第1話 one step back(4)
あれから2か月が経った。その間僕たちは山梨県まで合宿に行ったのだが、剛大とはあの一件以来、合宿の間中も一切口を利かず過ごした。
周りは何かあったことは察してくれたらしく誰も深く聞いてくることはなかった。剛大とは長い付き合いだけどこんなに口を利かなかったのは初めてかもしれない。剛大と喧嘩なんてしないだろうな、なんて思ってたのに、いや今回のは喧嘩じゃないか。僕が勝手にキレて気まずくなってるんだ。
この合宿を通し、剛大は正式にレギュラー入りを果たし、時々だが1セット目にも呼ばれるようになっていた。
アイスホッケーはルール上22人までがベンチ入りメンバーとして登録することができる。だがバッカスでは監督の意見もあり、レギュラー枠である1セット目と2セット目の枠を合わせた10人+予備入りで5人と正ゴールキーパーと控えのゴールキーパーを含めた計17人がベンチ入りメンバーとなっている。
以前フィールドにはキーパーを含め6対6で戦うといったがこのスポーツ、交代回数は規制されておらず無限に交代し続けることができる。理由は単純だ。激しいスポーツが故、体力が持たないのである。
剛大は今その10人の枠に入った。更に差は開くばかりか、最近の僕は大スランプと言っていいのか成長どころか後退しているようにも思えるお粗末ぶりを発揮していた。合宿中褒められたことはなかったが怒られたことは数えられないほどあった。
最近は練習が終わればホッケーと関係のない大学の友達と飲み歩いていた。とにかくアイスホッケーという存在から遠ざかりたかった。そんな日を合宿から今日まで続けた。
あ、それと無事進級し2年生になれた。
ある日の飲み会の帰りだった、
「あの~すみません」
帰り道に後ろから声をかけられた。酔っていたこともあり少しぶっきらぼうな言い方で返事してしまった。
「え、なんです?」
振り返ると、そこには童顔だが大人っぽさなのか色気があるスタイルの女の人が立っていた。大きなくりくりとした目、髪は肩までの長さの黒髪、手足はスラっとしていた。だが、それよりも真っ先に目はある場所へと惹きつけられていた。
女性はセーターを着ていたのだが、その体系が目立つ服装だからなのか大きな二つの双丘が特徴的な恰好になっていた。思わず下に向きそうな目線を必死に上へと上げた。瞬間大きな目と視線が重なった。
「突然ごめんなさい、これさっきのお店で忘れていきましたよ」
そういって女性はスマホを肩下げのポーチから取り出した。
「あ、ほんとだ!こちらこそすみません、わざわざありがとうございます」
「いえ、遠くに行っていなくてよかったです、どうぞ」
女性がスマホを前へと出したのでそれを掴もうと手を伸ばす、緊張して勢いよく掴もうとしてしまいうまく掴めず滑ってしまった。
「うわっ!」
全力で落ちそうなスマホを空中キャッチしようと手を出したが逆に手に当たって飛んでいき女性の大きな双丘に当たり、柔らかく反射して地面へと落下した。落下した際にバキッっと嫌な音がした。
「「…」」
2人して絶句しながら固まってしまった。そーっとしゃがみ込み拾い上げると、見事に画面がバリバリに割れてしまっていた。僕が女性の方を向き力なく笑うと女性はオロオロしながら涙目になっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
ものすごい勢いで女性は頭を下げては上げ、また下げた。
「大丈夫、大丈夫ですから!」
そんな姿を見ていたら、さっきまでのほろ酔いはすべて消え、冷静さを取り戻した。周りの視線が痛い…
すると、女性はポーチからもう一つ彼女のスマホを取り出し、いじると僕に向かってかざしてきた。確認すると『LINK』のQRコードだった。
「あの…これ私の連絡先です、弁償しますのであの…これで連絡先交換させてもらえればその…」
焦っているのか緊張しているのか、しどろもどろになりながらも連絡先まで教えてくれた、なんていい人なんだ。
「ありがとうございます。でも弁償は大丈夫ですよ、まだしっかり動きますし」
そう言いながら画面を動かしながら彼女の画面のQRコードを読み取って見せた。こちらが落ち着いて話すと彼女も落ち着いて話してくれた。ちゃんと連絡先も貰っておきますね。
「ありがとうございます。でも、何かあれば連絡してください。なんか罪悪感が残ってしまうので」
「分かりました。」
そういって彼女はもう一度頭を下げた、これ以上長くいても彼女に悪いな。
「それでは」
僕はそう言ってその場を後にして別れた。
(それにしてもきれいな人だったなぁ…あ、名前聞き忘れた)
そんなことを思いながら帰り道は彼女のことをずっと考えていた。
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