第5話 本にお金を払ってはくれないのですか?
シニア向けの投資商品解説本が放った一言で、みなが自分たちを買ってくれる『お客さん』について思いを馳せる。
「お客さんって言っても……いろいろだし」
自己啓発の本が呟く。
「雑誌なんかは、ターゲットの性別と年齢が大体わかるけど、書籍のほうは……」
「いや、雑誌でもわからないものもある。旅行雑誌や趣味の雑誌なんかは男女問わず買って行くものだし」
イタリア人芸術家の名前を冠した本の雑誌が呟く。
「最近売れている本が、誰になぜ売れているかを考えればいいのでは?」
「最近売れているといえば、俺達だっ!」ビジネス書が飛び出して言う。
「最近の出版業界は俺たちが盛り上げている。いいか? 現代の労働世代が欲している情報は、てっとり早く結果を出すためのビジネスに役立つ知識やハウツーだ! だからこそ、俺達はいま、入り口近くの棚や平台を占拠する権利を有しているんだ」
実用書が乗っかってくる。
「ならば、徹底的に『使う本』を重点的に置けばいいということでは?」
辞書・辞典・参考書・学習教材にドリルらが、一斉に雄たけびを挙げる。
会計学の分野で有名な女性経営コンサルが書いた本が冷静に分析を述べる。
「みなさんの言い分もわかるんですが、ビジネス本が確実に売れる理由は、実は他にあります。私たちビジネス本を買う人たちの多くは、実は会社の経費で落としているんです」
「経費っ!」
「なんか、それズルくね?」
「奴らを買うお客さんは、身銭を切っていないのか?」
本たちがいっせいにザワつく。紙がこすれるサワサワサワ……という音が店内を満たす。
「何も悪くないだろ? 会社としては、社員個人が知識をつけて生産力を上げれば、会社としての業績も上がるから、自力で伸びようとしている人を後押ししたいわけだ。何が悪い?」
「……そ、そうだけど」
「そんな知識が身に付くかあ? 身銭を切ってこそ知識は身に付くもんだろうが」
「そういう男に限って、自分の給料では本を買わないのよ。本質的にケチなのよ。経費で落ちない本は図書館で借りて節約するタイプね」
女性向け恋愛小説が辛口のコメント。
「男性サラリーマンだけでなく、女性会社員も買ってるんだけどね」
ビジネス本が小さな声で言い返す。
「確かに、図書館は我々書店にとって、強力な敵だな。」
「でも、人気の本はすごく待つことになるらしいよ。芥川賞をとった人気芸人の小説は、区民センターの図書館で200人待ちらしい」
「それ、いつ読めるの?」
「つまり、本を買う人は、時間を買っている、今すぐ読みたいからお金を払うってことかな」
「いつ読むの? 今でしょ! 的感覚がお金を生み出すということか」
「でも、それならネットで電子書籍買うほうが早くない?」
「あ……」
「結局、この人の情報だから買う、みたいなことじゃない? あと、電子書籍だとサイン本が買えないよ」
「そうんなんですよ! その著者の本だから、みんな買うんです。著者のファンを育てるべきなんですよ!」
ひときわ甲高い声で叫んだのは、アイドルグループの公式本。ヲタ心理には一家言あり。
「つーまーりー、我々が参考にすべきは、あの場所なわけです。情報としての商品がバンバン売れる、我々本にとっての理想郷を参考にするべきなんです!」
「そんな場所が?」
「一体、どこだ?」
「それは、『コミケ』です!」
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