第1話 one step back(3)
「お前、防具バックとスティックすら持って行かずに帰るとか!ここまで運んでやったんだから感謝しろよ!あと、ラーメンうまかったぞ!」
そのテンションの高さに少しイラつきを憶えながらお礼を言う。
「ごめん、ありがとう。ちょうど今返信するつもりだったんだけど…」
調子が悪いので帰ってほしいと告げようとすると、「めっちゃ寒っ!入るよ」と勝手に上がり込んできた、やはり僕はまた壁に押しやられた。
「なぁ、ちょっと今日は」「今朝の続きやろうぜ」
剛大はすぐさまゲームの電源をつけるとベッドの脇へと腰を据え、こちらにコントローラーを投げてきた。先に帰ってしまった事を疑問に思っていないのかと思ったが、多分気を使ってくれているのだと察し、しょうがなく1戦付き合ってお引き取り願うことにした。こんな時もやるゲームは海外製のアイスホッケーのゲームである。
しばらくゲームをしていると剛大が口を開いた。
「やっと1軍まで来たぞ、お前も早く上がって来いよ!」
その言葉を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立ったが、平静を装い、震える喉から音を発す。
「そうだな、おめでとう」
出てきた言葉はたったそれだけ、それ以上は何も思い浮かばなかった。
「おめでとうって人ごとだなぁ、先に俺上がっちまったんだぞ?」
剛大がこちらを見ながら意地の悪い笑みを浮かべた。少し挑発的な態度に先ほどせき止めたはずの感情が少し心の中で漏れ出した。
「あぁ、すぐ追いつくよ」
感情を抑えながら淡白な返答を返す。これが今の精一杯の返事だった…
「ふぅん」
「なんだよ」
「お前、ラーメン食わずに体調が悪いって帰ったけど、朝は元気だったから何か理由があるのかと思ってさ。」
別に朝も起きたてで元気だったかはいささか疑問だったが、まぁ体調不良じゃないことは簡単に想像がつくことだな、と変に納得もしてしまった。その理由の原因は君なんだけど…剛大もバカじゃない、僕の気持ちにも気づいているだろう。
「で、考えて俺が昇格したのが悔しかったことかなって思ったけど、意外に涼しい顔してるなぁって、ちょっとがっかりしたわ。今来たのも忘れ物届けるついでに悔しがる氷太でもからかってやろうかと思ってたのにさ」
その一言で漏れ出していた感情が噴き出した、もう我慢の限界だった。普段ならこんな幼稚な挑発も気にしないし、流せていたのに…今日はうまく受け流すことができる精神状態ではなかった。その場に立ち上げると、剛大を睨みつけた。
「うるさいな!昇格おめでとう!お前のそういう挑発する癖はうんざりなんだよ!頼むから僕にかまわないでくれよ!悔しくないわけないだろ!」
つい、手に持っていたコントローラーを振りかざし、力を込めて地面に叩きつけてしまった。ガンッ!と床に叩きつけられたコントローラーは大きな音を立てた。幸いカーペットの上に落ちたので傷は床にもコントローラーにもつかなかったようだ。顔を上げると驚いた様子の剛大がこちらを見ていた。目には悲痛の色が浮かんでいた。
「わり、帰るな」
スッと剛大は目を細めると立ち上がり帰り支度を始めた。支度を終え、部屋から出る剛大の後姿を僕は無言のままその場で立ちすくみながら見送った、胸の中は空っぽになったかのような喪失感の後に“ある”感情が空っぽな心を埋めていった。この感情はしばらくの間、心に残り続けた。あんなに悩まされていた“何か”は心の中からはいなくなっていた。消えた“何か”と生まれた“ある”感情は相反しているのに、なぜかどちらも普通とは違った時に心を満たしていた。こんな歪な形をした心に僕はどう向き合えばいいのだろうか。
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