おいて、みなの顔(と言うよりも表紙)を見ながらこう続けた。
「学ぶための本がある」――参考書が頷く。
「美しい感情を抱いてもらう本がある」――純文学が頷く。
「楽しませる本がある」――ライトノベルやコミックが頷く。
「正しい情報を伝える本がある」――雑誌や技術書、医学書が頷く。
「みな、それぞに役割があり、いずれの目的においても、君たちが人を造るという点において、その価値は同じだ。君たちは、いわば人類にとって究極のマネージャーたる存在だ」
その真摯な姿勢と言葉に、しんと静まり返る店内。経済新聞社のムック本が、すっくと立ちあがりおもむろに拍手しようとしたところで、素っ頓狂な声があがる。
「ヤバーイぃ。チョーカッコいいぃ~。あたしの中の抱かれたい男ランキング5位ぃ~」
声を上げたのは、ランキング企画大好きなギャル向け雑誌。
拍手しようとした経済新聞社のムック本が、思わずずっこけたところに、若い男性向けファッション誌のいかつい声。
「お前、雑誌の中身だけじゃなく、発言の中身もすっからかんだな」
しかし、男性陣の冷たい視線をものともせず、ハーレクインロマンスのお姉さんたちが黄色い声でギャル雑誌に同調。
「刺さるぅうううう」
「キューピットの矢がぁああ」
「子宮にぃいい」
「もう排卵しちゃぁあぁぁぁあああーぅ!」
きゃぁ、きゃあという黄色い声に、
「するかっ!」
「しねぇだろ!」
「普通に無理でしょ」
他の書籍/雑誌/辞書/学習ドリル/参考書などから、総ツッコミ。
しかし、いつしか店内は明るい雰囲気になっていた。
すべての本たちが、自分たちがそれぞれに与えられた役割があり、それを全うすることを考えるに至ったのである。
「みんな違って、みんないい」
あいだみつを名言集が呟く。
「君たちが集まり、それぞれの役割を果たすことで、その集合体たる本屋が人類の集合知として輝くのです」
ドラッカーのダメ押しの言葉に、みな、目をキラキラと輝かせる。
「次のお店でも、頑張りましょう」
「まあ、人間だって、転職するしな」
おそらく廃棄となる雑誌たちが書籍や参考書に声をかける。
「お前ら、俺らの分まで頑張れよ」
「そうよ。頑張って、思い出を作ったり、知識を広めたりしなさいよ」
「若い時に読んだ本は後々まで残るからな」
「退職後の年寄りにこそ、本は大切じゃ。寿命は延びているからな。ボケ防止にもなるし」
お互いが、お互いを認め合い、自分たちが輝く未来を信じ始めた店内には、いつしか朝日が差し込んでいた。新人漫画家の手によるコミックが顔を上げて、ぽつりと語った言葉が店内に響いた。
「僕、クールジャパンでいつか海外へ行きたいなぁ」
「行けるよ、いつか。その頃には、君の続編が日本中の書店に並んでいるさ」
本たちの頭の中には、人々でごった返し輝きを取り戻した書店の姿が、はっきりとイメージされているのであった。
(完)
本たちの論戦~誰が書店を殺したか~ 黒井真(くろいまこと) @kakuyomist
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