第6話 ファンを育成すべし!

 情報としての商品がバンバン売れる、本たちにとっての理想郷――コミケ。

 多くの人々が、入場料を払ってでも会場入りをし、コスプレイヤーの撮影だけでなく、二次創作やオリジナルの本をガンガン買って行くという、書店の棚に残った本たちにとっては、まさにユートピアか、エル・ドラドか、はたまた極楽浄土か――という場所。


「ええなぁ……お客さんが大挙して押し寄せて来て、みんなが買ってくれるなんて」――男性向け週刊誌が口からよだれを垂らしながらボヤく。

「いや、売れない本や同人誌なんかもあるぞ?」――現実路線のパソコン雑誌。

「っていうか、それって、期間限定のお祭りやって、テンションを上げて買わせているだけやないか?」――突っ込むのは吉本公式の芸人本。

「何を言う。それで、立派にビジネスとして成功させているんだ。素晴らしいじゃないか」――マーケティング専門書。


「彼らの成功ポイントは、漫画、アニメ雑誌などに顧客を絞っている点だ。『心に刺さるものを絶対に買う層』というのがある。それが固定ファン=通称『ヲタ』だ。そういう人を一箇所に集めれば、効率よく物が売れるのは当然だ」

 イタリアに本社を置く、パートワーク形式、あるいは分冊百科とも呼ばれるコレクション型の雑誌が解説を入れる。


 その言葉に、汗を吹き上げ、声を張り上げて反論するのは、アイドルグループの公式本。

「いや、そーゆーことじゃないんです! 僕たち『ヲタ』にとっては、自分が溺愛する対象は、アイドルにしても、鉄道にしても、お城にしても、好きな2次元キャラクターにしても、みんな自分自身の延長線上にある自分自身の一部なんです!」

 コレクション型の雑誌たち、一斉にうんうんと頷く。アニメ雑誌が「そそうだー!」と合いの手。


「そこまでの思い入れを生み出すには、CD出すとかトレカ出すとか、消費するための物をただ一方的に生み出すだけじゃだめなんです。もちろん、コレクションアイテムを集める楽しみとかもありますけど、それだけではファンは成熟しないんです。ネットでも現実リアルでも仲間うちで交流したり、アイドルや作家さんを身近に感じられる場なんかがあって、始めて市場を支えるファンとして成熟していくんです。

 一部の出版社さんや、編集者さんが、頑張って作家さんのサイン会とかトークイベントとかやっているのも、そこを狙っているんだと思います。けど、出版会のイベントについては、まだまだやり方が甘いっていうか、もっとアイドル業界から学ぶべきことがあると思うんです」


 さらに熱を帯びるアイドルグループの公式本の主張。

「だいたい、文芸本の著者のサイン会って予約した人が最優先じゃないんですかね? 売れ行き見て、発売して時間経ってから『サイン会開催しまーす』って急に言い出すとか、ありえないんですよ! 先に買った人が『あああああ! サイン欲しかったぞ!』ってなるじゃないですか。そういうことされると、『後から買ったほうがトクかなー』って買い控えるようになっちゃうじゃないですか。それでいんですか?」


「まー2冊買ってくれってことなのかなー」――ハウツー本が安直な結論を導き出す。

「で、一冊はブック○フに売るとか? それもなんだかなー」――さらに安直な「SNSサイトの使い方」本の結論。

「だから、イベントをやるには前もってしっかり計画して、不平等感や納得できない感が生まれないように、しっかり配慮してやらなくちゃいけないと思うんですよね。確かに、それには、コストもかかるし大変だとは思うんだけど」――アイドルグループの公式本。


「やっぱ、イベントって大変なんだー」

「そもそも、ここみたいな地方だとサイン会って無理だよ」

「それに、著者さんが協力してくれないと」

「書店さんが、自分達だけで出来ることって少ないよね」


「でもさ……特定の人やものに執着する人たち以外の、普通の人はエンタメにお金を使わないの? ゲームや映画にはみんなお金を使っているんだよね? 映画の興行収入ってすごい金額じゃない?」――映画評論雑誌。

「あれ……? そうだよね」


「私達にも、ひと言、言わせてください!」

 スックと立ち上がったのは、権威ある文学賞を受賞した純文学系小説。

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